【11】 天磐窟溪

山陽新報 昭和十一年二月十日 (月曜日)

二十秀地を巡る 【11】 毛受生

雄大なる自然の美

グロテクスな醜貌を誇る鐘乳石

洞窟中底知れぬ淵には四時絶えぬ“神水”

手莊村の天磐窟谷

仄かな蝋燭の火が何處からともなく吹いて來た生ぬるい風に一揺れ揺れたかと思ふと、突如、眼前に大入道の影が寫つた、『オヤ』と驚いて、よく見れば、一丈にも餘らうかと言ふ

見事な大鍾乳石が洞窟の天井から埀れてゐるのだ、僅かな光を頼りに奧に進む、グロテスクな醜貌を誇る鐘乳石の數は次第に増してくる、冥府への道かと思はれるやうに陰深の氣が漂つて背筋が何かしら冷たく感ぜられる、なほ奧へ進み、入口から約二百米ばかりの地點に達すると冷徹な水をたたへた大きな底知れぬ淵に進路を阻まれる、洞窟中の淵、考へただけでも物凄い、しかも、この淵には春夏秋冬を通じて絶えず何處からともなく素晴らしい水量の地下水が

湧き出で、幅一間位の小川となつて洞窟外に流れ出てゐる、里人はこれを『神水』と名づけてゐる

以上は新選岡山縣二十秀地の一つ、川上郡手莊村所在の内務省指定の名勝地・天磐窟谷(あまのいわやだに)の名物たる鍾乳洞の内部光景である、地方の人々はこれをこれをお磐窟樣と呼んで地方唯一の誇りとしてゐる、実際岡山縣としては珍らしい存在であつて、學術上からしても、相當、貴重なものであり、新岡山縣名物の一つとしても立派なものである、しかも、この洞窟を中心とする一帶は東西南の三面きり立てたやうな山に■繞せられた溪谷、その

雄大な自然美は他に比類なきものがあらう

富家村布瀬方面から遡れば、神水の末は清冽な細流となつて、老松枝を交ふる木の下蔭をくぐり、或は瀬となつて早み、或は淵となつて淀んでゐる、就中、御舎利淵附近は奇岩いたるところに散在し、溪谷美の極致を示してゐる、最も珍とすべきは、白糸の瀧が直下二十丈、文字通り白糸の如く一條の線をひいて飛瀑となつてゐる莊麗無比な大景觀である

近ごろのやうな嚴冬には溪谷を埋めつくす白一色の雪景色もよく、やがて淡雪とけて地に若草萌ゆるころともなれば、若芽をつけた木の香も床しく、新緑のころには老鶯の囀りに盡きせぬ風情を偲び、秋色漸く深むころには溪谷を彩る紅葉を訪ねるのも一興であり、四季の眺めは他に劣るやうなことはない、況んや頂上の磐窟神社に詣で、かつて洞窟の中に安置されてゐたといふ約千五百年を閲した鐘乳石の人像にそぞろ古を思ひ、更に

溪谷を南に下つて約一里、手莊村地頭に出で、途中、國吉城の遺跡を訪ね、千人塚の來歴を聞くのも興趣深々たるものがある

ただ憾むらくは交通の便が好くないことであるが、手莊村、富家村等では二十秀入選と共に保勝會を組織して、寧日なく宣傳と交通路の開設に努力してゐるから、岡山方面から一日の

行樂を愉む好適の景勝地として輝かしくデヴウするのも、餘り遠き將來ではあるまい