腸内環境と健康 Q森正之:2021.2.3
〈危機の時代を生きる--創価学会学術部編〉第7回 腸内環境と健康
2021年2月3日
· 麻布大学名誉教授 鈴木潤さん
「腸」の強化は、新型コロナウイルス感染症の重症化を防ぐ上で重要と考えられている。「危機の時代を生きる――創価学会学術部編」の第7回は、「腸内環境と健康」がテーマ。細菌感染症が専門で、細菌毒素が腸に及ぼす影響などを研究してきた麻布大学名誉教授の鈴木潤さんの寄稿を紹介する。
新型コロナと腸の関係
嗅覚の喪失、味覚の変化、運動障害、頭痛や下痢、嘔吐など、さまざまな症状を引き起こす新型コロナウイルス。このウイルスは、人間の細胞膜の表面にある「ACE2」というタンパク質と結び付くことで、細胞の中に取り込まれることが分かっている。
ACE2は、血管の収縮に関係しており、血流や血圧の調節に重要な役割を果たす。ここにウイルスが感染し、細胞内で増殖すると、本来の細胞が持つ働きが阻害される。例えば、感染者が重度の肺炎を引き起こすのは、肺の細胞表面にACE2が多く発現していることが一因と考えられている。
実は、5~7メートルにも及ぶ人間の小腸と、約1・5メートルといわれる大腸の上皮には、ACE2が多く存在しており、一説には肺の300倍との報告もある。こうしたことが、腸の炎症や下痢を引き起こす原因になっているのであろう。
今回の感染症の始まりは、動物から人にうつったことと指摘されている。それは、新型コロナウイルスを持つ動物を、人間が食べたことが原因だといわれるが、体内では、腸のACE2を介して感染した可能性が高いと考えられている。新型コロナウイルス感染症と腸の関係は、今後、ますます注目されていくと思う。
腸は感染症に立ち向かう最前線
そもそも、感染症に立ち向かう上で、腸の役割とは何か――。
まずは、「免疫の最前線」という点である。
私たちが口にした食べ物は、胃と腸で消化され、最終的な栄養分は、腸から体内に吸収される。口にした時点で“体内に入った”とも捉えられるが、実際に体内に吸収するのは、腸である。
この吸収の際、赤痢菌、コレラ菌といった病原性細菌やウイルスが侵入してしまえば、人体に悪影響を及ぼす可能性がある。だからであろうか、さまざまな外敵と戦う免疫細胞の実に7割は、腸で作られている。いわば、ここが免疫の最前線なのである。
そして、この腸と協力し、外敵から守る働きをするのが、腸に常在する腸内細菌である。
一説には1000種類、100兆個ともいわれる腸内細菌が生息し、丸いものや棒状のもの、連鎖状のものなど、種類ごとにまとまっている様子は、まるでお花畑のようで、これらは腸内フローラと呼ばれる。
大きく善玉菌、悪玉菌、日和見菌の三つに分類される腸内細菌は、私たちが口にした食べ物の分解を手助けし、そこから栄養を吸収して生きている。栄養が吸収されてしまうと、腸にとっては、メリットがないように思えるが、そうではない。腸内細菌は、人体に悪影響を及ぼす外敵を監視し、時には免疫細胞に“敵が来たぞ”と知らせながら、協力して外敵と戦っている。また人間が合成できないビタミンは腸内細菌が作り、私たちはその恩恵を受けている。
腸内フローラは、臓器と同じくらい重要であり、腸内フローラに異常があると、免疫細胞にも大きな影響を与え、感染症にかかりやすくなることが分かっている。
腸内細菌の存在も、感染症に立ち向かう上で重要なのである。
腸のイメージ図。私たちの身体を守る「免疫の最前線」である ©comotion_design/E+/Getty Images
また、腸の役割で注目すべきは、「第2の脳」という点である。
「第2」と言うと、“脳より下”と思うかもしれないが、生命の進化では、最初に腸が生まれ、その腸が進化して脳が生まれたとの説があり、腸は“脳の生みの親”とも指摘される。
脳だけで生きている生命は、存在しない。一方、この世には、脳がなく、腸だけで生きているヒドラのような生命体がいる。
腸には、脳のように神経細胞が張り巡らされ、脳の指令がなくても“自分で判断し、自分で動く”ことができる。それが「第2の脳」と言われるゆえんである。
脳と腸には、共通点が多い。
例えば、味覚を感じる細胞は、舌のほか、脳と腸にも存在している。私たちが食べ物を口にして“おいしい”と感じる時、舌で感じた信号が脳に伝達され、幸福感が得られると思うかもしれないが、実は、腸も“その味”を感じていると考えられている。
また、脳と腸で使われる伝達物質も近い。その一つがセロトニンで、脳ではストレスを緩和し、幸福感をもたらすが、それに加えて腸では、食べ物を消化液と混ぜ、吸収しやすいように変えるための腸管を動かすために使われる。
脳と腸は互いに伝達物質をやりとりすることが知られており、体内のセロトニンの9割が腸、厳密に言えば腸クロム親和性細胞になるが、そこで生成される。これは、ACE2との共同作業で生成されると考えられている。
