【8】 大佐山

山陽新報 昭和十一年二月七日 (金曜日)

二十秀地を巡る 【八】 毛受生

スキーの大佐山

數百米に及ぶ白銀のスロープ

本格的な山岳スキー場として賑ふ

縣下無双を誇る眺望

岡山縣二十秀地の一つ大佐山――と問へば、あのスキーの大佐山か――と答へるほど、それほど大佐山はスキー場として

遠近の猛者たちに有名であるが、この山のいいところは、ひとりスキー場としてだけでなく、觀光地、景勝地として亦、相當なもんだ――と土地の人々は自慢の鼻高々だ

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作備線の一驛『おさかべ』から北のかた約半みち、正確に地理を言ふと阿哲郡刑部、上刑部、丹治部、菅生の四町村に跨つて、海拔三千尺、兩側の二子山、神宮寺山を睥睨するやうに、嚴寒の大空に雲表高くそそりたち山嶺から裾野にかけて

銀一色に塗りつぶされてゐるのが、冬の大佐山だ、スロープの爽快味を滿喫しようといふ男女の群は、中國山脈の背を白く染め初める十一月の終りごろから、雪解けの三月ごろまで、この山に殺倒する、驛から近いためでもあらうし、設備がよいためでもあらうが、何よりも嬉しいのは、第一、第二スキー場を通じてスロープが數百米に及び、ゲレンデ・スキーだけでなく、本格的な山岳スキー場としても好適なことである、だから冬の大佐山には

名物の樹氷のほかに、都會から殺倒した若人たちの胸に、紅紫とりどりの戀の花も咲かうといふものだ

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翌春四月、頂上に淡雪僅かに殘り、岩魚の住むといふ細谷川の水量が増すころともなれば、まつ黒い地殻を破つて若草が一時に萌え始める、山脈はグリーンの一色だ、土地の人々は昔ながらの蕨狩りに打興じるのだ、また、夏すぎて山麓の雜木林が紅葉するころともなれば、栗拾ひと茸ひきに山村の行樂を愉むといふ、天高く、氣澄んだ一日

山頂を極はめて、南面すれば、山波遠く連らなつて、四國路の島山を、また背を飜して北面すれば中國山脈を距てて雲煙遙か彼方に、日本海、隱岐島をさへ望見し得るといふ、その眺望の雄大なることと縣下無双たと誇つてゐる

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刑部町の大佐山保勝會では、スキー場としての大佐山のほかにこの山の觀光地、景勝地としての惠まれた自然的條件を生かさうとして、いま躍起になつて活動してゐる

山麓の大佐神社から中腹の不動明神に至るまで自動車道路を建設したり、頂上の明神池にスケート場を開設したりする計畫も持つてゐる、その上、第一スキー場附近には櫻、楓などを植林して遊園地化を目論んでゐるともいふ、そして春夏秋冬を通じて都會の人々に呼びかけようとしてゐるのだ