By Artfarmer2025年12月29日
リテラシーこそが最強の治療薬
仙台でキクイモ栽培を営む私のもとに、ある対話形式の評論が届いた。それは、私自身が以前「アートファーム・オスティナート」のウェブサイトに掲載した提言を、二人の論者が深く掘り下げたものだった。
自分の書いた文章が、こうして第三者の視点で丁寧に読み解かれる経験は、農家としての日々の中では滅多にない。今回はこの対話を通じて、改めて私が伝えたかった核心について考えてみたい。
「リテラシーこそが最強の治療薬です」
確かにこの一文は挑発的だ。だが、あえてこう書いたのには理由がある。糖尿病治療、特に糖質制限食をめぐる議論は、しばしば「何を食べるべきか」という表層的なメニュー論に終始してしまう。
しかし本当に重要なのは、なぜそれを食べるのか、食べないのかという理解なのだ。
私は医療従事者ではない。71歳の農家であり、13年間の低糖質食実践者であり、9年間独学で代謝生化学を学んできた一人の患者に過ぎない。だからこそ、患者の立場から見えてくる景色がある。
対話の中で指摘された通り、私の提言は4つの柱で構成されている。
「糖質を減らせば痩せる」という単純な理解だけで実践を始めると、思わぬトラブルに見舞われることがある。
体内でブドウ糖が不足すると、肝臓は糖新生を活発化させ、脂肪からケトン体を生成する。この代謝の切り替え期に起こる低血糖、脱水、電解質異常——これらは「知らなかった」では済まされない。
メカニズムを理解していれば、水分と塩分の補給など、自分で能動的に対策が取れる。知識は自分を守る盾なのだ。
多くの人が挫折するのは「ケトフル」と呼ばれる初期の不調や、体重の停滞期だ。
しかし、なぜそれが起こるのかを知っていれば、「これは想定内の段階だ」と冷静に受け止められる。闇雲に続けるのと、理解して続けるのでは、精神的負荷がまるで違う。
心理学でいう「自己効力感」——「自分にもできる」という感覚を維持することが、継続の鍵となる。根性論ではなく、知識によって心理的ハードルを下げるアプローチだ。
目的は単なる減量や血糖値改善ではない。生涯にわたる健康寿命、ヘルススパンの最大化だ。
そのためには、マクロ栄養素のバランスだけでなく、ビタミン、ミネラル、オメガ3とオメガ6の比率といった、より高度な栄養学の知識が必要になる。
これは治療というより、10年後、20年後の自分への投資だ。日々の食事選択の意味が、この視点を持つことで根本的に変わる。
そして、これら3つの柱すべてを支える土台が、患者と医師の関係性だ。
従来の「先生と生徒」という縦の関係ではなく、知識に基づいた対等なパートナーシップ。患者が自分でデータを記録し、体の変化を観察し、「先生、最近こういう変化があるのですが、これはこういう理由でしょうか?」と問いかける。
医師は専門的見地からアドバイスする。この協力関係こそが、持続可能な糖尿病の寛解への道を開く。
理念だけでは現場は動かない。だから私は具体的な提言も示した。
処方から教育への転換——「糖質を減らしてください」という口頭指導だけでなく、信頼できる書籍、アプリ、ウェブサイトといった「学ぶためのリソース」を体系的に紹介すること。
安全管理の積極的関与——特に既に薬を服用している患者が食事療法を始める際は、事前に減薬計画を立て、塩分・水分補給などの具体的指導を標準化すること。
個別化と柔軟な対応——厳格なケトン食から緩やかな糖質制限まで、複数の選択肢を用意し、その時々の状況に応じて柔軟に調整できるようサポートすること。
この提言の締めくくりで、私は書いた。
「これは単なる食事内容の変更ではなく、患者自身が自分の代謝システムを理解し、それをコントロールする方法を学ぶ『知的な探求の旅』である」
病気を敵とみなして戦うのではない。自分の体という、最も身近でありながら未知に満ちた領域を探検していくプロセスなのだ。
日々の血糖値チェックは現在地を確認するコンパス、食事記録は航海日誌。そして医療従事者は、正確な地図と道具を提供する熟練のガイドだ。
主人公はあくまで患者自身である。
対話の最後に投げかけられた問いは、重要だ。
「専門家ではない個人の、しかし深く探求された声が、私たちの健康に対する理解をどう変えていくのか」
私は医師ではない。しかし、9年間Dr.江部康二の医学ブログに通い詰め、論文を読み、自分の体で実験し、考え続けてきた。この「患者としての探求」が、医療現場に何か新しい視点を提供できるのではないかと信じている。
情報がフラットに流通する現代において、患者と医療者の関係は確実に変化している。それは権威の崩壊ではなく、新しい協働の可能性だと私は考える。
畑でキクイモを掘りながら、私はよく考える。
土の中で静かに育つ塊茎のように、私たちの体の中でも見えないプロセスが日々進行している。それを理解しようとする営み——それこそが、真の健康への第一歩なのだと。
リテラシーは、確かに最強の治療薬なのだ。
By Artfarmer
Artfarm Ostinato, Sendai