コロナ情勢必ずしも好転せず。取り急ぎ省亭展を見てきました。以下にそのレポートをお送りします。
添付絵葉書の最後のものは若冲を意識して描いたとみられる「雪中鴛鴦の図」です。
前回「漱石山房の津田青楓②」で開催前の「(渡邊)省亭展」への期待を綴っておきました。3月27日から5月23日までと開催期間には余裕があるので、コロナの感染症が跋扈している折から先送りにしていましたが場合によっては先々益々外出しにくくなることも考えられるので意を決して一昨日上野の芸大美術館まで歩を運びました。
上野駅の公園口を出ると目の前の道路が消えていて横断歩道があったあたりは舗装されてそのまま文化会館側へ続いていた。昨年は上野公園に一歩も足を踏み入れなかったので公園口に降りるのは一昨年11月末に都立美術館で開かれた「コートールズ美術展」を見て以来のことになる。変化はこの間に起きていたのだ。
桜並木のあるあたりまで進むと人通りの少ない公園は常になく広々として伸びやかである。閑散というのではないが人通りが少なく、新緑が際立っている。右へ折れて都美術館沿いに歩くと行く手に人だかりがしていた。時節がら、珍しいことと思いながら近づいて見ると右手の端にテントが見え、昼時の炊出しを受ける人の群れだった。
後で聞くとマスクを持たない人にはマスクも配るということだった。ほとんどは屈強と言ってよい男たちで年寄りもいなければ女の姿もない。
台東区の名称は康煕辞典から採られ、「台」は上野の高台、「東」は上野台の東、日出るところに浅草を宛てたという。上野の店に勤務していたことのある友人が古老から聞いたところでは、昔は上野、浅草を山の手、新宿、渋谷をイナゴが飛び交う下町と呼んでいたという。自分が住んでいる町を下町と呼ぶことはないだろうから合点してよいだろう。山の手も時代とともに文京、新宿の高台へ少しずつずれていったのかもしれない。
人通りが少ないとそんなことに思いが至る。芸大美術館に近づいたあたりの一隅に普段は気が付かない蘭医アントニウス・ボードウインの小さな胸像が建っている。上野戦争で焼け野原と化した広大な寛永寺の寺域に政府は医学校と病院を建設する予定であったが現地を視察したボードウインの建策で日本初の公園が誕生することになったという。医学校教授が病院ではなく国立公園を提唱したというのはご明察であるばかりでなく、我田引水の逆を行く美談と言って良いと思う。
「渡辺省亭―欧米を魅了した花鳥画」は東京芸大、東京新聞、NHKが主催し、東京の後は岡崎市、三島市で開催される。コロナ禍のせいが大きいだろうが、画家の知名度、大新聞の後援でないことなどもあって混雑を避けて見ることができた。このことは、色使いが薄く、線も細く、とかく鑑賞に苦労をする日本画には好適といえる条件であった。
最初の展示室で20分ほど映像による作家と作品の紹介がある。展示品は98点でそのうち迎賓館の七宝額の原画は数点にすぎない。原画は保存もよく和紙そのものも原画の美しさを引き立てているようで七宝額とは別種の魅力をたたえて遜色がない。七宝額の作者は濤川惣助であるが絵画と違って褪色のない七宝には省亭も大いに乗り気で七宝皿や花瓶などの陶製品などでも濤川と協力して制作にあたっている。
私が知っていた省亭の作品は迎賓館の七宝額だけであったからその他の作品はすべてが初見であり興味深かった。前回、伊藤若冲との比較について触れたが素人目ながら、若冲が装飾的で華麗なのに比すれば省亭は繊細で詩的だと言えるのではないかと思う。他方においてまた、若冲に動植綵絵のような一堂に揃えることのできる連作があるのに対して、省亭は画壇と距離を置き、手腕が好事家を引き寄せ、床の間を飾る多くの掛け軸を生んでいる。世に埋もれたままの省亭作品は少なくないのではないだろうか。一連をなす迎賓館の花鳥の間を飾る七宝額が飾られたのは晩年に近い1909年のことである。
省亭の作品は花鳥画にとどまるものではなく添付した「七美人図」(絹本着色、クラウス・ナウマン・コレクション蔵)のような美人画も残している。1978年のパリ万博で濤川惣助とのコンビで制作した七宝荒磯鶚(ミサゴ)図額は名誉大賞を受賞してい
る。その際、省亭は工芸図案制作者として雇用された起立工商会社の一員として渡仏しておりそのまま1年ほど現地に滞在したと考えられるが帰国の日時は明らかでない。
いささか雑然としているが省亭の作品分野は下記に添付したネット上のリンクでご覧いただける。歌舞伎や浄瑠璃で名高い高師直が横恋慕した塩冶判官の妻顔世の入浴後の姿はセンセーションを起こした。今では歴史画から裸体画への推移を示すものとして見ることができるこの画材に関してはバロック期の画家たちがこのんで描いたバテシバやスザンヌの水浴姿を想起することができる。
https://www.google.com/search?q=%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E7%9C%81%E4%BA%AD&tbm=isch
大島昌二