「道行」の歌詞
ここでは、恵比須軕(宮町)のお囃子「道行」の歌詞について考察する。
現在、宮町の「道行」には、「よいやま、ソーライ」という一部分しか歌詞が伝わっていない。
しかし、他町内に伝わる同系統の曲を比較分析することで、全体の歌詞が推定できる。
まず、「道行」が属するD系統のお囃子全8曲を楽譜にした。これを元に分析を行う。
※系統については『大垣祭総合調査報告書』に従った。
※伝馬町と岐阜町の「よいてんまちょう」は、歌詞のある部分とない部分とに分けて記譜した。
※大黒軕(魚屋町)と恵比須軕(宮町)の「道行」は、比較のために曲頭を7小節目に置いた。
※できるだけ実音に近く記譜したが、サエ(装飾音)は無視した。
上から六つに、特筆すべき差異はない。
宮町の「雨」は、「道行をアップテンポにアレンジして作られた」と伝えられている曲であり、旋律に多少の違いがある。
しかし、同町の「道行」よりも上の六つに近い旋律を持っている(冒頭の2小節を見ると分かりやすい)。
このことから、上から七つ(大黒軕(魚屋町)の「道行」から恵比須軕(宮町)の「雨」まで)を、Dα群とする。
伝馬町と岐阜町の「よいてんまちょう(歌詞部)」は、
冒頭の3小節が大きく異なる。
なお、この旋律はE系統の「起き上がりこぼし」に由来すると考えられる。
宮町の「道行」は、冒頭の2小節が大きく異なる。
これらは、共通して冒頭部分が異なるので、Dβ群とする。
ここで、Dβ群の囃子を持つ3町(伝馬町・岐阜町・宮町)が、
「よいてんまちょう(無歌詞部)」あるいは「雨」という、Dα群の曲をも持っている事実に着目する。
この事実は、伝馬町(岐阜町含む)と宮町の内部で、Dα群の旋律を変化させてDβ群の旋律が作られたということを意味する。
Dβ群の曲は3曲とも歌詞を持っており、旋律に歌詞を付けたことがDβ群の分化した要因と考えられる。
宮町の「道行」は歌詞が部分的にしか残っていないので、
「よいてんまちょう」を使って、この仮説について具体的に述べる。
現在伝わっている「よいてんまちょう」の歌詞は以下のようなものである。
※歌詞は『大垣祭総合調査報告書』による。ただし、ソーライを書き加え、また、漢字を適宜当てた。
(伝馬町)
よい伝馬町に 菜種を熱(ねっ)さらかいて
蝶々(ちょうちょう) 雄雌(おめ)舞わんせ
スッテリオコメ スッテリオコメ よいやま ソーライ
(岐阜町)
よい伝馬町に 菜種を熱さらかいて
蝶々(ちょうちょ) 目(め)眩(ま)わんせ
スッテレオコメ スッテレオコメ よいやな ソーライ
この歌詞をDα群の旋律に乗せようとすると、冒頭「よい伝馬町に」(8拍)の音数が合わない。
しかし、「起き上がりこぼし」の旋律ならば、冒頭が同じく8拍の「おきゃがりこぼしが」であり、この歌詞がぴったりと当て嵌まる。
そこで、冒頭部分だけ、音数の合う「起き上がりこぼし」の旋律に変えてしまったのだろう。
では、この仮説に従って、宮町の「道行」の歌詞を推定する。
まず、現在も残る「よいやま、ソーライ」という部分は、歌詞も旋律も「よいてんまちょう」と一致するので、
「道行」の歌詞が「よいてんまちょう」とほぼ同じであったことは間違いないだろう。
しかし、宮町の「道行」の旋律に「よいてんまちょう」の歌詞を当て嵌めてみると、冒頭部分だけが合わない。
「よい伝馬町に」が8拍であるのに対し、宮町の1~2小節には7拍分の音しかないためだ。
そこで、「よい伝馬町に」ではなく「よい宮町に」(7拍)としてみると、歌詞の変更が最小限で済む上に、ぴったりと合う。
もちろん「よい大垣に」などでも合うが、ここでは取り敢えず「よい宮町に」としておく。
したがって、宮町の「道行」の歌詞は、おおよそ以下のようなものだったと考えられる。
スッテリオコメ スッテリオコメ よいやま ソーライ
よい宮町に 菜種を熱さらかいて
蝶々雄雌 舞わんせ
スッテリオコメ スッテリオコメ よいやま ソーライ
※岐阜町ではなく伝馬町の歌詞を採用したのに明確な理由はないが、伝馬町の歌詞は、伝馬町の「恵比須軕お囃子唄」として『美濃民俗』の創刊号に載っており、少なくとも昭和41年まで遡れる。以下に、同誌掲載の歌詞を引用しておく。
宵伝馬町をに
菜種を ねつさらかいて
蝶蝶雄雌 まわんせ
すってり いこめいこめ
よいやなー ソーライ
※歌詞の明確な解釈は不明だが、『大垣祭総合調査報告書』で端唄「有明」の「有明の灯す油は菜種なり、蝶が焦がれて逢いに来る、もとをただせば深い仲、死ぬる覚悟で来たわいな」という歌詞との類似が示唆されている通り、やはり遊女と男の仲に関するものと解釈するのが自然に思われる。
※「すってりいこめ」は特に意味が不明だが、「すっぺり射込め」が転訛したものである可能性がある。「すっぺり」は「すっかり」を意味する方言である。