33年net諸兄姉(2022.03.23 16:54)
再びホロドモール(Holdomor Famine Genocide )について
2022.03.22(火)BS6、19:30
キャスター松原耕二(まつばら こうじ、1960年8月12日 -1960年に山口県下関市で生まれ、1979年に福岡県立修猷館高等学校を卒業する。1984年に早稲田大学政治経済学部を卒業後、東京放送(現:TBSホールディングス)に入社し、報道局社会部記者となる。 日本のニュースキャスター、作家。元TBSテレビ報道局記者。)
ゲスト1;角茂樹(すみ しげき、1953年〈昭和28年〉6月13日 - 栄光学園中学校・高等学校を経て、1977年、一橋大学商学部卒業。同年、外務省入省。日本の外交官。在ウィーン国際機関日本政府代表部大使や国連大使を経て、元駐ウクライナ特命全権大使。)
ゲスト2;小泉悠(こいずみ ゆう、1982年6月2日[- 千葉県松戸市出身、早稲田大学(学士、修士)軍事評論家、軍事アナリスト、ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする。ユーリィ・イズムィコの筆名でも知られる、2022年現在、東京大学先端科学技術研究センター専任講師を務める。)
コメンテーター;堤伸輔(つつみ しんすけ);熊本県出身、東京大学文学部卒、1956年10月31日 - 日本の編集者、新潮社学芸出版部編集委員。国際情報誌「フォーサイト」元編集長。)の4人でウクライナ問題を討議していた。
おや、3.10に皆さんに「ウクライナについて」の、初めに、ウクライナの大餓死(ホロドモール)をお伝えしたが、このウクライナ侵攻により、これに再び注目されることになった(映像添付)。しかも2019年には、この悲惨さを報道したイギリス人記者の伝記映画「赤い闇ースターリンの冷たい大地で」(映像添付)が作られていたことが分かった。
早速、見ようと思ったら1時間58分、約2時間かかる。取り敢えずは彼の経歴を調べる、驚いたことに29歳で殺されていた。
★彼の経歴;映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』の主人公・ガレス・ジョーンズ「Gareth Richard Vaughan Jones (13 August 1905 – 12 August 1935)」。
彼はいったい、どのような人物だったのでしょうか。ガレス・ジョーンズはウェールズ出身のジャーナリスト。ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーに取材した最初の外国人記者として知られている。ロシアで教師を務めていた母親アニーからの話の影響を受けて、ソ連に興味を持つようになっていく。↗
世界恐慌の嵐が吹き荒れる状況の中、彼の抱いていた大きな疑問に答えを出すために単身、ソ連へと渡る。その疑問とは「世界恐慌に覆われた状況の中で、ソ連だけがなぜ繁栄を謳歌しているのか?」その疑問に対する答えがあるとされるウクライナへと向かったガレスは、想像を絶する衝撃的な光景を目にする。それは繁栄とは程遠い飢餓に苦しみ極限状態にある人々の姿だった。ウクライナは豊穣な大地を持つ国であるが、外貨獲得のために全作物をソ連に搾取され、農民たちは土地に縛り付けられていた。結果的に人工的な飢饉により多くの命が失われていったのだ。飢餓に苦しむ人々の姿は外国人記者たちには知られておらず、ソ連側から見せられているものをただ世界に発信しているだけだった。そのような状況の中、ガレスは自身の命を懸け厳しい監視の目が光る独裁国家の偽りを世界に発信し、ソ連が謳歌していた「偽りの繁栄」がアメリカやイギリスの新聞などに掲載されたのだった。
ガレス・ジョーンズは1905年8月13日、ウェールズ生まれ。父親はエドガー・ジョーンズ、母親はアニー・グウェン。父親のエドガーは軍人で学校長を務め、母親のアニーはロシアで教師を務めていた人物。ガレスは母親からロシアやウクライナの話を聞かされており、これがガレスをソ連とウクライナへ足を運ばせることになった。1926年にアベリストウィス大学(ウエルズの初の大学)のフランス語学科を首席で卒業する。卒業後も、ストラスブール大学やケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジでも学業に励み、ランス語だけではなくドイツ語やロシア語でも優れた成績を残した。大学卒業後、ケンブリッジ大学で短期間教壇に立った後、イギリスの首相デビッド・ロイド・ジョージの外交顧問の地位を得て、政治の世界とのつながりを持った。そしてウエスタンメールの記者となったガレスは1933年2月、アドルフ・ヒトラーへの取材記事を書いた初めての外国人記者として一躍その名を知られることになった。1933年、ガレスはソ連へと渡り、ソ連当局の監視の目をくぐり抜けてウクライナへと向かう。そしてその場所でガレスは飢餓に苦しむ人々の姿を目の当たりにするのだった。同年3月29日ベルリンへと戻ったガレスは、プレスリリースを行い、ウクライナで目にした惨状がニューヨーク・ポストやマンチェスター・ガーディアンなど多くの新聞に掲載された。ソ連の「偽りの繁栄」を世界に知らしめたジャーナリスト、ガレスだったが、1935年8月12日、29歳で死去。遺体から3発の銃弾が発見されており「偽りの繁栄」を世界に知らしめたガレスに対するソ連の報復と考えられている。(以上websiteより)
ゼヒ、皆さん ホロドモールで検索してください。生々しい映像が見られます。
イチハタ