山陽新報 昭和十一年二月十三日 (木曜日)
二十秀地を巡る 【十四】 毛受生
モダン萬成素描
三門駅から徒歩で僅か十分
この靜寂境、此眺望
岡山市の西北郊、中國鐵道の三門驛から北へ約一キロ、万成山は、古來から、吉備史上にもかなり聞えた歌枕である
文人や墨客の茲に杖をひくものと亦近ごろまでそのあとを絶たないやうであるが、今は、こんなクラシカルな万成山よりはむしろ、モダンな万成山の素描を試みた方がよほど効果的だ―
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三門驛から徒歩で約十分、自動車で二分、いはゆる總社街道を爪先き上りに遡つてゆくと、目指す万成山の東麓に出る、靜かに山にかかると、この邊では稀らしい灌木の林が、赤茶けた山肌に續いてゐる、冬枯の山道を心して踏みしめると、心の奥底に淡い寂寞の情が湧いて出ると同時に甘い
牧歌的な雰圍氣に包まれてしまう、全くの閑靜境である、耳を澄まして、じつと聞けば、落葉の音のみが微かに響いてくる、これほど万成山は靜である、岡山市の中心を距てること僅かに十數分にして、こんなところがあらうとは誰も想像してゐない
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頂上に登つて、南の方を眺めると、脚下に十七万の生命が躍動する岡山市が一眸のうちに入る、甍の波を越えて遙か彼方には
兒島灣の碧波と、その背景をなす兒島半島の藍紫色の山脈とが、ぼんやりと夢のやうに浮かんでゐる、眺望絶佳、まことに、得難い大觀である、さらに、頭をめぐらして北の方を望むと、半田山、京山を距てて、備中の稻荷山に對し、十重二十重の山波が疊々とつらなり、きはまるところ中國連峰が雄大な山容を雲表にのぞけてゐる
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登山口とは反對に南に下る暖かい陽光を受ける急斜面には、奇岩怪石いたるところに散在し、その間を小さな
赤松が點綴してゐる、地肌の雜草は美しく刈取られて、登山口方面とは全く趣きを異にして庭園式の面白い風景だ
將來、郊外住宅地として發展させるため頂上まで完全な自動車ウエーが開設されてゐる、小さな山岳ドライブ・ウエーと言つたかたち、車窓に展開される風景を飽かずながめながらのドライブは都人には快適な愉樂だ、附近の有志間には櫻などを植林してもつともつと賣出す計畫だといふ、けだし、一日の郊外散策地としては手ごろな場所ではある