【10】 三野公園

山陽新報 昭和十一年一月十一日 (土曜日)

十勝地巡り 【10】 平井生

四季の眺めはよし

遊園地“三野公園”

岡山中心地帶から僅か十分

誕生して漸く十年今や容姿一變

“來るか來るかと待たせておいて三野の狐がコンと泣く”の俚謠を生んだやうに薄原で泣いた三野狐と、五月闇に自が身を焦がして飛び交ふ神宮寺螢で識られてゐたのは幾十年か昔の岡山市編入前の三野村のこと、この惡戯ものゝ狐も岡山市の膨張に怖氣をふるつて姿を隱し

神宮寺螢の幽美な姿も數を減じて來たが、とつて代つてこれはまた明朗溌溂たる三野公園が近代的装備も鮮かに岡山市民にデビユーし來つたのだ、岡山市のセンターから玉柏へ向ふ縣道に自動車を驅つて約十分で達せらるゝ距離、岡山市と御津郡牧石村との境に一連の山脈から獨立して跼んだやうな一丘陵が東を流れる旭川に向つてぐつと迫り、僅に一條の縣道を餘してゐる、この常盤松で蔽はれた丘陵が妙見山、頂上

約二萬坪が十勝地岡山市三野公園となつてゐる

『高山でないから豪壯さはない、深山でないから幽邃さは求められないが、これだけの丘でこんな展望を収め得られるところはタントはないでせう』と木枯凪いだ一日訪れた記者をまへにして三野公園生みの親小合金光さんはいとも誇らしげに語つた、バスの終點となつてゐる登山口から足を運ぶ、西に向ひ東に廻るくねりくねつたみち、一歩一歩と

南に東に北に異つた風景がパノラマの如うに視界に入る

そして頂上近く古城址の展望台に立つて南面すれば水道水源地の赤い建物は遙か下方に姿を低くし岡山全市は隈なく俯瞰される、一葦の兒島灣が水を隔てゝ児島半島の山々と相對する、東に向ふとバツと視野は一層開ける、砂洲の分流して白く光る旭川の水の彼方十里の備前平野には苅田が遠く連なり刷毛ではいた樣な竹林、こんもりした茂みからのぞく民家の白壁がスケールの大きな冬の畫題を提供する、そして北面すればそこには

中國連峰の重疊たる起伏が波うつて雲際に達するといふ雄大な景觀も展開してゐる

幾度か訪れたことのある記者も小合さんの言葉通り今更の如くにこの眺望に魅せられる、街頭で吸うた塵埃も煤煙も吐く息ごとに綺麗に氣胞の奧々まで清掃され山氣の爽快さもひしひしと感ぜられる、これは三野公園が自らそなへる氣品?の斷片的な紹介に過ぎないが、三野公園は自然の展望だけではなく公園自體に人工の磨がかけられつゝある

三野公園が地元民の要望と岡山市の協力で誕生したのは昭和の初年のことだからまだ十年の星霜を經たに過ぎないがこの期間に早くも容姿は一變してしまつた、千本に餘る山櫻は漸く身ごろに達し

この春を待切れないものゝ如くに脈うつ生氣を樹幹一ぱいに躍動させ、そして白梅の蕾はさそひかける春の風にほころび初めんとする風情をみせる、霧島、五月、琉球の可憐な矮木は園内随所に植ゑ込まれ晩春のころが偲ばれ、ピンクの山茶花の幾輪かは三野の山風に搖れながらも訪ふ人を待つという純情さもみせてゐる

そして運動器具の幾種類かは歩兵第十聯隊の兵士が滿洲で捕へた愛嬌ものゝ三ケ月熊のヨウ公と人氣ものゝ猿公さへ景物とされ兒童の健康な遊園地ともなつてゐる、しかし三野公園はこれでは滿足されぬと青春期に入つた

お洒落な女性の如く來る日も來る日もウエーヴにルーヂユにアイシヤドウに粧へるだけ粧はうとするかのやうだ

『これから陽春にかけての梅、櫻の眺めは繰り返すだけ野暮だが松風涼しい月の夜、寂びた音頭につれて踊り明す盆踊り、または五彩の花辯を大空に散す煙火大會に、やがては仲秋の名月をほむるころほひともなれば東の空から團々と上る明月のよさも一寸他では味はへない、楓が紅葉に燃える眺めが去れば

雪見酒を酌む風流人のためには料亭の設けもある』と育ての親でもある小合さんは一人娘の自慢話の如うに■々しくまくし立てるだが斯ういつたつて、三野公園はシネ・シツクな流行を追ふ當世ばやりの輕薄娘ではないことは古來幾多の神秘的な物語りを胸底深く秘めてゐることでも證明される

『襤褸の錦他人の仇討』として舊幕時代から明治の中葉まで祭文、講談に仕ぐまれてゐる、備前藩士成瀬多左衛門が縁もゆかりもない加賀浪士の仇成田三藏を討ち義侠を天下に謳はれたといふ精神教育の好話材も三野公園の東端旭川淵

鑵子の鈎の鮎釣りの場から始まり、三野公園をバツクに竹田磧に張り廻らされた竹矢來を舞台に演ぜられたのである

何はともあれ岡山市の中心地帶から十分位で達せられるところに三野公園は遊園地として絶大の強みをもつてゐる、そして幅員十間の岡山市南北縱斷の大道路は公園入口まで達し、交通は一層便利となる、岡山市聯合壯年會、同青年團では公園内に

鹿を放ち奈良、宮島の向ふをはつて遊覽客の興趣を深めんとし、市土木課ではドライブ・ウエイの開設を目論むなど

こゝ三野公園は十七萬市民の公園としての將來性を約束され、地元有志は陽春全山の櫻を織り込んで盛大な十勝入選祝賀會を擧げ、大々的に遊覽客誘致運動のスタートを切らんと手具脛ひいて待機してゐる