「2043年、糖質制限食が国民食となった未来世界を描くユーモラスなSF小説。90代の主人公が語る、炭水化物中毒者が絶滅危惧種となり、糖質オフ料理の鉄人番組が放送され、糖尿病患者専用レストランが伝説となった奇想天外な社会。糖質制限ブームの行き着く先を皮肉とユーモアで描いた近未来エンターテイメント小説。」
Byartfarmer2024年7月19日
西暦2045年。私は驚くべきことにまだ生きていた。90代とは一体どんなものか、想像もしていなかったが、現実とは非情なものである。案の定、老人ホームに入居している。食事は、もちろん糖質制限食。今や国民食と言っても過言ではない。かつて、白米教徒と揶揄された炭水化物中毒者たちは絶滅危惧種となり、密かに白い粉を吸うようにご飯を貪るという噂がまことしやかに囁かれるほどだ。
この老人ホームの食堂は、まるで宇宙船のカプセルのようなデザインで、提供される食事は、見事なまでに糖質オフ。
世の中は糖質制限食一色に染まっている。スーパーに行けば、糖質ゼロ麺、糖質オフパン、糖質ゼロ米…もはオフやゼロの意味が分からなくなってくるほどの品揃え。
深夜食堂ブームも健在で、「糖質制限深夜食堂 炭水化物禁断症状の会」なる怪しげな店も出現した。メニューは、豆腐ステーキ、こんにゃくラーメン、そして伝説の糖質ゼロビールと糖質ゼロ日本酒(ひとり3本まで)。マスターは顔に訳アリの傷を持つ元・めしやの店主で、禁断症状に苦しむ客に優しくお茶を振る舞う。店内は常に満員で、かつての炭水化物中毒者たちが肩を寄せ合い、涙ながらに糖質オフ人生の苦悩を語り合っている。
美味しい料理を食べて糖尿病が改善するとあって、糖尿病治療で糖質制限推奨の病院は、教育入院1年待ちが当たり前だ。
美味しい糖質制限食を作る料理人が引っ張りだこで、病院間でヘッドハンティングが頻繁に行われている。
テレビをつければ、必ず糖質制限関連番組が放送されている。「糖質制限料理の鉄人」では、料理人たちが、ありとあらゆる食材を使って驚異の糖質オフ料理を創造する。○○病院で修行した料理人が、イタリアンレストランの料理人に勝ったなどと話題を集めている。
審査員は全員糖尿病患者で、血糖値の上昇具合で勝敗が決まるという過酷なルールだ。優勝者には、純金の糖質ゼロメダルと、一生分の糖質ゼロ麺が贈られる。
仙台の老舗糖質制限レストラン「オスティナート」は、もはや伝説となっている。初代の味を守る二代目オーナーシェフの横車大八氏、彼の作る糖質オフ料理は、もはや芸術の域に達しており、全国から美食家が訪れる。しかし、入店できるのは糖尿病患者のみで、健康な人間は門前払い。そのため、「一度糖尿病になって、オスティナートの料理を食べてみたい」という奇特な人々が続出しているとか。
…果たして、こんな未来が本当に来るのだろうか?それとも、私が糖質制限食で頭がおかしくなってしまったのだろうか?
いずれにせよ、90代まで生きて老人ホームで糖質オフプリンを食べる未来は、想像以上にシュールである。