「利用可能炭水化物」という言葉の矛盾
日本食品標準成分表2020(八訂)が抱える構造的な課題
日本食品標準成分表2020(八訂)が抱える構造的な課題
By Artfarmer2026年9月21日
2020年に改定された日本食品標準成分表(八訂)では、エネルギー計算の精度を高めるため、従来「炭水化物」として一括りにされていた項目が細分化されました。具体的には、次の6項目が新たに収載されています。
利用可能炭水化物(単糖当量)
利用可能炭水化物(質量計)
差引き法による利用可能炭水化物
食物繊維総量
糖アルコール
炭水化物(従来の成分項目)
一見すると精緻化・国際標準化への前進に見えるこの改定ですが、その中の一項目――「差引き法による利用可能炭水化物」――をよく読み解いていくと、用語の定義そのものに矛盾を抱えていることが見えてきます。本稿では、この項目がなぜ生まれ、なぜ論理的な破綻を内包したまま採用されたのかを整理し、さらにその背景にある「カロリー中心主義」という、より大きな構造問題まで掘り下げてみたいと思います。
理想的には、食品中のでん粉や糖類を直接測定し、その値をもとにエネルギーを算出するのが最も正確です。しかし、すべての食品でそうした精密測定(単糖当量など)が揃っているわけではありません。
そこで用意されたのが、以下の計算式です。
差引き法による利用可能炭水化物 = 100g − (水分 + たんぱく質 + 脂質 + 灰分 + 食物繊維総量 + 有機酸 + アルコール)
この方式には、大きく3つの役割があります。
分析データが存在しない食品を補完する ――精密測定値が揃っていない食品でも、引き算だけでエネルギー計算を成立させられる。
分析値の不整合を回避する ――単糖当量のデータがあっても、乾燥重量から計算した合計値と実測値が食い違う食品では、差引き法に切り替えることで極端な誤差を避けられる。
従来の成分表との連続性を保つ ――旧版の「差し引きによる炭水化物」算出方式を踏襲することで、過渡期の互換性を確保する。
つまり差引き法は、理想(精密測定)と現実(データ不足)のギャップを埋めるための、実務上の妥協策として設計されたものです。
ここで問題になるのが、糖アルコール(ソルビトール、マルチトール、キシリトール、エリスリトールなど)の扱いです。
糖アルコールは小腸で吸収されにくく、代謝経路も一般的な炭水化物(でん粉やブドウ糖、約4kcal/g)と異なるため、独自の(多くの場合より低い)エネルギー換算係数が設定されています。エリスリトールは0kcal/g、その他の多くは2〜3kcal/g程度と評価されるのが一般的です。低糖質・低カロリーを謳う加工食品や甘味料に広く使われる糖アルコールを、従来の「炭水化物」として一括処理してしまうと、エネルギー評価が過大になる――これが、糖アルコールを独立項目として切り出した理由です。
ところが、先ほどの差引き法の計算式をもう一度見てみると、そこには「糖アルコールを差し引く項目」が存在しません。理由は単純で、差引き法を用いる食品の多くは、そもそも糖アルコールの測定自体が行われていないからです。データが存在しない成分を式から引くことはできません。また、成分表の基本原則として一般成分の合計はちょうど100gになるよう設計されているため、測定していない糖アルコール分を無理に除外すると、全体の合計が100gに満たなくなってしまいます。
結果として、糖アルコールを含む食品であっても、差引き法による数値の中には糖アルコール分がそのまま残ってしまう――という現象が生じます。
ここに、この項目名が抱える本質的な問題があります。
「利用可能炭水化物」とは本来、ヒトの消化酵素によって分解・吸収され、エネルギーとして利用される炭水化物(でん粉、単糖・二糖類など)を指す概念です。定義上、吸収率の低い糖アルコールはここに含まれません。ところが差引き法による数値には、測定されていない糖アルコールが技術的な限界ゆえに混入したまま残ります。
つまり、「利用可能なもの」と定義しておきながら、その中身に「利用可能とは言えないもの」が含まれてしまっている――これは栄養学的な正確さの問題である以前に、日本語の命題として整合性が取れていないという、言語論理上の矛盾です。
ここで当然浮かぶ疑問は、「それなら従来通り『糖質』と呼べばよかったのではないか」というものです。実際、従来の「糖質」(炭水化物から食物繊維を除いたもの)には、もともと糖アルコールも含まれる定義になっており、差引き法の実態にはむしろ「糖質」という言葉の方が整合的です。
それでも文部科学省が「利用可能炭水化物」という名称を採用し続けた背景には、次のような事情があります。
