温熱生理

人の体は、暑さ寒さに対して、無抵抗でいるわけではありません。

温熱環境に対応する仕組みを備えた人類が、現在生き残っている人類です。

きっと、人の体が今の仕組みを持つようになるまでに、いろんな仕組みが発生しては消えていったんだと思います。

例えば、ずっと昔の人類の祖先は、寒さに対して「震え」という仕組みを持っていなかったんじゃないかと私は思っています。筋肉を動かす指令の一つに偶然「寒さ」が加わった人たちがたまに現れ、寒さに震えで耐えられる人たちの方が多少高い確率で冬も生き残り、その仕組みを備えた人たちの割合が徐々に増えていってしばらくして100%に達し、すべての人たちが寒さという刺激に対して震えを発生させる仕組みを備えるようになったんだと思います。ちょっと進化論的に考えてみました。

図 温熱生理の測定(額の表面温度や脳波、自律神経の活動などを測定できるセンサを装着していきます。)

暑くも寒くもない=熱平衡

熱平衡とは、人の体から出ていく熱量と、体が生み出す熱量と日射などにより入ってくる熱量の和が同じ熱量となっている状態です。

温熱生理の体温調節反応は、人の体と周囲の温熱環境とを熱平衡にする反応とも言えます。

熱平衡になっている時にも、人の体は常に温熱生理の体温調節を繰り返し続け、人の体と周囲の温熱環境の間を熱的に平衡にしているのです。

暑さから人の命を守る

暑さと人の命の関係で、真っ先に思い付きそうなのは熱中症です。

熱中症は、人の体から出ていく熱量より、人の体で生み出される熱量と人の体に入ってくる熱量の和が多い状態が続いた時に生じる症状です。その症状としては、目まいや吐き気、だるさが知られています。

熱中症をはじめとする暑さから人の命を維持するために生じる人体の自動的な反応として、以下のような反応があります。

  • 体表面付近の血管の拡張

  • 代謝量の減少

  • 呼吸数の増加

  • 発汗量の増加

寒さから人の命を守る

寒さと人の命との関係では、かじかむ手足や震えなどが身近で思いつきやすそうです。あまりの寒さに曝され続けると、指や耳、鼻などの末梢の部位が本当に凍ってしまう、いわゆる凍傷になってしまうこともあります。

そのような寒さから命を守る人体の自動的な反応として、以下のような反応があります。

  • 体表面付近の血管の収縮

  • 代謝量の増加

以下では、温熱環境に対する人の生理的な反応について見て行きます。

血管の拡張・収縮による体温調節

血管の拡張・収縮という体温調節の生理反応について説明する前に、「体表面の温度とは何か?」という点について考えていきます。

体温の分布

人の体温は、心臓や脳、手の指や耳など内も外も全部同じというわけではありません

内蔵や脳など人の生命の維持に必要な部分は、最も省エネにパフォーマンスを維持できる温度に保たれています。このように体の状態がほぼ一定に保たれている状態を恒常性やサーカディアンリズムと呼びます。また、人の場合、その温度はおよそ36.5~37.0℃です。

違う種類の生き物は、異なる恒常性を備えています。例えば鳥の体温は40℃くらいと高めです。鳥は体を浮かせるために羽をはばたかせますが、羽をはばたかせるために胸筋がものすごく発達しています。発達した胸筋が常に大きなエネルギーを消費し続けているため、体温が高めになっているようです。

人の体温は、生命の維持に温度を維持したい部分と、生命の維持のために調整される部位とに分かれています。体温が維持される部分をコア、コアの温度を維持するために調整される部位をシェルと呼びます。

コアとは

コアは、脳や脊髄、心臓や消化器官など、生命の維持に必要な部分を含む体温が維持される部分を指します。

暑熱環境にいるときは、指先まで温度が高くなることもあります。そんな時は、指先までコアの状態になっていると言えます。

寒冷環境にいるときには、指先は冷たくなり、耳や鼻も冷たくなります。そんな時でも口の中やわきの下などの温度はあまり下がりません。コアの領域が狭くなっているのです。

シェルとは

コアの温度を維持するために、温度が大きく変化する部分をシェルと呼びます。

環境の影響だけでなく、皮膚の近くを流れる血液の量が増減することにより、シェルの温度は変化します。血液の量が大きく変化する指などの部位では、暑熱環境にいるときと寒冷環境にいるときとでは約100倍も血流量が異なると言われています。