私たちは今、新型コロナウイルスに感染しないよう、マスク着用などの対策を取っている。それは脳で考えたことであろうが、もしウイルスを体内に取り込んでしまったら、どうだろう。
ある時は免疫細胞を活性化させてウイルスと戦い、そして、ある時は腸管を通って下痢を起こし、病原体を体外に排泄することを“自分で判断”してくれる腸の働きは、「超」大事なのである。
腸内環境を整える方法
腸内環境を整えておくことが、感染症に立ち向かう力となる。
では、私たちには、そのために何ができるのか。
一つ目は「食事」である。
免疫細胞はもちろん、腸への病原体の接近を防御する粘液などは、私たちの食べるものから作られる。だからこそ、そうした材料となる物質を多く含む食品を選んで食べることが、腸内環境の機能を高めることにつながる。
例えば、ヨーグルト、納豆などの発酵食品には、乳酸菌やビフィズス菌など、免疫細胞を活性化させる善玉菌が含まれている。また、これらの善玉菌を腸内で育てる食物繊維、オリゴ糖などの摂取も大切である。
最近の研究では、新型コロナウイルスの感染者には、腸内の善玉菌が不足していることが分かっている。善玉菌の数や種類を増やすための食生活を心掛けることは、重要なのである。
さらに、腸の動きやストレスの緩和、幸福感と関係するセロトニンの材料となるのは、必須アミノ酸であるトリプトファンだが、これは、カツオやマグロ、牛乳、ダイズなどに多く含まれる。ともあれ、そうした食品をバランス良く摂取することが大切である。
都内のスーパーマーケットに並ぶさまざまな種類のヨーグルト。腸内環境を整える働きがある(AFP=時事)
二つ目は「運動」である。
私たちの身体を構成する細胞は、酸素のある条件下で初めて生命活動ができる。だからこそ深呼吸で新鮮な酸素を取り込んだり、適度な運動によって血流を促進させ、全身に酸素を巡らせたりすることが大切である。気持ち良いと感じるくらいの運動は、自律神経にも影響を与え、腸の活性化にもつながることが知られている。
三つ目は「睡眠」である。
睡眠不足は体内時計を狂わせるだけでなく、自律神経の働きを乱し、腸内環境にも悪影響を与えることが近年、分かり始めてきた。腸内細菌は、私たちの睡眠中に活発に動くことが知られており、睡眠も大切な要素となる。
四つ目は「心の安定」である。
日光浴をしたり、気心の知れた友と会話したりして心が安らぐと、脳ではセロトニンが分泌される。脳と腸は互いに連携しているので、人生の充実感となるだけでなく、腸内の動きを活性化させることにつながる。
仏法の健康観は腸を活性
こうしたことを踏まえて、仏法の健康観を見ると、興味深いことが分かる。
それは、天台大師が健康法の基本として挙げた次の5点である。
①調食(食べ物の質と量を調整する)
②調身(散歩、体操、運動をする)
③調息(呼吸を調える)
④調眠(睡眠、生活のリズムを調える)
⑤調心(心を調える)
この仏法の捉え方は、腸内環境を良くする視点とも響き合う。
また、たとえ身体に良いからといって、同じものを食べ過ぎると、かえって毒となる。寝過ぎも生活リズムを崩す原因となる。まさに「調」の一字が入ることで、絶妙な表現となっていると感じる。
腸内細菌との絶妙な調和の世界
日蓮大聖人は「所詮・万法は己心に収まりて一塵もかけず(中略)日月・衆星も己心にあり」(御書1473ページ)と仰せである。
星々が絶妙な調和を保ちつつ運行し、一瞬たりとも止まることがない宇宙。そして、数え切れないほどの生命を守り支える宇宙……。
そんな宇宙から見れば、一人一人は小さな存在かもしれないが、仏法では、その一人一人の生命には、“宇宙大の力”が収まっていると説く。
私は、その一端を、感染症に立ち向かう身体の働きを研究する中で感じてきた。
例えば、腸内細菌は、私たちとは別の生命だが、その一つ一つの腸内細菌が、私たちの細胞と協力し、さまざまな外敵と戦う中で、私たちの生命は支えられている。いわば、「私」とは、腸内細菌たちも含めて「私」なのだ。
その一人一人に備わる力を信じ、いかに強めていけるか――。
ここに、今回のコロナ禍に立ち向かう鍵があると思う。
〈プロフィル〉
すずき・じゅん 1948年生まれ。博士(医学)。麻布大学生命・環境科学部教授などを経て現職。細菌感染症分野で顕著な研究成果を上げたほか、日本電気泳動学会児玉賞に輝くなど多大な功績を残す。著書に『仏法と科学からみた感染症』(潮出版社)、共著に『「食の安全」基礎知識』(アドスリー)などがある。創価学会副学術部長。町田総区副総合長。
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2021.2.3聖教デジタル版(無料会員版)より。
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