結局、断捨離もある意味で片付け術なのです。「断捨離=哲学」「片付け=技術」と分けて理解しやすくしても、実際には断捨離も"片付けの一形態"と言えます。違うのは、片付けが目の前の物を整理する実務なのに対して、断捨離はそもそも物を増やさない生き方の姿勢まで含んでいるところです。
「断捨離」と「片付け」は、どちらも身の回りを整える行為として語られがちですが、実はその本質は大きく異なります。
断捨離は考え方・哲学寄りのアプローチです。もともとはヨガの「断行・捨行・離行」から来ており、不要な物や執着を手放すことで、心や暮らしを整えるという発想に基づいています。物理的に物を減らすだけでなく、心の重荷や習慣からも自由になることを目的とし、「これは本当に必要?」「自分にとって心地よいか?」と問いかけながら、要不要を判断して物を手放すプロセスを重視します。
一方で片付けは行動・技術寄りのアプローチです。物を整理・収納して見た目や使い勝手を整えることに重きを置き、部屋をすっきりさせる、動線を良くする、探し物を減らすなど、生活の効率化を目的とします。具体的には、物を分類して収納場所を決める、ラベルをつける、整然と並べるなどの実務的な作業が中心となります。
断捨離 = そもそも持たないようにする哲学
片付け = 持っているものを整える技術
いきなり断捨離を実践するのは、一人では難しいものがあります。アドバイザーの存在や断捨離の考え方を深く理解する必要があるからです。
そこで、より現実的なアプローチを提案します:
まず片付けてみる
結果、視覚化されて不要なものが見えてくる
これを繰り返す
そして、不要なものを買わないように心がける
結果、リバウンドせずに断捨離が進む
この流れは、実はダイエットと非常によく似ています:
まず甘いジュースを飲まない
甘い間食をやめる
主食から炭水化物を少しずつ減らす(全体の摂取カロリーは減らさない)
炭水化物を買わないように心がける
結果、リバウンドせずにダイエットが進む
私自身の実践では、まず財布の中から始めました。現在は、カードケースにクレジットカード一枚と折りたたんだ千円札(非常用)一枚、そして名刺を入れたもので済ませています。現金はほぼ使わなくなりました。
次に引き出しです。「毎日開ける引き出し」から始めて、徐々にブラックボックス化した引き出しへと進んでいきます。**継続(執拗な繰り返し・ostinato)**が何より大事です。
物理的な断捨離と並行して、重要な書類や情報はスマホでスキャンしてGoogleドキュメントに保存し、すべてフォルダ分けして現在5台のデバイスで共有しています。さらにNotionを活用して、日記や思考整理、WEBの記録、アカウントの管理も行っています。
「モノは手放す → 情報はクラウドに残す」という流れで、物理的にはスリム化し、情報的には充実化を図っています。
依存症(アディクション)には、アルコール、ギャンブル、スマホなどさまざまな形がありますが、実は「モノへの執着」や「糖質への依存」もその一種かもしれません。
「つい買ってしまう」「つい食べてしまう」——それは意志の弱さではなく、人間に本来備わった"快楽への欲求"です。だからこそ、「手放す」という選択は、とても勇気のいること。でもその一歩を踏み出した先には、思っている以上に大きな自由と自律が待っています。
依存性のある食品といえばスナック菓子があります。炭水化物の塊、超B級グルメです。若いころから食べ続け、成人病になった人も数多くいることでしょう。
代表的なものがカ○ビーのかっぽえびせんやポテトチップス。この会社は炭水化物依存症を意識したCMを流し続けています。CMがそのまま依存症の定義です。
「やめられない とまらない カ○ビーのーかっぽえびせん♪♪」
グレイグ・ナッケン著『「やめられない心」依存症の正体』から重要な指摘を紹介します:
アディクション(やめられない心)には、しだいに深みに入っていくという、やっかいな特徴があります。つまり、アディクションは進行性の障害であり、止まらずに進行を続ける病気であることを理解しなければなりません。
このいきさつは、がんの進行に似ています。がんには様々な種類がありますが、どのがんも悪化する過程はみな同じです。つまり、がん細胞の増殖が止まらなくなるということです。
アディクションも、それと同じで、様々な種類があります。どのようなアディクションも放っておけば進行が止まらなくなります。対象物の使用や対象となる行動の頻度が増し、むなしい追及が止まらなくなるということです。
アルコール依存症患者も酒を一口飲んだら「やめられない 止まらない」のです。
断捨離やダイエット、性犯罪や薬物依存など、すべてがアディクション(やめられない心)につながります。
結局、断捨離もある意味で片付け術なのです。「断捨離=哲学」「片付け=技術」と分けて理解しやすくしても、実際には断捨離も"片付けの一形態"と言えます。違うのは、片付けが目の前の物を整理する実務なのに対して、断捨離はそもそも物を増やさない生き方の姿勢まで含んでいるところです。
この大きなテーマを、これからブログ連載として少しずつ掘り下げていきます。私はostinatoです。執拗な繰り返しの中に、真の変化の種があると信じています。
Byartfarmer 2024年7月8日
参考文献
グレイグ・ナッケン著、玉置悟訳『「やめられない心」依存症の正体』