〈危機の時代を生きる〉中村桂子 を読んで
自然科学者の哲学は面白い。我々の高校時代に寺田寅彦という物理学者の哲学論に何度か接したことがあったが、爾来僕は自分が生きることに忙しく哲学を思考する暇がなかった。久方振りに自然科学者の人生哲学を読み、下記諸点には全面的に共感した・
① 社会が、「人間は生きものであり、自然の一部である」という当たり前の感覚を失ってしまった。
② “思いがけないこと”“想定外のこと”が起きるのは、当たり前だと思って生きること。感染症の流行も、予測はできなかったとしても、決してあり得ないことではないわけだ。
③ 本来、自然の一部である人間は、そうした変化を受け止め、柔軟に対応する力を持っている筈だが、近代以降、人間社会は利便性・効率性ばかりを追求し、手のかかるもの、制御できないものを遠ざけてきた。
④ 何でも手がかからないようにするのではなく、“大変だけど楽しいな”と感じられる、そのこと自体が「生きている」ということ。
⑤ AI(人工知能)は、過去の事例を分析して、最適解を導き出すには有効だが、未知の事態に対して、答えを出す点では不完全。
⑥ 地球が存続し、人類が生き続けていくためにどうすればいいかを考え、そのために必要な科学技術を考え出すのが、本来の順序のはず。しかし近代は、継続性を二の次にして、目先の経済成長や技術革新を何よりも優先してきた。
⑦ その結果、環境破壊をはじめ、多くの生物を絶滅の危機に追いやる問題が山積する社会になった。その底流では、「どう生きるか」という根本の問い掛けが、抜け落ちてきた。
⑧ 多様性こそが本来の生きもののありようであり、何より尊重されるべき価値であるという点は、人間と他の生物、自分と他人という関係性についても、言えること。互いに違うからこそ、決して均一ではない、豊かな関係性が生まれる。
⑨ 成長一辺倒の競争の中で格差が生まれ、置き去りにされた人が、救われない社会になってしまった。人間に優劣がつけられ、差別がはびこる世の中である。
⑩ 人間は、理性だけではなく、「情感」を持っている。この情感は、つながり合うことで育まれ、引き出されます。相手のことを考えて行動したり、時には我慢したりするなどの、思いやりとなって表れる。
⑪ 地位や名誉、経済的な豊かさを手に入れたとしても、生活に楽しみを見いだせず、心身の健康を損なってしまっては、元も子もない。充実した日常が、どれほど人間の「生きる力」を育んでくれるのかを感じるべき。
しかし以下の点には疑問符が付いた:
A. 生物にとっては、眠ったり、食べたり、家族や友人と話したりといった「日常」が最も重要、日常の中で、「自分は生きものである」という感覚を見いだし、そこを切り口にして、より良い生き方を模索することが大切だというが、家族や友人が居ない老人はどうすればよいのか? 社会のお荷物だから死ねということか?
B. 地球上の生物は、今では姿・形がバラバラだが、全てが同じ祖先を持つ仲間である。人間とは全く違うと思える生物にも、共通性を見いだすことができる。チョウの脚の先端にある「化学感覚毛」の細胞と、人間の舌にあって、味覚を感知する「味蕾」という器官の細胞は、全く同じ構造をしているとのことだが、人間がコロナにかかり、味覚がなくなると生物学的には致命的なわけか?
C. 「想像力」は、他の動物にはない、人間特有の能力である」点に関し、僕は過去半世紀犬と一緒に生活してきた経験から疑問を感じる。多くの犬には想像力がないだろうが、犬によっては想像力を持っている。これは人間でも同じで、想像力が強い人間と僕のように想像力が乏しい輩がいるのと程度の差はあるが、一律に犬には想像力がないと決めつけると、動物の飼育に大きな失敗をすることになるのでは?
D. 本文では自然科学のことを単に「科学」と称している。裏を返せば「社会科学は科学にあらず」ということになり、社会科学を専攻した者には違和感がある。そもそも出だしで聞き手が相手を単に「科学者」と呼んでいることが間違っているように思われるが、本文の記述方式が日本語では科学という単語の正しい定義なのだろうか?
E. 本文は新聞の3ページにわたって記載されたようで、非常に長い文章だから最後まで読み切るのは活字離れした最近の若者には楽ではないように思われる。ここで僕が違和感を覚えたのは、内容が若者向けであり、きちんと読んでくれる年寄りは対象外になっているという点である。例えば最後の結論部分に「若者の皆さんは、自分が今後、どういう社会で生きたいのかということを真剣に考えてほしい」とあるし、また 「眠ったり、食べたり、家族や友人と話したりといった日常が最も重要」とも書いてあるが、家族や友人が居ない年寄りも少なくないとの事実に本紙は目を瞑っている。最近若者の新聞離れが顕著で、毎朝新聞をきちんと読んでいる年寄りに対し「今後どうやって生きてゆくのがよいのか」を教えてくれていないのでは?
以上
Q森正之:〈危機の時代を生きる〉中村桂子さん2021.2.5 〈危機の時代を生きる〉38億年の間、変化に対応し、存続してきた生命の力信じて JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子さん(聖教新聞1&3面)2021.2.5