糖質制限を長年続けても血糖値が上がってしまうのはなぜか
― 81歳男性の症例から考える
― 81歳男性の症例から考える
By Artfarmer2026年1月16日
20年以上にわたり糖質制限を実践してきた81歳男性の例
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筆者は農家であり、医師・薬剤師・管理栄養士等の資格を持つ医療専門家ではありません。本記事は、文献・論文・公的データをもとに筆者個人が行った考察の記録です。医療上の判断は必ず担当医にご相談ください。「考えるための素材」として活用いただければ幸いです。
長年、糖質制限によって良好な血糖コントロールを維持してきたにもかかわらず、加齢とともに数値が急激に悪化するケースがあります。今回は、20年以上にわたり糖質制限を実践してきた81歳男性の相談内容をもとに、その背景にあるメカニズムを整理してみたいと思います。
相談内容
相談者は81歳、身長164cm、体重72kgの男性。20年以上前から糖質制限を実践し、HbA1cをほぼ正常範囲に保ってきました。ところが直近の検査でHbA1cが8.1という結果が出て驚き、薬に頼らず改善しようと、糖質制限をさらに徹底し、朝夕各1時間程度のウォーキングを追加。1か月後にはHbA1cが7.3まで低下し、全身CTでも内臓に異常は見つかりませんでした。
主治医からは「薬を使うかどうか微妙なところ」と言われ、本人はもう少し食事療法で様子を見たいと回答。しかし毎日血糖値を測定していると、ハムエッグや葉物野菜、糖質ゼロの飲料といったほぼ糖質を含まない朝食であっても、血糖値が200を超えてしまうという状態が続いていました。インスリンの分泌自体は検査上確認されているため、「効きが悪くなっているのではないか」「肝臓の糖新生が過剰になっているのではないか」という疑問を抱いて江部康二医師のブログへの相談でした。
見えてきた視点
私からの指摘。まず、身長164cm・体重72kgというデータはBMI換算で26程度となり、肥満傾向にあるという点です。そのうえで、「糖質制限を徹底したところ、わずか1か月でHbA1cが8.1から7.3まで低下した」という事実こそが重要だと思われます。これは、この方の身体において糖質制限という介入がいまだに強い効果を持っていることの証明であり、言い換えれば、これまでの糖質制限は「緩やかすぎた」可能性がある、という見立てです。
私自身が14年前に糖尿病を発症した際のデータを紹介します。HbA1cが8.2だった状態から糖質制限を開始し、1か月後には6.9、2か月半後には5.4まで改善したという経過です。この経験を踏まえると、今回の相談者も「1か月で8.1から7.3」というペースであれば、今後さらに改善していく可能性が高いとの分析です。
また、HbA1cは過去1〜2か月の平均値を反映する指標であるため、現在の7.3という数値には糖質制限を強化する前の期間も含まれています。つまり、直近で強化した食事療法の効果は、これから先の検査でより明確に表れてくると考えられます。一方で、現在測定されている「食後血糖値200超え」は、食事内容そのものというより、体重(体組成)に起因する基礎的なインスリン抵抗性や、夜間・早朝の糖新生によるベースラインの底上げが強く出ている可能性があるという整理です。
GIPと「暁現象」という視点から
さらに掘り下げると、「ハムエッグ、葉物野菜、糖質ゼロの飲料」というほぼ糖質を含まない朝食であっても血糖値が200を超えてしまうという現象には、GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)とインスリン抵抗性の関連、そして「暁現象」と呼ばれる生理現象が関わっている可能性があります。
GIPは主に脂質やタンパク質の摂取によっても分泌される消化管ホルモンで、インスリン分泌を促す一方、インスリン抵抗性が強い状態ではむしろ脂肪蓄積やインスリン抵抗性を助長する方向に働くことが知られています。ハムエッグのような高タンパク・高脂質の朝食は、糖質がゼロであってもGIPの分泌を介して血糖値やインスリン動態に影響を与えている可能性があります。
加えて、糖尿病患者、特に高齢者の場合、早朝から午前中にかけては「暁現象」と呼ばれる生理的な血糖上昇が起こりやすい時間帯です。これは、活動を開始するために身体がコルチゾールや成長ホルモンなどを分泌し、肝臓からの糖新生を促進することで、何も食べなくても血糖値が上昇する現象です。相談者のケースでは、この暁現象による血糖上昇に、朝食由来のGIP刺激が重なることで、「ほぼ糖質の無い食事にもかかわらず血糖値が追い打ちをかけるように上昇した」という状態が起きていたと考えられます。
