鎌倉時代の「食」

Q森正之:2020.11.6

疫病対策で示した

 大聖人と門下の智慧

鎌倉時代の「食」について

信州大学農学部 特任教授 稲熊隆博さん

〈危機の時代を生きる 創価学会学術部編 第3回〉
 


 疫病が猛威を振るった鎌倉時代、日蓮大聖人とその門下たちは、どのような食生活を心掛けていたのか。また、そこから見えてくるものは何か――。「危機の時代を生きる――創価学会学術部編」の第3回のテーマは、「鎌倉時代の『食』について」。信州大学農学部特任教授で、食品の機能性などを研究してきた稲熊隆博さんの寄稿を紹介する。

 「食には三の徳あり、一には命をつぎ・二にはいろ(色)をまし・三には力をそ(添)う」(御書1598ページ)とは、日蓮大聖人の仰せである。つまり、「食」には生命を維持する働き、健康を増す働き、さらには心身の力を盛んにする働きがある、と。

 まさに“食は命”であり、近年の研究では、食生活が、私たちの健康と密接に関係し、病と闘う時にも重要な役割を果たしていることが次々と明らかになっている。

 新型コロナウイルスが蔓延する今、治療薬やワクチンの開発が急がれているが、確たる治療法は、まだ確立されていない。だからこそ、罹患しないように気を付けることはもちろん、たとえ罹患しても軽症で済むよう、体の準備を整えておく必要がある。その意味でも、私たちが日頃から心掛けることができる「食」の重要性は増してきているのではないだろうか。

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 それは、世界保健機関(WHO)も注目するところである。

 WHOがまとめた新型コロナウイルス感染症に対する成人への栄養指針では、「バランスの良い食事を取る人は、免疫力が強く、慢性疾患や感染症のリスクが低い」とし、いくつかの項目を挙げているが、毎日取る目安として示された数値は次の通りである。

 ①果物を280~400グラム、野菜を約350グラム。

 ②穀物180グラム、肉・豆160グラム。

 ③8~10カップの水を飲む。

 ④塩分と砂糖を減らし、塩分摂取量は5グラム未満に。

 このほか、外食を避けて人との接触を減らし、カウンセリングやメンタルヘルスの心理社会的支援を受けることを奨励している。

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 大聖人の御在世当時も疫病が起こっていた。

 例えば弘安元年(1278年)、大聖人は佐渡の門下へのお便りの中で、こう仰せである。

 「去年、今年の疫病の流行のありさまを見ては、佐渡の皆さんは、どうなられたであろうかと心配であったので、懇ろに祈っておりました」(御書1314ページ、趣意)

 そして、門下たちが元気であることを聞かれ、「疫病が広範囲に広がり、同じ船に乗り合わせているので誰も助かるとは思えずにおりましたところ、難破して助け船にあったようなものでしょうか」(同)とつづられている。

 同年2月のお手紙には、「去年の春より今年の二月中旬まで疫病国に充満す、十家に五家・百家に五十家皆やみ死し」(同1389ページ)とあり、多くの人が疫病で亡くなったことが分かる。

 では、こうした状況の中で、大聖人や門下たちは、どう立ち向かったのか。ここでは、「食」に焦点を当てて迫ってみたい。

聖教新聞デジタル版
2020年11月6日

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 仏法は生活法
  賢明な食生活に
   感染症に打ち勝つヒントが


 御書の御消息文には、門下から送られたご供養の数々がつづられている。その中の食品から、感染症への効能を考えてみた。

 果物では柑橘類のほか、柿やザクロなどが挙げられ、野菜のダイコンやゴボウ、ナス、さらにタケノコ、ショウガ、ミョウガなどが届けられている。当時は未開拓地も多かったことから、こうした品々のほかにも、自生していた山菜や果物などを収穫していたことは当然、考えられる。

 果物と野菜には、ビタミンやミネラル、食物繊維など、「生きるため」に必要な成分が含まれている。「生きるため」としたのは、それらが欠乏すると死に至る可能性があるからである。

 明治時代、死に至る病は結核と脚気であったが、特に脚気はビタミン不足から起こる。ミネラルは、骨や血液など、体の構成成分になり、神経・筋肉機能などを正常に保つ重要な役割がある。そして、食物繊維は、消化・吸収されずに小腸を通って大腸まで達するが、腸内の善玉菌を増やし、体の免疫力を高めるといわれる。

 その上で、注目すべきは、“万病を治す力がある”と古くから重宝されてきたショウガが、ご供養の中に含まれていることである。

 ショウガは、胃腸の消化・吸収を助けるほか、体温の上昇や血行改善の効果、さらには免疫力を大幅に向上させるとの研究もある。ただ、健康に良いからといって食べ過ぎには注意しなければならないが、感染症対策に有効な食品であることに間違いない。

 ショウガが供養された回数を見ると、少なくとも9回。そのうち4回が大聖人が健康を害され、「下痢」(御書1179ページ)などに苦しめられていた建治3年(1277年)から弘安元年に集中していることから、腹痛などを抑えるために用いたと考えられる。

