P大島昌二:アレクセイ・ナワリヌイ獄死 2024.2.17  Home

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アレクセイ・ナワリヌイ獄死

2月16日(金) 21:18 

    反プーチンの旗頭であったロシアの政治家、アレクセイ・ナワリヌイの死がたった今、報じられました。私は「読書遍歴(12)カフカ没後100年」の一部として以下の文章を書いていました。そこで私は、病身の彼は気力を失いつつあり、生きて獄を出られないだろうと予想せざるを得ませんでした。おそらくナワリヌイ自身の見通しも同様ではなかったか、と思います。以下には長すぎるために割愛した「カフカ没後100年」の原稿の一部をそのまま写してお伝えします。(24年2月16日)


中国は際立って見えるが中国が例外というわけではない。ロシアではプーチンの最強の政敵と言われたアレクセイ・ナワリヌイが機中での毒殺の危機を緊急着陸によって危うく逃れた後、病を抱えながら今殉教者もどきに獄中で呻吟している。私はその暗殺事件の一部始終を描いたドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』(2022)を見た。べリングキャット(Bellingcat:公開情報の収集、分析のみに依存する調査報道機関)が探し出した実行犯から当のナワリヌイが計画の一部始終を電話で聞き出して飛び上がって喜ぶという世にも不思議な実話である。映画館には映画のプログラムの用意はなく、2021年のサハロフ賞を受賞した『ナワリヌイ プーチンがもっとも恐れる男の真実』(ドルバウム、ラルーエ、ノーブル著、NHK出版2021年11月)を売っていたのでそれを読んだ。ナワリヌイの政治的閲歴と信条を描くもので彼は逃げも隠れもせずに今はささいな罪状で進んで獄に服している。

ロシアの周辺国家の中では、ソヴィエト時代のラトヴィアの市井の母娘が置かれた閉塞状況を描いた『ソビエト・ミルク ラトヴィア母娘の記憶』(ノイラ・イクステナ)(新評論社、黒沢歩訳、2019年)というラトヴィア語からの貴重な翻訳を読んだ。私はこの本について「カフカが別人になって書いたかもしれない。生きること自体が抵抗であった時代」という短評を書いている。

世界の最強国であるアメリカ政府のお尋ね者になって逃げまどい、ロシアの空港に閉じ込められたエドワード・スノウデンの『独白—消せない記録』(“Permanent Record” )もアメリカの法網の及ぶ際限のない領域を思わせる。ベストセラーになったこの本の印税はアメリカ政府に差し押さえられて彼の手には届かない。スノウデンを狙う法網は地の果てまで広げられている。法網はやがては宇宙に及ぶであろう。 

英語のままの題名を持った『The American Trap ―アメリカが仕掛ける巧妙な経済戦争を暴く』(フレデリック・ピエルッチ、ビジネス教育出版社、2020年2月)という2019年にフランス人権文学賞を受賞した本がある。これは政治的信条に一切かかわりのないビジネス世界の恐怖物語である。一人のやり手のフランス人ビジネスマンが企業買収をめぐって自分の会社に見捨てられ、それが何故か分からぬまま、また自分の罪状が何であるかも分らぬ未決のまま、アメリカの監獄に5年の長きにわたって閉じ込められてしまう。あまりにしばしば使われ濫用される傾きのある言葉「カフカ的」な世界がここにもある。やがてわかることは、企業の買収合戦の決着が着くまで彼は未決のまま牢に留め置かれたということである。国際間の企業戦争の手段として、アメリカは国内の腐敗防止法を域外でも適用するために海外腐敗行為防止法(FCPA)を立法化していた。

これによって長い間、「世界の警官」として世界を闊歩してきたアメリカは「世界の検察官」の衣服をまとっていたのである。この法律の恣意的な適用によってアメリカの企業は国際競争を戦い、アメリカ政府は多大の罰金を国庫に取り込んでいる。“Businessman, be aware!”ピエルッチの運命はビジネスマンであれば、いつ、だれに襲い掛かって来ても不思議ではない。この本の出版社名がビジネス教育出版社というのは何とも皮肉である。




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