寒い環境にいるときにシェルの温度が低くなることは、なぜコアの温度の維持に役に立っているのでしょうか。

熱は、温度の高いところから低いところに移動します。また、温度の高い所と低い所の温度差が大きいほど、熱の移動量は多くなります。寒い環境にいるときにシェルの温度が低くなることにより、環境と人体表面の温度差が小さくなります。つまり、シェルの温度が環境の温度に近づくことにより、体から環境に移動する熱量が少なくなり、コアの温度を維持しやすくなるのです

寒い時にはコアを守るために切り捨てられ、熱い時には「全力で働け!」と総動員させられる過酷な部位がシェルなのです。

血流量調整による体温調節

コアの温度を維持するために、温度変化する部位がシェルです。シェルの温度は、もちろん温熱環境の影響を受け変化しますが、血管が拡張・縮小するという体温調節反応により温熱環境から受ける影響を小さくしています

夏の暑い日に顔が赤らむのは、皮膚に近い部分の血管が拡張して、顔の血流量が増えることによります。また、寒い日にプールに入った後に顔が青白くなるのは、皮膚に近い部分の血管が収縮して、顔の血流量が減ることによります。

調整される血流量は、その人の体格や年齢、これまでのスポーツ歴などによっても違ってきます。体格、年齢、スポーツ歴は、代謝量に直結します。代謝量は発熱量とも言えます。発熱量が多ければ、暑熱環境では皮膚に近い部分の血流量が増えると皮膚の温度が高くなり放熱量を増やすことにつながります。また、発熱量が少なければ、寒冷環境で放熱を減らす必要性が高いため、より早く、より強く血管の収縮が生じます。

ただし、加齢に伴い温度を感じる神経の感度が下がってきてしまいます。そのため、高齢者ほど血流量調整の能力が低くなり、暑さ寒さがより強く体温に影響を及ぼし、熱中症などにもなりやすくなってしまいます。

発汗による体温調整

体を冷やすために、少しずつ体表面に出し続けられる体の中にある水が汗です。

体内の水分が失われていくと、血液の流れが悪くなります。血液の流れが悪いと、内蔵や脳の毛細血管に酸素が送られにくくなり、吐き気やめまいなどの症状が出てきます。汗をかくことは、そのような症状に陥るリスクをとってでも、体を冷やそうとする仕組みなのです。

汗って、案外命がけな行為なんですね。

汗をたくさんかく人もいれば、全然汗をかかない人もいます。幼いころエアコンの効いた室内で育てられると、汗をかけなくなるとも言われています。汗をかく人と汗をかかない人の違いは、いったい何なのでしょうか?

汗のかきやすさの違いの大きな要因は、幼少期に過ごす温熱環境にあります

生まれたばかりの赤ちゃんが持つ汗腺(皮膚にある汗の出る場所)の数は、赤道直下で生まれた赤ちゃんも、北極圏で生まれた赤ちゃんも、大きな違いはありません。ただ、汗腺は生まれてから数年のうちに働かなければ、働く能力を失ってしまうのです。つまり、赤道直下で生まれた赤ちゃんは、日常的に汗をかく環境にいるため、汗をかく能力を維持することができますが、北極圏で生まれた赤ちゃんは日常的には汗をかく場面が少ないため、汗をかく能力が低下していってしまうのです。

温暖な日本においても、「あせもにならないように」と生まれてからずっと涼しい環境で育てられた赤ちゃんは、汗により体を冷やす能力が低くい大人に育っていくことになります。熱中症など暑さが人の命を奪うことが多々ある日本では、汗をかけないことは命の危険を高めることにつながっているのです。

代謝による体温調整

代謝という言葉より、基礎代謝という言葉の方がなじみ深いと思います。

代謝には2種類あり、そのうち一つが基礎代謝です。安静にしていても、脳や内臓で生じているエネルギー消費が基礎代謝です。

もう一つは外部仕事と呼ばれています。筋肉を動かすことによるエネルギー消費が外部仕事です。階段を上ったり荷物を持って歩いたりする、いわゆる「運動」が外部仕事です。

基礎代謝も外部仕事も、部位は違いますが、エネルギー消費をしてその分の発熱をしていることは同じです。

代謝には上記の2種類がありますが、暑さや寒さに対して顕著に生じるのは、外部仕事による代謝です。

暑い時、ついついだら~んとしてしまいます。だら~んとしているとき、筋肉は緩んでいて働いていません。だら~んとしているとき、筋肉はエネルギーをあまり消費しておらず、発熱もあまりしていないのです。

暑い時、ついついだら~んとしてしまうのは、外部仕事をしたくなくなるような気分に誘導されているのかもしれません。

寒い時、震えることもありますよね。

震えているとき、筋肉はとても激しく働いています。筋肉が働いているとき、筋肉では発熱されているのです。

図 大きな代謝(研究室のレイアウト変更で棚を動かすのは、大きな代謝です。)