2024.1.15/S33卒 羽島賢一
国立市には誇るべき宝が二つある。その一つは、国立駅から南に延びる大学通だ。田園都市開発に取り組む剛腕堤康次郎が作ったもので、道幅24間(43m)、長さ1.5kmである。
同時代に、母校の先輩である大阪市長関一が構想し、実現した延長4kmの大阪の御堂筋も、同じ幅員であるのは偶然の一致なのか、関連があるのか?もう一つの宝は、もちろん我が母校一橋大学である。今回選んだテーマは一橋大キャンパス。1931年1月、母校を訪れたシュムペーターは『大学は建物に非ず』と言ったそうだが先ずは建物。大学に入るには、すごく勉強しないと難しいが、幸いなことに、キャンパスは誰だって入れる。中心に池があり、池のほとりには芝生や植え込みが広がり、所々にベンチがあって、その向うをぐるりと石の洋館が取り囲んでいる。大学の始まりと言われるヨーロッパ中世の修道院の中庭ともいえなくもない。建築様式は大学としては国内では稀なロマネスク様式である。東大、早大、慶大など多くの大学はゴシック風の荘厳な建物だが、それらに比べロマネスク風建築物には人を包み込むような優しさがある。
このキャンパスで注目すべきは、建物の各所に巣くっている不気味な怪物たちである。設計者伊東忠太の意図はいまだに謎である。建築史家・建築家の東大教授藤森照信は、『中世のキリスト教世界は奇怪な想像力に満ち溢れていて、やたらと奇妙な動物たちを創造していた。
怪獣はロマネスク様式の建造物には自然に和むもので、その名残でロマネスク様式の一橋大学のキャンパスには怪獣が無数に隠れている』と言っている。
彼の著書には、次の種類の怪物があると書かれている。
17種99匹に及ぶこうゆうやつらを眺めていると、ライオンや鳥の類はまあいいとして、軒の上からじっと下を窺うとトカゲ顔のオオカミなんかは大人でも気味悪い。
(羽島が目にした資料に123匹と書かれた物もある。)
因みに、伊東忠太が設計した怪獣が巣くう有名建築物は、湯島聖堂、築地本願寺、東京都慰霊堂などである。
「怪獣の棲む講堂を追う」と題する小説が、昨年上梓された。著者の小芝繁は、1964年社会学部卒の同窓生である。2001年に如水会年次別同窓会で最強と言われた12月クラブのウエブサイト作成に参画した小芝は、如水会常務理事として活躍された12月クラブの中心人物韮沢嘉雄先輩と昵懇となる。12月クラブの名の由来は、1941年12月
の繰り上げ卒業にある。当該学年は、352人であったが、35人は戦場に
散った。この小説は、韮沢さんと思われる須賀五郎次を主人公として展
開する。須賀を助ける後輩の魚住京太のモデルは多分小柴繁であろう。
2004年、兼松講堂改修工事完了を祝し開催されたチェコ・フィル・
コンサートに、須賀が同伴した女流画家が目にした怪獣たちをきっかけ
に、怪獣たちの由来を探す物語となる。大学当局、兼松商店、伊東忠太、
大倉組(現大成建設)など関係者は怪獣誕生にどのように関わったか。
大学当局とは佐野善三郎学長である。佐野学長は東京高商から数えて
21年間、学校長を務めていたが、1935年7月の白票事件の責任を問われ、同年10月に依願免官になっている。小芝繁はこの事件をもって筆を置いた。羽島は、この翌年1936年に生を受けた。
この本は文庫本で、文芸社セレクションから770円(税込)で発売されている。創立100年史編纂に大きく係わられた韮沢さんが主人公だけに、学園史としても読める作品である。
一橋大学創立150周年も間近である。お勧めしたい一冊である。
ここで話題を変えてシュムペーターの言葉『大学は建物に非ず』について触れてみよう。
この発言は、1931年1月、厳寒の兼松講堂で『経済学徒の科学的装備』と題する講演をした際、部屋の寒さを詫びた母校関係者に向けて発した言葉だそうだ。母校は大学昇格直後に関東大震災が起り、それを契機に国立への校舎移転が始まった。1929年には世界恐慌が勃発した。兼松房次郎から寄贈された50万円では、当時すでに実用化されていたスチーム暖房まで手が回らなかったのだろう。シュムペーターはこの言葉に続けて、イタリヤのボローニャ大学の例を引いて、黎明期の大学でありながら、貧弱な校舎の中でも、立派な学術的成果を挙げたかを語り気遣い示したそうだ。
シュムペーターの来日当時は、雑木林に囲まれた校舎の周囲は未開発で、人家や商店もまばらであった。「谷保の狸御殿」とも言われていた。1月の兼松講堂も真底暗く、凍るように寒かったに違いない。
東畑精一東大教授や母校の山下裕子教授なども書いているからこれが真相なのだろう。
羽島は、在学中『大学は建物に非ず』という言葉を聞いたとき、『一橋大学は、建物は立派だが、未だ肝心の中身がない』との意で、母校を諫める発言と理解していた。
蛇足を二つ。オリックス・バファローズの投手、昨年の新人王・山下瞬平大の名は、母親によれば、『名前は20世紀を代表する経済学者ヨーゼフ・シュンペーターに由来』、響きが良くて海外の人も発音しやすいから』と。
老生がシュムペーターの言葉で一番好きなのは、新基軸の神髄を表す『馬車は何台連結しても鉄道にはならない』である。
私にとって国立市の住人で好きな男女二人を挙げるならば、山口瞳と山口百恵である。
以上
追記:本稿は如水会大阪支部便り2024年3月号に投稿したものである。
大坂支部賀詞交歓会でご来阪の中野学長と杉山如水会理事長との会話で話題にし、その後メールでお届けしたものです。中野学長は既に小芝繁の著作を読んだと言っておられました。