「頭のいい・悪い」から「自由・不自由」へ。固定観念にとらわれない柔軟な思考の価値を糖質制限論争を例に解説。アインシュタインも実践した「自分の頭で考える」重要性。
Byartfarmer2025年4月23日
糖尿病治療の目標と治療の優先順位。ドクター江部の糖尿病徒然日記
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〜「いい悪い」ではなく「自由か不自由か」で考えてみる〜
糖質制限をめぐる議論は、まるでかつての「天動説 vs 地動説」のようです。
科学的データと個人の体験が語る“新しい常識”と、伝統的価値観や既存の教科書が語る“古い常識”の衝突。
これは、単に「頭のいい人」「頭の悪い人」で片づけられる問題ではありません。
医師、弁護士、大学教授、政治家、学者、芸術家……
いわゆる「頭がいい」と思われている人たちが、糖質制限の反対派にも推進派にもいます。
たとえば、反対派には医師や著名な大学教授がいますし、精神論的に「日本人たるもの、米を食べなければならない」と主張する人もいます。
一方で、推進派には、糖質制限の第一人者・江部康二医師、山田悟医師、夏井睦医師のような「頭のいい」方々が多数います。
実は私は、県立高校を追試でなんとか卒業した「頭の悪い人(自称)」です。
でも、自分の体で体験し、糖質制限によって健康を取り戻した経験があります。
薬やインスリンに頼らず、血糖値をコントロールできている日々の実感。
それが私を“推進派”にしてくれました。
ここで私が提案したいのは、こういう分け方です
☆頭の自由な人(柔軟な発想を持つ人)
「頭の自由な人」とは、既成概念にとらわれず、多角的に物事を考え、新しいアイデアや解決策を生み出せる人
☆頭の不自由な人(柔軟性に欠ける発想の人)
「頭の不自由な人」とは、既存のやり方や考え方に固執し、新しい情報や変化に対応するのが難しい人
これは決して差別的な意味ではありませんので誤解のないように。
「頭がいい」「頭が悪い」という言葉には、どうしても他人を見下す響きがあります。
でも「頭が自由」か「不自由」かというのは、その人の思考の柔軟性や、固定観念からの解放度を表す言葉です。
★「自分の頭で考え、試し、感じ、判断する人」が“自由な人”。
★「教科書通り、常識通りにしか考えられない人」が“不自由な人”。
たとえばアインシュタイン。
彼は学校ではあまり評価されなかったけれど、常識を疑い、宇宙の仕組みを根本から見直した「頭の自由な人」でした。
Byartfarmer2025年5月25日
日本糖尿病学会(JDS)は「①食事・運動→②薬物療法」という序列を掲げながら、食事療法の中身をカロリー制限一本槍に固定しています。その結果、九種の経口薬+二種の注射薬が乱立し、なお年間 1.6 万人の透析導入や失明・切断が止まらない現実は、**教条主義という“頭の不自由さ”**を映し出していると言わざるを得ません。
対照的に米国糖尿病学会(ADA)は2019 年以降、ガイドラインをエビデンスに応じて毎年更新し、低糖質食を主要オプションとして明記してきました。これは「自分たちの常識を検証し、必要なら修正する」という自由な頭脳の姿勢そのものです。
“頭の自由な人”とは、立場への執着ではなく、証拠と実体験に基づき考えを更新し続ける人――医療者も患者も同じ土俵で求められる態度だと思います。