【5】 遙照山

山陽新報 昭和十一年二月三日 (月曜日)

二十秀地を巡る 【五】 大森生

備南一の遙照山

花の頃には勞せずして

四百米の山頂を極め得よう

備南の海景一眸に入る

淺口郡第一の高山として絶対的の展望美と、藥効あらたかな靈泉をあはせ備へて新に觀光線上に躍り出た二十秀地の一つ、遙照山――山陽線金光驛からでも鴨方驛からでも北へ僅か一里半ばかりの道程だ、金光からは登山道もやゝ急峻であるが鴨方からは矢掛行きの縣道に添ひ殊に保勝會では頂上までドライヴウエイをつけるべく準備中で

花の頃には勞せずして四百米の山頂を極め得るであらう、しかしうねうねと山腹を縫うて今にも崩れさうな絶壁へ膽冷す道を松の香りにひたりつゝハイクするのも愉快だ、乢の頂上にある溜池附近で縣道と別れ霜柱立つ小徑をヂグザグ登る、七八町ゆくともう頂上である

六條院町、明王院(十五景)の奧院といふ藥師堂は今こそ規模も小さいが一千年の昔慈覺大師が草創のころは京都比叡山に模して益阪に日吉神社、占見に山王權現、小田郡三谷村三成の鷲峯山に三十番神を建立し、むしろ明王院以上の

勢力があつた、今の藥師堂は當時の嚴蓮寺の一堂にすぎない、明王院では昨春來四千圓を投じて本堂鐘樓を改築中である

七月末寺の夏祭の夜は淋しい境内も盆踊りで賑ふのだ、近郊の若い男女が幾組とも知れず集まりとうとうと大太鼓に合せて踊り、踊り疲れて古色ゆたかなランプの光りもとゞかぬ松の木蔭に戀をさゝやくのである

寺を南へ一町ばかり降ると松林中に清冽な靈泉がわき出てゐる、これを導入して作つた温泉はラヂユームを可成り含んで居り皮膚病神經痛などに効あるといはれ酷しい大寒中にも數名の入湯客が滯留してゐる

松林を南へぬけてバルコニー展望台に出ると北の山岳地帶を除いて備南の風光が廻轉寫眞の如く意のまゝに視界に入る、銀色に輝きながら悠久流れてゐるのは高梁川だ、倉絹の煙突も見える、二本煙突の島は上水島だ、寄島龍王山を越えて灰色に浮ぶのは白石北木だ、仙醉島もちらり姿を見せる、鹽飽七島の向ふは讚岐富士、その後は阿讚連峰が屏風の如く連つてゐる、春、つゝじが滿山をおほふころこれらの内海の風光を心ゆくまで味ひながら芝生の上に寝轉んで居れば俗塵を逸脱し

夢幻境に遊ぶ想ひがするであらう

保勝會の手で登行路が開かれ電燈がつき温泉場が改築された曉は靈地金光と結び明王院と絡り二十秀遙照の名は一層輝しいものとならう