○ショップ訪問のマナー
これは実話です。
ある日の夜、とあるゴシックバーのマスターから携帯に電話が入りました。私の当時の勤務先の院生(大学院生)が、ゴスロリのことを研究しようとやってきている、と。予定も特になかった私は、急いでそのゴシックバーに出かけ、世間話をする傍ら、院生達に一杯おごって帰りました。
その際に、私の後輩かつ教え子ということで、マスターがその院生達に資料として本を一冊貸し与えました。むろん後輩かつ教え子といっても、直系の後輩でもなく、私の所属する研究室の学生でもなく、俗に言う赤の他人なのですが、それを承知しつつも貸してくれました。それはマスターの好意の表れでした。
しかし、その後、院生達は、本を返しに来ませんでした。
十年以上前の出来事です。正確な所属と名前を失念してしまったのは、私とマスターのミスですが、マスターは好意を踏みにじられ、私はメンツをつぶされました。私たちの共有する嫌な思い出の一つとなっています。
この話が、フィールドワークの作法以前に、そもそも人として最悪の行為であることは言うまでもありません。十分に敬意と節度を持って接してください。
このまま書き連ねると、面接のハウツー本のようなマナー集になってしまうので、一般的なマナーを守れることを前提として話を進めると、一番の悩みが調査先へ赴く際の服装ということになると思います。
ファンであれば、もともとその場に合った服装も持っていることでしょう。ショップの店員やバーのマスターとも面識があるでしょうから今更説明の必要はないでしょうが、ファンでない場合は、何を着ていけばよいのかすら、おそらく分からないことと思われます。簡潔に説明すると、ショップは、きちんとした普通の格好をしていけばそれで十分です。スーツまでいくと逆に大げさですが、こぎれいな格好をしていれば追い出されることはまずありません。そもそも最初の一着を買う時はみな普通の服です。安心してください。
バーも普通の格好で十分ですが、マスターはともかく他のお客さんと話をする時は、一般的な私服はあまり勧められません。フル装備でいくのか、要所にテイストを入れるのにとどめるのか、それはその店の雰囲気次第ですが、一般的な私服よりもゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータ系の服装をしていく方が親しみを持ってもらえます。
次に、イベントに参加する場合ですが、これはお金を出して揃えるしかありません。ドレスコードに制限がなく、他の服でもよいイベントもあるため、一般的な私服で参加できそうに思え、そして実際に参加できるのですが、あなたは「遊びに来ているお客」ではありません。
彼らからすれば、明らかに自分たちの仲間ではない、と思われる人間にウロチョロされるのは、そもそも目障りです。しかも、人のことを興味本位で根掘り葉掘り聞いてくる微妙に鬱陶しい人がいたらどうでしょうか。
ファン達も大人なので、敵意をむき出しにすることはありませんが、好意的に見られるわけもありません。マナーの一つとして、せめて服装くらいは合わせるべきでしょう。この種のイベントは、怪しげな空間を、華麗な空間を作り出し共有する場所であるため、そしてファン達はそれを楽しみに参加しているのだから、その空間を壊さない配慮は必要です。これはルールではなく、気遣いの範疇でしょう。また、観察ではなくアンケートなどを取る場合は、バーのマスターやイベントの主催者に事前に連絡を取り了解を得ておくことは言うまでもありません。
これらの事を踏まえるならば、フィールドワークの順序としては、
ショップ(一通り服を揃える)→バーorたまり場→イベント参加
とするのが無難です。もちろん、イベントでのフィールドワークの結果を踏まえて再度ショップやバーに行くなど、上記の順序のみで調査が完了するわけではありませんが、研究対象の服装が特殊な分、一般的な私服での参加は明らかに浮いてしまうので、お勧めできません。
また、知人に服を借りるなどの選択肢もあるのですが、万が一の汚損・破損事故の可能性を考えると自分で購入するのがよいでしょう。さらに、一着の服(調査対象の現物)も持たずに研究すること自体が、研究する姿勢として甘さがあるといえます。
いずれにせよ、その後のフィールドワークのしやすさを考慮すると、一セットくらいは個人所有しておく方が無難です。小物等を買わず、ネットオークションなどを活用すれば3万円前後で何とか揃えることもできます※。
※新品でもっと安い製品も存在しますが、それは基本的にはコスプレ用の衣装だと思ってください。着こなしによっては十分取り入れることも可能なのですが、それは中・上級者並みの知識があってはじめて可能な技術です。そもそも、一着も持っていない者がまねできるものではないため、はじめから手を出さない方がよいでしょう。
書籍代といい、衣装代といい、何かとお金の話をして申し訳ないのですが、例えば、海外の少数民族のフィールドワークをする場合の交通費・滞在費に比べれば、ゴスロリ研究で必要なお金など、たいした問題ではありません。そもそも、どのような研究でもお金や労力は必要です。それが多いか少ないかの違いでしかなく、また、自力で捻出するか、どこからか研究資金や人員を調達するかの違いでしかないのです。この程度の金額を捻出する覚悟・手段すら無いのであれば、ゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータ以外のもっとお金のかからないテーマに変更することを勧めます。