北を望む。
■岩沼宿から増田宿まで
岩沼宿から北上すると雷神山古墳、飯野坂古墳群を左に眺めながら益田宿に入る。北町検断屋敷があった。公民館付近が本陣跡で敷地内には樹齢600年の「衣笠の松」がある。
増田に近づいて来ると、現在は空港鉄道の高架などの構造物があり、古い街並みではあるが北の中田宿と同じく昭和の雰囲気。JR最寄駅は名取駅。新しくなりきれいな駅である。
現在の国道4号線は東のバイパスがメイン経路となっておりこちらは交通量も多く、ロードサイド店の立地もあり現代的な景色だ。
一方駅西も住宅地が整備されていて、街道筋は少し取り残された感もある。
南を望む。
■増田宿
増田、中田、長町宿は慶長六(1601)年よりの仙台城下整備が一段落した後に建設された。
うち、現在の名取市に増田宿は所在した。名取は江戸時代より前の話だが古名を丹取(にとり)の里と呼ばれていたという。
増田宿の設置は1650年で、二代藩主伊達忠宗の治世だった。17世紀末には、街道中央に水路を通し、小橋が渡されるなど宿場の体裁が整っていた。
街道の両側には一軒屋敷(間口7間)と半軒屋敷(間口3.5間)が建ち並んでいた。