【7】 高福寺

山陽新報 昭和十一年二月六日 (木曜日)

二十秀地を巡る 【七】 山谷生

鶯きゝつゝ谷間傳ひに十七八町 四時、自然の美を一山に集む 幽寂境・高福寺

天平勝寶年間報恩大師四十八ヶ寺の梵刹を創造せんとし、常山の勝地を擇びて登臨せらるゝや山中■■として異光あり、一天俄かに黒雲を起す、大師これを奇とし天を仰げば忽ち空中より雷電の落下するものあり、近づきてこれを見れば恰も沓の如き形状をなせる岩石の降下せるなり、仍りて靈地なりとす

これは赤磐郡第一の峻嶮龍王山の東方ニキロ餘、天台宗沓石山、高福寺境内にある沓石の傳説の一節である。靈峰沓石山は赤磐郡の北部仁堀村大字戸津野にあり、バスで省線瀬戸驛から四十分、片上鐵道福田驛から二十分

谷間傳ひに鶯の聲を聞きながらゆけば十七、八丁の道も程なく山頂に達する、山門をくぐれば人影なく、伽藍は古寂として靜まり、老松古杉が聳え立つ境内は塵一つなく掃き淨められて總本山比叡山延暦寺にも勝るかと思はれる

幽寂境がこゝに新選二十秀地としてデビユーしたのである

南面すれば波の如く連なる山々の彼方に兒島灣を望み、更に裏山の峰に立てば縣境中國山脈は蜒々と横たはり遠く近く“遠山の雪”を見る。雄大崇嚴の風光はこの山の持つ強味であらう、まことに春、夏、秋、冬の自然美は自ら一山に集め得てゐると言つて過言ではない、忙しい都に住む人々は一日の清遊で生氣は甦るに相違なからう、當寺の住職今田賢舜師は善行院の庭隅にある、千枝萬朶の

紅葉を指して『これだけでも見る價値は有りますよ』と言ふ

師は現在赤磐郡出身戰死者忠魂碑のある台地を擴張し、古色蒼然たる伽藍に配するに近代色を盛り、赤磐郡の公園に仕上げるのだと、新選地にえらはれた沓石山高福寺の抱負と理想を語る師の言葉は山を背景にして一向につきない

現在、中鐵弓削驛から山頂に至る八キロの縣道敷設を運動してゐるそうだが、完成の曉には近郊に散在する數多の古城趾とを結ぶすばらしいハイキングコースが生れ出ることにならう、住職さんとともに非常に

熱心な下山沓石小學校長などの拂つた勞苦報いられる日も遠くはない。