エネルギー計算の概念を一本化したいという方針。八訂最大の改定ポイントは「すべての食品で、ヒトが利用できる炭水化物を基準にエネルギーを算出する」という原則の徹底であり、精密測定か差引き法かによらず、同じ「利用可能炭水化物」という枠組みで統一したかった。
国際基準(FAO/WHOなど)との整合。国際的には"Available carbohydrates"という用語が、食物繊維やその他の炭水化物と明確に区別される概念として定着しており、これに合わせる形を取った。
「糖質」という言葉が誤解を招くという懸念。ただしこの点については、糖質にはもともと糖アルコールが含まれるという定義があるため、厳密には正確とは言えません。
つまり、学術的な理想(国際基準に沿った概念の統一)を優先した結果として、実態(糖アルコールが混入した差引き値)との間に用語上のねじれが生じた、というのが実情です。
この問題をさらに複雑にしているのが、行政機関の縦割り構造です。
スーパーで売られている食品パッケージには「糖質」と表示されているのに、成分表を開くと「利用可能炭水化物」という別の概念の言葉が並び、しかもそのロジックには矛盾がある――これでは専門家でさえ説明に窮するのも無理はなく、一般消費者のほぼ全員が正確に理解できないのが実情です。
もし仮に、「差引き法による糖質」としたうえで注記を添えるか、あるいは「新糖質」のように従来の糖質概念との連続性を保ちながら再定義した新しい項目名を設けていれば、論理的な破綻を回避しつつ、消費者庁の表示基準ともすり合わせやすかったのではないか――という指摘は、実務的な観点から見て一考に値するものです。
この一連の混乱の根底には、より大きな設計思想の問題が横たわっているように見えます。それは、「いかに正確にカロリー(エネルギー)を計算するか」という一点に、改定の主眼が置かれてきたことです。
たんぱく質・脂質・炭水化物はそれぞれ、エネルギー源としてだけでなく、体内で異なる役割を担っています。
炭水化物(糖質):主にエネルギー源であり、血糖値に直接影響する
たんぱく質:筋肉・内臓・酵素・ホルモンなど、体を構成する材料
脂質:細胞膜やホルモンの材料であり、効率的なエネルギー源でもある
これらをすべて「カロリーという共通単位」に還元して計算しようとする発想が、糖アルコールのような性質の異なる成分を無理やり一つの項目に押し込めるという、今回のような矛盾を生む一因になったとも考えられます。
なお、この点については栄養学の中でも見解が分かれるところです。エネルギー収支(摂取カロリーと消費カロリーのバランス)を重視する立場と、血糖値やインスリン分泌といった代謝のプロセスを重視する立場(いわゆる糖質制限的な考え方)との間には、現在も活発な議論があり、どちらか一方が確立された結論というわけではありません。特に長期的な安全性やエビデンスの蓄積という点では、慎重な立場を取る専門家も少なくなく、これは今なお決着のついていない、栄養学における現在進行形の論点だと理解しておく必要があります。
もう一つ指摘しておきたいのが、こうした制度上の議論と、臨床現場・生活者の実感との距離です。
近年、日本では高齢者のフレイルやサルコペニア(加齢に伴う筋肉減少)、若年女性の痩せすぎなど、欧米型の「肥満・過剰摂取」とは異なる栄養課題が顕在化しています。従来の「カロリー制限」を一律に指導する方式では、たんぱく質や脂質まで削ってしまい、かえって栄養状態を悪化させるケースがあることも指摘されています。
臨床現場では、食事療法の実務が管理栄養士に委ねられる一方、管理栄養士は学会のガイドラインや診療報酬制度の枠を超えた指導を行いにくい立場にあります。医師の側も、栄養学的な知見を深く学ぶ機会が限られていることが多く、結果として「従来型のカロリー制限指導」が繰り返される構造ができあがっている、という見方があります。もっとも、この点についても、標準治療から外れることへのリスク管理や、長期エビデンスの不足を理由に慎重な指導を続けることには合理性があるとする立場もあり、単純に「制度が遅れている」と断じるべきではなく、複数の視点が併存する課題として捉えるのが妥当でしょう。
「差引き法による利用可能炭水化物」という一項目の名称をめぐる小さな矛盾を掘り下げていくと、そこには、
学術的な理想(国際基準への準拠)と、測定データという現実の制約とのギャップ
文部科学省と消費者庁という、行政の縦割り構造による用語の分断
カロリー計算を軸に据えた栄養学の設計思想と、代謝の「質」を重視する近年の議論との緊張関係
という、複数の層の問題が折り重なっていることが見えてきます。
成分表の次期改定(九訂以降)にあたっては、学術的な精緻さを追求するだけでなく、消費者庁の食品表示基準との整合性や、現場で実際に使われる言葉としてのわかりやすさも含めて、総合的に見直されることが期待されます。