大高山神社。
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■金ヶ瀬宿
移設した宿場。もともと刈田郡郡と柴田郡の境近くの皮籠石にあったが寛永十四(1637)年洪水により壊滅的な被害をこうむってしまう。そこで寛永十九年隣村の柴田郡平村に宿の住民を移し、新たな金ヶ瀬宿を造った。
ところが、伝馬役の負担増から困窮し、享保六(1721)年新たに新町を造り15日交替で伝馬を負担した。従来の宿場を金ヶ瀬宿本町と呼ぶ。本町三町十二間、家数44軒。新町八町、家数93軒。
ここは、本町片倉氏の知行地、新町は藩の蔵入地だったが片倉氏が管理した。
そのため本町は片倉家の足軽百姓が住み玄関が白石を向いていた。東の新町は仙台藩の百姓が住み玄関が仙台を向いていたという。今でもその雰囲気が残り玄関の位置が町により違っている。