昭和初期の東京屋台料理「どんどん焼き」から学ぶ究極のシンプルネーミングと、現代レストランの行き過ぎた盛り付けについて考察。料理の本質とは何か、美味しさの基本に立ち返る重要性を解説します。
Byartfarmer2024年7月17日
レストランで新しい料理を考案した時、その料理にぴったりのネーミングを考えるのは楽しいものです。しかし、私が未だに敵わないと思う、究極のネーミングがあります。それは、シンプルどんどん焼きです。
そもそもどんどん焼きとは、昭和初期に池波正太郎も愛した、東京の屋台で流行った粉もの料理です。もんじゃ焼きに影響を受け、お好み焼きの基になったと言われています。
水で溶いた小麦粉を薄く焼き、ネギや天かす、紅ショウガなどを乗せて丸い形や半円形に折り畳み、ソースや醤油を塗って食べる、いわゆる薄焼きです。名前の由来は、売る時に太鼓をどんどん叩いたから、どんどん売れたからなど諸説あります。
現在では、東北地方にわずかに残るのみとなった、非常にシンプルな料理です。そのシンプルな料理の頭に、さらにシンプルが付く。まさに究極の料理であり、究極のネーミングだと私は思います。
この幻のメニューは、20年ほど前に通っていたショットバーのメニューでした。あまりにもシンプルすぎて、具材が何だったかさえ思い出せません。
私がこの話を思い出したのは、糖質制限食を実践しているうちに、以前とは違い、味付けがシンプルになり、素材本来の味が重要になってきたからです。シンプルがテーマとなる時、いつも「シンプルどんどん焼き」というネーミングが頭に浮かびます。
さて、どんどん焼きの話はここまでにして、シンプルに関連して最近気になるのが、レストランやホテル、温泉旅館などでの行き過ぎた料理の盛り付けです。
特にホテルの結婚式などで出される料理は、病院食を批判している私でさえ、病院食の方がまだマシだと思ってしまうようなものが出てくることがあります。
先日も、JRの駅に隣接する〇〇〇ポリタンというホテルでの結婚式に招待され、食事をいただきました。7品ほど出た料理の中で、まともに食べられたのは和牛の焼き物だけでした。しかも、ボリュームがなく、2口ほどでなくなってしまい、余計に空腹を覚えました。
料理に合わない、食べられない行き過ぎた盛り付けが多いことと、皿が立派なことには驚きました。北京ダックという料理もありましたが、春巻きのような皮を剥いでみると、ビーフジャーキーのような破片と白髪ネギが入っていました。食べる側を相当馬鹿にしていると感じ、感心して帰ってきました。
空腹を満たすために、ローソンのブランパンを食べてやっと落ち着きました。
私たち全員が考えなければならないのは、まず美味しくなければならないということ、その後に盛り付けがあるということです。
フランスのある三ツ星レストランでは、皿の上の食材は3種類、ソースは別の器で出すなど、まさに究極の料理を出す店もあるそうです。
日本料理でも西洋料理でも、最低限美味しく見せることは必要だと思います。日本料理であれば薬味や季節の木の葉などを、西洋料理であれば香り高いハーブなどをさりげなく添える。
料理の鉄人やグルメ番組、料理雑誌などの影響もあり、行き過ぎた盛り付け(写真撮影用の盛り付け)が増えてきたのだと思いますが、そろそろ料理人も「ちまちました料理」ではなく、本物の料理で勝負してほしいものです。
そして、食べる側も見かけに騙されず、良い店を選んでほしいと思います。皿の上に存在感のある肉が「どんどん」と乗った料理も良いなと、近頃思っています。