 また、柿が届けられていることも興味深い。柿に含まれるタンニンには、ウイルスを不活化する効果があることが報告されており、感染症予防にも期待されている。

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 供養されていた品々の中には、穀類(コメ、ムギ、アワ)、イモ類(サトイモ、ヤマイモ、コンニャク)のほか、ダイズやササゲなどもある。

 最近では、コメとムギなどを混ぜて食べる“雑穀”の良さが見直されているが、当時もアワとコメを混ぜて食べられていたことが知られている。

 イモといえば、ジャガイモやサツマイモを思い浮かべる人が多いかもしれないが、鎌倉時代には、まだ伝来しておらず、大聖人が主に食されたイモは、サトイモだと考えられる。

 実は、このサトイモも感染症に有効である。ヌメヌメした質感をつくる成分が含まれており、それらには免疫力を上げ、粘膜を潤して細菌が侵入するのを防ぐ効果があるとされる。

 また供養されたアマノリ、ワカメなどの海藻類には、食物繊維やミネラルが豊富に含まれている。

 鎌倉時代は今のような冷蔵技術もなく、食材を発酵食品や乾燥食品にして保存するしかなかった。

 しかし、発酵食品は発酵を促す善玉菌の作用が腸内を活発にし、免疫力や解毒力を高めてくれる。乾燥食品も調理して戻すことで、摂取量の向上につながる。

 いずれも、感染症対策から考えて効果的なのである。

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 残念ながら、大聖人が口にされた量までは分からないが、品目から見れば、WHOの栄養指針からも外れていない。また私が研究対象とするトマトやピーマンも伝来しておらず、現在と比べて種類は乏しいと言わざるを得ないが、感染症に立ち向かうために必要な食材が多く入っていることに、深い意味が感じられてならない。

 鎌倉時代の人々は、食が病の治療に有効であることを経験的に会得しており、食べて良いもの、禁ずべきものを、それぞれの病にあって定めたといわれる。大聖人や門下たちも、そうしたことを重視していたのではないだろうか。また、人体の健康は、さまざまな栄養を取ることで保たれている。たとえ少ない種類であっても、逆に言えば、「好き嫌いをせず、何でも食べた」ことが健康につながったのではないかと考える。

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 その上で、仏法の「食」の捉え方は、さらに深い。具体的には、「俱舎論」に説かれる「段食」「触食」「思食」「識食」という四つの「食」である。

 最初の「段食」は、実際に口にする食物のことで、“段々とかみ砕く”ことから、こう呼ばれるが、実は、咀嚼回数も、感染症予防に重要な役割を果たす。

 咀嚼回数は、唾液の分泌量と比例するが、唾液には消化酵素や抗菌成分などが含まれている。つまり、かめばかむほど、口から侵入するウイルスの感染リスクを下げられる。また、かむことは消化に良いだけでなく、体の免疫機能を向上させることも知られている。

 1回の食事当たりの咀嚼回数は、鎌倉時代では約2600回に対し、現代では600回程度といわれており、鎌倉時代の方が、免疫力が高かったともいえる。

 二つ目以降の「触食」は、素晴らしい音楽や美術などに触れ、喜びや楽しみを得ること。「思食」は、元気になる思想や希望を抱くこと。「識食」は、心に備わる生きようとする力のことである。これらは、心の面から生きる力を増強していくことを意味する。

 こうした心身両面から「食」を考える視点は、現代にあっても光る。WHOの栄養指針では、メンタルヘルスを挙げているが、むしろ時代が、仏法の哲学に追い付いてきたとさえ感じさせる。

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 こうして見ると、鎌倉時代、大聖人と門下たちは、巧みな智慧で感染症に立ち向かっていたことが分かる。「食」は毎日の暮らしにある当たり前の光景だが、そこに感染症に打ち勝つ一つのヒントがあることを教えてくれる。

 ましてや、仏法は「生活法」である。コロナ禍の今だからこそ、それぞれの場所で賢明な食生活を心掛けることが大切であろう。

 例えば、今の日本人は、果物と野菜の摂取量の基準を満たしておらず、特に野菜の摂取量は、昔の日本人よりも下がったといわれている。この原稿を読んでいただいた方が、“日々の食生活の中に、果物や野菜を一品でも多く取り入れていこう”“バランスの良い食生活を心掛けていこう”と行動していただければ幸いである。


 いなくま・たかひろ 1952年生まれ。同志社大学大学院工学研究科博士課程(前期)修了。農学博士、技術士(農産製造学)。主な研究分野は、野菜と果物の機能性研究と食品加工。大手食品メーカーの研究所で基礎研究部長、主席研究員を務め、帝塚山大学現代生活学部教授、京都光華女子大学健康科学部教授を経て現職。創価学会学術部員。副圏長。

聖教新聞デジタル版
2020年11月6日
第2面

信州大学農学部
特任教授
  稲熊隆博さん