『マンガ 日本人と天皇』 雁屋哲作 シュガー佐藤画
象徴天皇制の欺瞞を突く
本書の存在を知らなかった。マンガを読まないせいばかりではなく本書が評判にならないでいるせいではないかと思う。初版は2000年、増補版の本書は2019年4月の刊行、私が小さな新聞広告で知ったのは2022年11月、入手読了したのは23年1月2日でした。いずれにしても天皇制がマンガになっているのは驚きでした。小説では赤坂真理の『東京プリズン』(2014年)があり、アメリカの高校で天皇を東京裁判にかけています。 「なるほどこういう形なら天皇についても書けるんだ」と感心しました。ただし一部で好評を博しましたが太平洋戦争にいたる経緯を学んでいるものには新味に乏しいものでした。
それに引き換え本書では日本人の生活への天皇制の不断のかかわり合いが余すところなくとらえられており、多くを学びました。マンガの一コマには「出版社に勤めている従兄から聞いたんだけど天皇制を批判するようなことをおおっぴらに口に出したり書いたりするような人は活躍の場を狭められていく」というセリフがあります。サッカー選手が題材のマンガでは、先輩に逆らえば就職にも差支えが生じると脅され、はてはチームから追放されます。
本書の新味、切り口が深く届いているところは憲法第一条の「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、日本国民の総意に基づく」の曖昧さと作為欺瞞を指摘しているところです。護憲派には苦しいところですが、この条文を見れば憲法が国民の総意に基づくものとは言えないことが明白です。
昭和天皇に関する手記、記録の類は数知れず、本書出版の後にも侍従長であった百武三郎の日記が公開されています。東京新聞(21/12/30)はこれを「開戦か非戦か…揺れ動いた天皇の姿」と報じていますが簡略ながら41年10月13日、松平宮内大臣の拝謁後の言葉「切迫の時機に対し、すでに覚悟あらせらるヽが如き御様子」、また内大臣木戸幸一の言葉として、天皇の開戦への決意が「行き過ぎのごとく見ゆ」が引用されています。「揺れ動く」時期はすでに遠く去っています。リベラルという世評の東京新聞にしてもこんな具合です。
本書の「あとがき」には「若い人に読んでもらいたいと思って、この本を書いた」とあります。本書をマンガにしたのは作者の雁屋哲氏の深謀遠慮であることにここで合点が行きます。
(4/1/23)
Magnificent Rebels:The First Romantics and the Invention of Self
知識と楽しみの宝庫
絶賛が並ぶ英文のレビューに日本からも貧者の一灯。冒頭、目次に続いて登場人物の一覧がある。この種の本には珍しいがこれが親切で役に立つ。そこでそれに倣って登場人物のご紹介から始めます。ゲーテ、シラー、フンボルト兄弟、ヘーゲルは誰でも知っている(と思いたい)。フィヒテ、ノヴァーリスとなるといささか不安になる。フリードリッヒシュレーゲルとその夫人カロリーネ・ベーマー‐シュレーゲル‐シェリング、さらにはフリードリッヒ・シェリング、ドロテア・フェイト‐シュレーゲルとなると私も初対面だった。そこでシュレーゲル夫妻から始めることにする。
シェイクスピア劇のドイツでの上演回数は現在その母国である英国を上回るという。それはシュレーゲルが長い年月をかねて心魂をこめた訳業のたまものと言える。シェイクスピア劇は韻文が主体である。シュレーゲルは夫人と協議しながらそれを韻文に訳出した。現在であれば訳者はシュレーゲル夫妻ということになろうが18世紀~19世紀初頭にあって女性は影の人にとどまっていた。日本では主だったシェイクスピアの作品の訳本は数知れない上に訳業は今に続いている。韻文への訳出となるとそれは殆ど不可能と言ってよい。独訳なら少しは容易かと思うがそうではないらしい。いずれにせよネットで調べたところでは手に入るのはすでに220年以上も前のシュレーゲル訳に限られるようだ。
シュレーゲル夫妻は数多い登場人物の一部に過ぎない。「ゲーテとシラーの友情」とはよく聞く言葉であるがそれがどのようなものであったかを知るのも興味深い。ゲーテは『ウイルヘルム・マイスターの遍歴時代』を書き上げるのに長い年月を要したがシラーはその草稿を読み、時には手を加えたりもしていた。
これらの数多い登場人物はゲーテが宰相の一人であったサックス・ワイマール公国内の一学術都市イエーナを中心にして活動し、そこにドイツ・ロマンティシズムの花を咲かせた。当時プロシャの首都ベルリンに大学はなく、1809年設立のベルリン大学は本書に登場するウイルヘルム・フンボルトによるもので東西ドイツ統合後の現在はフンボルト大学と改称された。
ことによったら本書の中心と見るべきはここに引用した人たちではなくフィヒテやシェリングかもしれない。なぜなら自然と精神の対比と統合をめぐる哲学論議こそが当時の知識人の主要な関心事であったからである。このように本書は多数の偉大な歴史的人物の相互に入り組み、裨益し合った複合伝記と言ってよい。仲間内で起る対立、男女関係の乱れも避けて通れない。
ゲーテの今際(いまわ)の言葉は「もっと光を!」であったということが広く知られている。著者はこの不確かな伝承には触れていない。そうしなくとも確実であって書くべきことに事欠かないからであると思う。総頁数500、文献、注、索引を除いた本文350頁の本書は知識と楽しみの宝庫の名に値する。付言したい。私は本書を読んだ後に言語学の本を手に取ったのであるがそこでたちまちシュレーゲル兄弟、フンボルト兄弟が主役を演じているのを目にした。(4/1/23)