山陽新報 昭和十年十ニ月二十一日(土曜日)
本社選奬 景勝地顯揚座談會[九]
將來施設を如何に
十勝、十五景、二十秀を通じて
先づ考ふべき
宇甘溪代表 始めて世に出る樣になりましたが觀光設備については縣、市、山陽新報社の御指導御援助を御願ひ致します、少しばかり宇甘溪について駄辯を弄したいと思ひます、私の村が宇甘西村で宇甘溪は“ウカイ溪”といふのです、が皆さんが“ウカン溪”と呼んでゐる樣です、これは“浮かん溪”と聞えて死んだ樣に思はれます
この地域には全國一、ニ位といはれる二百餘町歩の模範竹林があり、奧には國有林があつて數百年の鬱蒼たる森林の中を縫つてうねる宇甘川の清流を宇甘溪と云ひ、大淵千本欅ほか宇甘八景があります、大正二、三年ごろ大風害の時、元岡山縣内務部長の道岡さんが巡視の歸途、これを天下に紹介しないのは惜しいとあつて宇甘溪の名前を附けて下さいました
この清流は四季を通じて風情があります、目下休止中の元金川鑽氣の發電所を保勝會として無償で借り受けましたから、觀光設備も一、二年のうちに不便のない樣に努力致します、また近くの虎倉城址に散歩道をつけて觀光客を誘ひたいと思つてゐます
杉山座長 私はさつき“ウカン溪”と讀みましたが、これからは“ウカイ溪”と讀むことに致します
宇甘溪代表 皆樣にも今後は“ウカイ溪”と讀んで戴きたいと思ひます
通仙園代表 まあ百聞は一見に如かずです、一度見に來て下さい、我が通仙園は七十万の票を投じました、がうち三十万は倉敷市で作り四十万は村當局が力を入れて作りました、味野商船、赤崎町福田村の實業學校、小學校方面の盡力てかくも多數の投票が纒まつた次第でありますが、兒島商船の如きは實際の現地を知らないで投票することは嘘であるといふことで同校生徒百五十名は同校教諭に引率されてわざわざ一里の道を歩き二時間に亘つて説明をきく熱心ぶりだがその結果隱れたところの景勝地であると推賞し十万票を引受けて呉れたのでありました私共の投票は全く熱と生きた投票です、十五景には落ちましたが廿秀に入れて貰つたので私共も大いに運動した効があつたと思つて居ります、希望と致しましては鐵道構内に景勝地の杭を立てゝ頂き度いと思ひます
私共も岡山には年に十回ばかり參りますが後樂園以外に景勝地を知りませんので時間を過すに困ります、少林寺山のことも只今知つたのでありますが私共の希望としましては斯うした不便を除くため岡山驛前に案内所があつて欲しい思ひます、それから旅館、仲居、自動車從業員などにも觀光地の認識に努めることが必要だと感じます
楢の櫻橋代表 當初のお話では座談會の形式でお進みになると聞いてゐましたがいづれも自己紹介の樣に伺ひます、今後の經營方針等についてもお話を伺ひたい
杉山座長 或程度まで御尤もであると思ひます、この點もお含み下さいまして結構だと思ひます
楢の櫻橋代表 近時觀光といふことが喧しくなつて來た折柄、縣下においては山陽新報社のこの度の■によつて上は天下の名園後樂園から下は楢の櫻橋にいたるまで現はれるに至り、この上は新聞社なり縣市當局の協力によつて觀光施設の充實に向つて協力されたい、觀光地としては風景が勝れてゐるといふだけではいけない、觀光客を和やかな氣分にひたらせることが大切である、この點山陰と作州を比べて見て情ない感じがする、山陰には安來節氣分のやうなのどかな氣持がするが、作州では間違ひでもあればなぐられはしないかと思はすような武張つた氣持を抱かせる、遊覽客に接するには第一に人情味をもつて迎へねばならない、オランダには多數の觀光客が訪れると云ふがこれは人情味豐で和かな氣に滿ちてゐるからである
それからも一つは何かスペシヤルがなければいけません、日本を訪れる觀光客は最初横濱に上陸、東京、日光、箱根を見更に神戸を見てニ、三日滯在するのが通例であるが、上海では十日二十日と滯在するやうなのを見ても痛切に感ずる次第ですさて楢の櫻橋の今後の施設といたしましては幸ひ津山から便利がよし加茂川に惠まれて川魚は豐富で殊にこの地の鮎はまさに天下一品の折紙がつけられてゐますから旅館、料理屋接客業者についても觀光客がたゞ食べるだけであり、慰安サービスにつきましても洗練された純眞さで滿足を與へるやう改善していきたいと思ひます
それから今後山陽新報社に於て岡山縣地圖等御發行の場合は必ず景勝地を記入して頂きたいと思ひます
明禪寺城址代表 上道郡幡多村にありまして少林寺山とは峰續きであります、明禪寺崩れといつて有名だつたところです、浮田秀家と備中三浦の古戰場の跡で軍部でもその戰術を研究し屡配屬將校などが現地教練をやつて居ります、岡山市の森林公園の(操山)一つに■入つて居りますため將來は施設を一層加へて行き度いと思つてゐます
この城址の麓に澤田の立石稻荷といふ元祿年間からある有名な稻荷樣がありますが道路が惡いので困つてゐます、岡山市の生花を一手に引き受けるといはれてゐる澤田ですから春は桃木槿が妍を競ひ四月の節句のころは絶佳な眺めです、岡山市と背合せで清寂の境地を築き市民の心境を靜めるには恰好な所と思ひます
國富から徒歩で二十町、競馬場から南へ五町のところ、眺望は百間川放水路から龍之口、熊山の雄姿を眺められ岡山の後樂園、小串も見られます
杉山座長 これで大體全部の方のお話が終わつた思ひますが、なほ觀光施設を如何にすべきか、觀光地と觀光地の連絡方法はどうしたらと云ふ樣なことについてお話がございますれば伺ひたいと思ひます。