世界で広がるか「中銀デジタル通貨」麗澤大学中島真志教授に聞く
公明新聞経済欄2021.4.19
中央銀行デジタル通貨(CBDC=Central Bank Digital Currency)の発行に向けて、世界の中央銀行の動きが活発だ。日本銀行も5日から実証実験を開始した。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、電子決済の需要が高まる中、CBDCは「新しいマネー」として普及するのか。その内容や世界の動向などについて麗澤大学の中島真志教授に聞いた。
どこでも誰でも使用可 民間とは質的に大きく異なる
向上する利便性
――各国の中央銀行がCBDCの調査や実験に力を入れている背景は何か。
中島真志教授 まず、デジタル社会の到来に伴い、さまざまな取引が電子化される一方、現金は物理的な受渡しが必要となり、不便で時代遅れという点が挙げられる。「法定通貨もデジタル化してほしい」というニーズが高まっているのが大きな背景だ。
二つ目はCBDC実現を可能とする技術の進歩だ。スマートフォンが普及し、国民が決済端末を持ち歩くようになった。また、ブロックチェーン(分散型台帳)技術により偽造や二重使用の防止が可能となり、セキュリティー面で安全性が確保されたことも大きい。
三つ目は、米フェイスブックがグローバルな通貨「リブラ」の構想を発表したことだ。中央銀行が手をこまねいていると「先を越され、主導権を握れなくなる」という焦りがある。
――民間の電子マネーとCBDCの違いは。
中島 民間の電子マネーは「支払い手段」を電子化したものだ。最終的には、銀行の口座間で預金が動いて決済が完了するので実際の支払いまでにはタイムラグが発生する。一方、CBDCは「通貨そのもの」のデジタル化であり、受け渡しの瞬間に決済が完了する。CBDCは電子マネーとは質的に大きく異なっている。
また、電子マネーは店によって使用できないケースがあるが、CBDCは銀行券と同様に強制的な通用力を持ち「どこでも」「誰でも」使うことができる。
さらに、電子マネーは店舗での支払いに限定されるが、CBDCは受け取った店が即座に仕入れのために使うなど、利用者間で繰り返し譲渡できる。現在、店舗がカード会社などに支払っている1~3%の手数料については、現金と同様に無料となるだろう。
――CBDC登場の意義については。
中島 貨幣は、その時々の利用可能な素材により、当時の最先端技術を使って作られてきた歴史がある。最初は貝、石など「自然貨幣」、次に農耕技術が進展して穀物や家畜など「商品貨幣」、精錬技術の進歩により金、銀など「金属貨幣」、金属加工技術によって「鋳造貨幣」が広がった。そして製紙や印刷技術により現在は「紙幣」を活用している。
国際通貨基金(IMF)の論文では、CBDCは「できるかできないかではなく、いつできるかという問題だ」とされている。紙幣の登場以来、約1000年ぶりの歴史的な転換点を迎えているといえよう。
40万人が8000万元試す
先頭を走る中国
――各国の動向は。
中島 既にバハマ、カンボジアが2020年10月にCBDCを正式に発行している。今年1月公表の国際決済銀行(BIS)調査では、8割超の中央銀行がCBDCの調査・実験を行っており、そのうち6割がブロックチェーンを活用するなどの実証実験の段階という。この中で約40行が6年以内にCBDC発行の可能性があると答え、かなり進んでいる。
各国での取り組みが活発になる中、特に注目されるのが中国だ。中国人民銀行は昨年10月から、デジタル人民元の発行に向けて延べ約40万人に約8000万元(約13億円)を配布して使ってもらうなど大規模な実験を行っている。スマホを持っていない人のために、残高が表示されるカード式デバイスもできている。
中国人民銀行幹部は「遅くても北京の冬季五輪(22年2月)には使えるようにする」と明言している。中国の14億人がデジタル人民元を使うようになると、世界に対して相当なインパクトだ。
オフライン災害時も
――デジタル人民元の仕組みは。
中島 スマホにモバイルウォレット(電子財布)のアプリをダウンロードして利用する仕組みだ。インターネットを通じて、個人間や店との間でデジタル人民元をやり取りすることができる。
オフライン決済機能もあり、ネットがつながらなくてもスマホ間で直接のやり取りができるようにしている。災害など緊急時にも対応できる利点がある。
また、一日や年間の利用限度額を定めている。これは、CBDC決済が普及すると、「預金がなくても良い」と思う人が増えたり、非常時に預金の大量引き出しが簡単にできるようになり、銀行の仲介機能が維持できなくなる懸念があるからだ。上限額設定で金融システムへの影響を防げると考えられる。
制度・技術で匿名性確保
日銀、実証開始 数年内に完成 あり得る
情報管理への懸念
――個人情報が管理されることへの懸念は。
中島 法律や制度、または技術面で匿名性は確保できる。従って、「CBDCが導入されたら、中央銀行が何でも監視できるようになる」という指摘は当たらない。
バハマは、制度的な対応として、犯罪捜査などに限定して取り引きをチェックできるようにしている。欧州中央銀行(ECB)は技術的な対応として、毎月一定額までの匿名性を認める仕組みを検討している。
ただ、中国では、そもそも方向性が逆で、国民の情報を得ることに重点を置いている。中央銀行が全ての取り引きをチェックし、賄賂や不正の防止に活用する方針だ。
――金融政策が変わるとの指摘もあるが。
中島 CBDCは「プログラマブル・マネー」として通貨自体に金利を付けることが理論上可能となる。例えば、1%のマイナス金利を付けると、1万円のCBDCが1年後に9900円になる。これまで中央銀行は金融機関を通じて間接的に金融政策を行っていたが、国民に対して直接的に働き掛けることが可能となり、金融政策の効果が強化されるとの見方もある。
ただ、バハマやカンボジアはCBDCへの付利を採用せず、検討が進む中国やスウェーデンなどでも付利を採用しない方針だ。CBDCの発行に当たり、付利は必ずしも不可欠な要素ではない。
――日本でCBDCは実現するのか。
中島 日銀に対して、CBDCの発行に向けた内外の圧力が強まっている状況だ。昨年、政府は「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)でCBDCの検討を掲げるなど内圧が高まった。外圧としては中国やECBの動向に加え、慎重姿勢だった米連邦準備制度理事会(FRB)が積極的な姿勢を見せ始めている。このため、日銀は4月5日からCBDCの発行、送金などの基本機能の検証を行う実証実験を開始した。
日銀は発行自体を決めていないが、CBDC発行までにはそんなに時間がかからないのではないか。デジタル人民元は検証開始から7年で完成する見込みであり、カンボジアは検討開始から4年で発行した。日本の場合も10年かからず、5年前後で完成する可能性は十分にある。
なかじま・まさし 1958年生まれ。一橋大学法学部卒。日本銀行、国際決済銀行(BIS)勤務などを経て現職。早稲田大学非常勤講師。博士(経済学)。著書に『アフター・ビットコイン2「デジタル通貨」の次なる覇者 仮想通貨VS.中央銀行』など。
デジタル通貨(民間vs.CBDC)
実証実験されたデジタル人民元アプリの画面(右)2020年12月 中国江蘇省蘇州市(共同)