こうした背景を踏まえると、朝食の内容そのものを見直す余地もありそうです。具体的には、固形の食事を摂る代わりに、バターや中鎖脂肪酸(MCT)油を加えたコーヒーのような形にすることで、GIP刺激や消化に伴う血糖変動を抑えつつ、必要なエネルギーを確保するというアプローチが考えられます。中鎖脂肪酸は肝臓で速やかにケトン体に変換されエネルギー源となるため、血糖値への影響を抑えながら活動のためのエネルギーを補給しやすいという特徴があります。
もちろん、こうした食事の変更が全ての人に適するわけではなく、体質や基礎疾患によって反応は異なります。実践する場合は、自己判断だけで進めず、血糖値の変化を丁寧に記録しながら、主治医と相談の上で試していくことが望ましいでしょう。
「糖質さえ含まれていなければ大丈夫」という思い込みと、摂取カロリーという見落とされがちな視点
今回のケースを振り返ると、もう一つ重要な論点が浮かび上がります。それは、「朝食に糖質が含まれていない」ことと「血糖値に影響がない」ことを、無意識のうちに同一視してしまっていた可能性です。ここまで見てきたように、糖質を含まない食事であっても、GIPの分泌や暁現象、インスリン抵抗性といった要因を介して血糖値は十分に上昇し得ます。「糖質ゼロだから血糖値には影響しないはずだ」という前提そのものが、今回の混乱の一因になっていたのではないでしょうか。
さらに、体格の数値そのものにも注目する必要があります。身長164cm・体重72kgという体格は、BMIにして26程度となりますが、これは長年糖質制限を実践している人としては、実はかなり珍しい部類に入ります。糖質制限の実践者、特に長期にわたり継続している人の多くは、糖質を制限すること自体によって自然と体重が適正化されていく傾向があり、この方のように高齢になってもBMI26前後を維持しているケースは、他の実践者と比較しても一般的とは言い難いところがあります。
このことから示唆されるのは、「糖質さえ避ければ量はあまり気にしなくてよい」という考え方のもとで、食事量(総摂取カロリー)そのものが多めになっていた可能性です。糖質を制限していても、脂質やタンパク質を含めた総摂取カロリーが消費カロリーを上回る状態が続けば、体重は増加し、それに伴って内臓脂肪の蓄積やインスリン抵抗性の悪化を招きます。つまり、今回のケースでは、糖質の「質」の管理だけでなく、食事全体の「量」の管理、すなわち摂取カロリーの見直しも、改善のための重要な要素になってくると考えられます。
具体的には、糖質を制限しつつも、脂質(特に飽和脂肪酸)やタンパク質の摂取量そのものにも目を向け、体重・BMIを適正な範囲に近づけていくことが、インスリン抵抗性の改善、ひいては朝食後の血糖値上昇の抑制につながる可能性があります。糖質制限は「何を食べないか」だけでなく、「全体としてどれだけ食べるか」という視点もあわせて持つことで、より効果を発揮しやすくなると言えそうです。
「20年間の糖質制限」という言葉自体に潜む矛盾
ここでもう一度、時系列を丁寧に見直してみる必要があります。相談者は20年以上にわたり糖質制限を実践し、その間HbA1cをほぼ正常に保ってきたと述べています。ところが直近の検査で8.1という数値が出て、そこから糖質制限を「一層」徹底したところ、わずか1か月で7.3まで低下しました。
この経過には、見過ごせない矛盾があります。もし本当に20年間、一貫して糖質制限を継続していたのであれば、そもそもHbA1cが8.1という水準まで悪化すること自体が起こりにくいはずです。そして、そこからさらに「一層」制限を強めただけで1か月という短期間に0.8ポイントも改善するというのは、直前まで行っていた食事内容が、実際には本人が思っていたほどの糖質制限ではなかったことを示唆しています。
言い換えれば、「20年間、糖質制限を続けてきた」という自己認識と、実際に身体に起きていた代謝的な結果との間に、ずれが生じていた可能性が高いということです。長期間続けるうちに、無意識のうちに「これくらいなら大丈夫だろう」という判断が積み重なり、糖質の量そのものや、前述したような食事全体のカロリー、あるいは食材の選び方(糖質は含まれていなくてもGIPを強く刺激する食材など)において、当初考えていたような厳密さが徐々に失われていたのかもしれません。
