一本の動画への疑問から始まった。
「ギルティ炭酸 NOPE(ノープ)」を飲んだ人物のリブレ(持続血糖測定器)の数値が、思いのほか上がらなかった。動画の医師はそれを「膵臓が強い証拠」と安堵してみせた。
しかし、本当にそうだろうか。
その安堵の中に、決定的な見落としがあった。
果糖(フルクトース)は、ブドウ糖(グルコース)とはまったく異なる経路で代謝される。
ブドウ糖は全身の細胞で使われるが、果糖はほぼ肝臓だけで処理される。そして肝臓に届いた果糖は、二つの運命をたどる。
エネルギーが満ちていれば → 中性脂肪へ(脂肪肝・インスリン抵抗性のリスク)
グルコースが必要であれば → 時間差でブドウ糖として血中へ放出(血糖値を遅れて押し上げる)
リブレの数値が「大きく上がらなかった」のは、果糖がブドウ糖を直接上げないからに過ぎない。脂肪蓄積のスイッチは静かに入り、時間差の血糖上昇もまた、後から忍び寄る。動画の医師が見ていたのは、嵐の前の凪だった。
ここで少し立ち入った話をしたい。
糖新生とは「糖質以外の物質からグルコースを新たに作り出す代謝」である。アミノ酸や乳酸、ピルビン酸がその代表的な出発物質だ。
では、果糖からのグルコース再合成は糖新生か?
教科書的な定義では、果糖は糖質であるため「否」となる。しかし代謝の実態に目を向けると、話は変わってくる。
果糖は肝臓でDHAP(ジヒドロキシアセトンリン酸)とG3Pに分解された後、糖新生専用の迂回酵素——フルクトース-1,6-ビスホスファターゼとグルコース-6-ホスファターゼ——の力を借りなければグルコースに戻れない。解糖系は一方通行であり、逆走は許されないからだ。
つまり、果糖がグルコースに変換されるとき、そのルートは糖新生の経路そのものを使っている。
なぜ果糖はピルビン酸まで降りず、この最短経路を選んだのか。
それは、果糖が人類の生存という使命を持っていたからではないか。冬が来る前の秋、熟した果実を食べた祖先たちに、一刻も早くエネルギーを届けるために。DHAPとG3Pはその場で合体し、最短経路でグルコースへと変換された。
これを**「特別糖新生」**と呼ぼう。
怠慢ではなく、緊急使命の遂行である。
ここに、現代という文脈の残酷さがある。
果糖の脂肪蓄積スイッチは、冬の飢餓というリセット機構があってこそ意味をなした。蓄えた脂肪は、食糧の尽きた冬に燃料として使われるはずだった。
しかし現代に「冬の飢餓」はない。
スイッチは入り続ける。リセットされることなく。
果糖それ自体に罪はない。罪を問うべきは、この代謝の脆弱性を熟知した上で商品を設計し、販売し続ける現代の商業主義である。
サントリーから「ギルティ炭酸 NOPE」という飲料が発売された。
主成分は「果糖ぶどう糖液糖」——果糖含有率50%以上90%未満の液糖である。
そのキャッチコピーを見てほしい。
「ニンゲンらしく生きるのは罪ですか?」 「ちいさなギルティくらい許さなきゃ。良い人ぶるのはもうおしまい。」 「本能のままに生きる方が、すごくニンゲンらしい。その欲望は敵じゃありません。生涯の友なのですよ。」
このコピーを書くためには、消費者が「これは体に悪い」と知っていることを前提にしなければならない。そうでなければ「ギルティ」という言葉を商品名に使う必然性がない。
罪悪感の存在を前提として、その罪悪感を解除することで購買につなげる設計——これは偶然ではない。
法的な概念で言えば、未必の故意に相当する。
健康被害が生じるかもしれないと認識し、それでも構わないと認容した上での行為。通常、未必の故意は内心の問題であるため証明が難しい。しかしこの場合、認識と認容が広告として公開されている。
「ギルティ」という商品名そのものが、未必の故意の自白である。
松下幸之助はこう言った。
「本質的には利益というものは企業の使命達成に対する報酬としてこれをみなくてはならない」(『実践経営哲学』)
ならば問おう。サントリーの使命とは何か。多数の管理栄養士や専門研究者を抱え、人間の本能(美味しさや依存性)と果糖代謝の脆弱性をすべて熟知した上で、あえてそれを商品設計に組み込み、「自分を許そう」という免罪符を添えて販売することが、社会に対する「使命の達成」と言えるのか。
裁判長アドラーは言うだろう。
果糖は無罪である。
果糖は与えられた使命に忠実であった。ピルビン酸まで降りる時間はなかった。DHAPとG3Pはその場で合体し、最短経路で人類に燃料を届けた。これを特別糖新生と認定する。
真の被告は現代という文脈である。冬の飢餓というリセット機構を消し去り、脂肪蓄積スイッチを押し続けた現代社会に責任がある。
われわれがどう生きるかだけが、唯一の解決である。
糖質制限という実践は、果糖の使命を理解した上で、現代という文脈に抗う意志の表れである。
この記事は、果糖代謝の生化学的考察と、それを悪用した商業主義への批判的考察をまとめたものです。糖質制限を実践される方々の参考になれば幸いです。