四、フィールドワーク
現代文化を研究テーマとする場合、避けて通れないのがフィールドワークです。文献的な調査で、ある程度までは、カバーできるのですが、必ずしもすべての事実を明らかにしているとは限りません。
ゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータから離れて、卑近な例を出してみましょう。
ある人が人気高級ブランドのバッグを研究テーマとし、雑誌を見て、数百万円のバッグが広告に載っているのを発見したとします。そこで、その人が、「数百万円のバッグが人気である」と結論づけたとします。
この事例がおかしいことは、皆さんならば、すぐに分かると思います。
数百万円のバッグに人気がないとは言いませんが、一般的な人々の購買能力を超えた品物であり、実際には、数十万円までのバッグが一番よく売れているわけです。数百万円のバッグは憧れとしての象徴的な存在であり、「人気」とはやや異なるものであることは、実際に調査をしてみればすぐに分かることです。
このように、文献上の情報と実際が乖離している例などは数多く存在し、ゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータの分野においてもそれは例外ではありません。
例えば、ショップに並んでいる品物すべてが雑誌の商品紹介ページに載るわけではないのです。そもそも、小規模生産の多いゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータの世界では、予約受付の時点で完売してしまう商品も数多く存在します。(現物のサンプルすらなく、簡単な説明イラストだけの状態で予約を入れることも珍しくありません。長年購入していると、そのイラストだけでも完成品の概要が大体予想できるのです。)
つまり、極論すると、雑誌に載っている品物と、コアなファンたちが実際に着ている服は異なる、とまで言えてしまうのです。
こういった細かな差異を埋めていくのがフィールドワークであり、「その対象が現実に存在する」以上、文献的な調査を主軸にするとしても最低限のフィールドワークはしていかなければなりません。
なお、ここでは、ゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータに特化した研究案内であるため、一般的なフィールドワークに関する作法等は述べません。基礎的な知識は、諸書を参考にしてください。それでは、以下、いくつかの項目について説明します。
○安易で危険なアンケート
フィールドワークにおいて、最も簡単そうに思え、実際にデータも取りやすいのがアンケートです。しかし、ある意味、最も危険な調査手法でもあります。その理由は、設問と分母の問題です。
実は、アンケートの設問の制作というのは非常に困難なことで、例えば、ゴシックファッションのファンが何色の服を着るか、という調査をする際に、
「何色の服をよく着ますか。」
という設問を設けたとします。その答えは圧倒的大多数が黒になります。数百人ほど調査すれば、十分に説得力を持ってくる数字です。
しかし、この調査は、ファンに対するアンケートを行なわずとも、ゴシック系のブランドに何色の服が売れたかを問い合わせる方が効果的であり、正確です。また、各種イベントなどに参加して、カラーチャート表と見比べながら、参加者の服装の色を自分でカウントしてもいいでしょう。ファン本人たちの主観を廃除できる分、こちらの方がより正確です。ファン本人が黒だと思っていても、上衣が黒なだけで、全体の色調は実はグレーだったり、シルバー系だったりするかもしれない。
「何色が好きですか。」
は、本人に訊くしかないのですが、
「何色の服をよく着ますか。」
は本人達に訊かなくても調査できる内容であり、アンケートの必然性がありません。先述のように、むしろ訊かない方が客観性を保てる内容です。
安易なアンケートは、どうでもいい結果が記された、どうでもいい表が一つ出来上がってしまうだけになってしまうことも多いのです。アンケートというのは、
そうする以外に実態の把握が困難である場合
ないしは、
文献上で確認できた事例の裏付けを確認の意味で取るもの
だと思っておいたほうがいいでしょう。
また、調査する分母にも注意を要します。結論から先に述べると、ある程度の説得力を持たせたいならば、一人の意見ではパーセンテージの左右されない分母、切りよく200は必要です。ゆめゆめ50人以下でごまかそうと考えてはいけません。50なんて分母は、たった数人の異なる意見が混入するだけで、それが一割前後の意見となってしまう怪しげなものなのです。この数人が、イレギュラーな分子なのか、その分野における非主流派ながら確実に存在しうる層なのかの区別ができません。
ちなみに、ゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータ系の論文などで、最もよく見られるパターン、数十人程度のアンケートを例に解説してみましょう。
そもそも、アンケートはどんな物でも大抵は、一、二割は、無効回答が含まれるものです。そのため、仮に総数30人とすれば、最悪24人程度の有効回答ということになります。(実際には30人にアンケートを依頼した場合、多くて20数人から返答が寄せられ、その返答に一、二割の無効回答が含まれるものであり、有効回答はさらに少なくなります。)
この24人という数字は、ゴシック、ロリータ、ゴシック&ロリータの分野でいうならば、たまり場となっているバー一軒の常連の総数と同程度、ショップ主催のお得意様お茶会一回の参加者の半数程度、中規模イベント一回の参加者の1/10~1/5程度の分母でしかありません。有効回答率が100%パーセントであっても所詮30人です。
マイナージャンルとはいえ、中規模のイベントが、ほぼ毎月(毎週)開催されており、近隣ジャンルのファンをも巻き込んで展開し、そのジャンルのファッションのみで専門誌が出来てしまう文化に対して、数十人という数字に、「シーン全体をくまなく調査した」感は皆無です。
これではアンケートの結果だけを踏まえて、類推してシーン全体を述べるにも限界があるのが分かると思います。「こんな人たちもいるようです」程度の結論しか出ない、いい加減な中身のアンケートの実施は、時間の浪費でしかありません。
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