これは、相談者の努力を否定するものではありません。むしろ、「糖質制限」という一つの言葉の中にも、実践する人によって厳密さや理解の深さに大きな幅があるという事実を示しています。同じ「糖質制限」という表現を使っていても、実際に摂取している脂質やタンパク質の質と量、食事のタイミング、GIPやインスリン抵抗性といった生化学的な背景まで踏まえて設計された食事療法と、単に「糖質の多い食品を避ける」という表面的な理解にとどまった食事療法とでは、結果に大きな差が出て当然です。
したがって、相談者にとって今後必要なのは、これまで自身が「糖質制限」と呼んできた食事のあり方を一度見直し、より生化学的な裏付けに基づいた食事、すなわち、糖質の量だけでなく、脂質・タンパク質の質と量、GIPなどのホルモン動態、総摂取カロリー、そして体重・体組成までを含めて総合的に設計された食事療法へと切り替えていくことだと考えられます。20年間積み重ねてきた経験や意志の強さは大きな財産である一方、その「型」そのものを一度アップデートする時期に来ている、というのが今回のケースが示す本質的な教訓ではないでしょうか。
1. 「糖質制限=画一的」という罠からの脱却
「糖質制限をしているのに血糖値が上がる」という事実に直面した時、多くの人は「制限が足りない」とさらに追い込みがちです。しかし、ご自身の代謝リズム(午前中に上がる、夜は上がりにくい等)を理解すれば、「制限の強度を上げる」ことよりも「血糖が上がりやすい時間帯を避ける(または負荷を減らす)」という戦略的回避が有効になります。
ご自身で血糖値を測定されているのは、まさにオーダーメイド戦略のための「データ収集」です。
「どの食材が、どの時間帯に、どれくらいの血糖値の上昇を招くか」という自分専用のログは、医師のアドバイス以上に強力な指針となります。
CGM(持続血糖測定)などのツールを活用すれば、そのデータベース化は飛躍的に加速します。
「糖質をいくらとれば、どれくらい上がるか」を自分で判断するプロセスは、身体を客観的に観察する「メタ認知」の行為です。
81歳という年齢やBMI26という背景を考慮し、「今はどんな食事の形が、自分の身体にとって最も平穏か?」と、機械的な数値管理から一歩進んだ「身体との対話」を試みること。
Legendさんが抱えていた「制御の利かない恐怖」は、「糖質制限という原則を、自分の今の身体の癖(時間帯やカロリーの感受性)に合わせて調整し直す」というアクションによって、確実な「予測と管理」の範疇へと引き戻すことができます。
20年間積み上げてきた基盤があるからこそ、今の少し複雑になった代謝の癖も、分析さえすれば必ず攻略できます。ご自身の身体を、ご自身が最も理解している「主治医」として、今日のデータを次の食事戦略の糧にしていただければと思います。
今後に向けて
このケースから見えてくるのは、糖質制限そのものが効かなくなったわけではなく、加齢に伴う膵機能の低下やインスリン抵抗性の高まりによって、これまでと同じ強度の食事療法では以前ほどの効果を維持しにくくなっている、という構造です。同時に、直近1か月での急激な改善という事実は、これまでの20年間の食事内容が、本人の認識ほど厳密な糖質制限ではなかった可能性を示しており、まずはその「型」自体を、より生化学的な根拠に基づいたものへと見直すことが出発点になりそうです。
BMIの適正化や、インスリン抵抗性の評価(HOMA-IRやCペプチドの推移など)を主治医と相談しながら進めることに加え、必要であれば薬物療法を「これまでの努力の敗北」ではなく「身体の機能を補うパートナー」として前向きに検討することも、今後の選択肢として挙げられます。
20年以上にわたり自己管理を続けてきたという実績は、決して無駄になるものではありません。大切なのは、これまでの努力を否定することではなく、糖質の量、脂質・タンパク質の質、GIPなどのホルモン動態、摂取カロリー、体組成といった、より広く生化学的な視点を取り入れながら、今の身体の状態に合わせて戦略をアップデートしていくことだといえそうです。
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筆者は農家であり、医師・薬剤師・管理栄養士等の資格を持つ医療専門家ではありません。本記事は、文献・論文・公的データをもとに筆者個人が行った考察の記録です。医療上の判断は必ず担当医にご相談ください。「考えるための素材」として活用いただければ幸いです。