三原麗珠; 配分ルールと厚生; 2008年度

シラバス

配分ルールと厚生 (特別講義; Allocation Rules and Welfare)

香川大学大学院地域マネジメント研究科 2008 年度

応用科目; 2単位; 後期前半 開講取り消し

三原麗珠

規範経済学の観点から資源配分を考察する.規範的分析は,「どのような社会状態が望ましいのか,その望ましい状態をどうやって実現するか」を重点的にあつかう.規範的分析は,「現実の社会がどうなっているか」とか「将来どうなるか」という問題に答えようとする実証的分析とは区別される.

ビジネススクールで学ぶみなさんにとっては,単に現状を知ったり将来を予測したりすることが主関心ではないだろう.直面している問題を解決し,現状を改善あるいは変革して行くためにこそ学んでいるはずだ.そうであるならば,規範経済学に触れてみるといい.(注意書き: インスタントな解答が得られることもあるが,そういうのは例外と心得よ.一方,現実の問題点に気づく能力は飛躍的に高まる可能性があるので,そちらも注意.)

規範経済学に立脚するこの科目では,与えられたゲームを合理的なひとびとがプレーしたときの結果を予測すること自体に満足しない.その問題から一歩進んで,「望ましい結果を実現するようなゲーム (ルール) をどう設計するか」という問題に取り組む.その過程で《メカニズム・デザイン》と呼ばれる分野の一端に触れることになる.また,市場が競争均衡という概念で記述できることに満足しない.競争均衡がどのような意味で望ましいのか (単に効率性からみて望ましいだけか,それとも公平性からも望ましいと言えるのか) を明らかにする.さらには,お金を用いない特殊な「市場」として,(企業内で勤務セクションを社員に割り当てるといった) マッチング問題もあつかう.マッチング理論は《マーケット・デザイン (市場設計) 》という新たな分野の先駆けとなった理論でもある.

前提科目・関連科目

この科目にたいする厳密な意味での前提科目はない.できれば「ゲーム理論」「経済分析」「微分積分と線形代数」などを通じて数理的思考力を鍛えておくとよい.それらの科目の知識を再確認できる場面もいくつかある.たとえば Young 8 章では非協力ゲーム理論で学ぶ展開形ゲームが,Young 9 章ではミクロ経済学で学ぶ競争均衡が登場する (これらの知識は必要な範囲でゼロから教える).講義内容を理解するためだけなら,数学の知識はほとんど必要ではない.演習問題のいちぶには,変数が2個のばあいの最大化問題を解けることを要求するものがある.2次元座標上にグラフを描ける程度の高校数学の知識は必要である (小暮「線形計画法の定式化と図式解法」が理解できなければ受講はやめた方がいい).

関連科目を関心対象で分類すると,おおよそ以下のようになる.ゲーム理論や経済学は各主体レベルの最適化を前提として,その帰結を分析・評価する (「ゲーム理論」「経済分析」「費用便益分析」「都市開発論」などの主関心).あるいは主体レベルの最適化の帰結が社会的に望ましいものになるような制度を設計する (「資源配分の公平」「配分ルールと厚生」の主関心).そこでは個々の主体レベルでの最適化は主体がどう行動すべきかをしめすものではなく,あくまで分析のための単純化と考えられる.一方,意思決定論は最適化自体に関心を持ち,そのための方法を追求する (「意思決定分析」や「オペレーションズ・リサーチ」).そこでは主体がどう行動すべきかをしめすことを重視する.

密接に関連する科目は「資源配分の公平」(隔年開講予定) である.その科目では主として単一財の配分問題をあつかう.個人がその財をより多く好むか,より少なく好むか,のどちらかの場合を考えるので,とりたてて選好を導入しない.この科目「配分ルールと厚生」では主として複数財の配分問題をあつかうため,選好あるいは効用の概念が重要になる.これら二科目をマスターすれば,組織内外のルールづくりにたいして建設的・批判的な視点を持てるようになるだろう.(たとえばルールの欠陥やルールがカバーできていないケースを容易に見つけられるようになり,ルールを適用されるひとびとの潜在的な不満をあらかじめ削減できる.)

授業の目的・達成目標

「資源配分の公平」と組み合わせて,以下を達成するのが目標である:

    • 規範的な社会科学の手法を身につける.

    • 組織内のさまざまなものごとの「決め方」を見直したり設計したりする能力を向上させる.

    • 論理的思考力を鍛えることによって配分競争における説得力や交渉力を高める.

    • 英語の書籍から必要な情報を拾い出す作業をとおして,英文への抵抗感をなくす.

講義の進め方・成績評価

一部「虫食い」(空白)にした講義ノート (pdf) をネットで配付し,Young のテキストに沿って講義形式ですすめる.受講者全員の積極的な質問やコメントを歓迎する.(互いに発言の自由を尊重してもらう.詳しくは別掲のガイドライン?を参照.) 講師からも受講者に質問する.本文の例,主要概念,定理の意味の直感的理解を重視し,細かな証明や Appendix にある数理的一般理論の大部分は省略する.受講者は授業内容やテキストを参考にしながら与えられた演習問題を自習していく.自習用に講義内容を凝縮した QuickTime 音声ファイル (mov) とメモ (pdf) をインタネット配信する.ブロードバンド接続環境ならば学外でも利用できる.再生速度も好みに応じて調節できる.

単位認定は,最終試験・宿題 (追加演習問題など)・授業への貢献度などにもとづく.最終試験のウエイトが高い.最終試験のほとんどの問題は演習問題あるいは中間試験の類題を予定.

必読文献・参考文献

1. 必読文献

    • H. Peyton Young. Equity: In Theory and Practice. Princeton University Press, Princeton, 1994. 『公平: 理論と実際』のタイトルどおりの内容.次のノートで参照している部分 (図や表や用語の定義がほとんど) を拾い読みすればいい.

    • 三原による Young 1994 講義ノート・演習問題・注釈集・視聴覚教材.

    • 小暮仁. 線形計画法の定式化と図式解法 (Web 教材) . 講義開始前に読むべき.

    • 茨木俊秀. 情報学のための離散数学. 昭晃堂, 2004. (1.1節 集合; 1.2節 写像 (関数); 1.3 節 関係; 1.5 節 命題と述語). 自習用.配布する.

    • 船木由喜彦. エコノミックゲームセオリー: 協力ゲームの応用. SGCライブラリ11. サイエンス社, 2001. 第7章「男女のマッチングと家の割り当て: 貨幣のないケースのコア」特に 7.1 から 7.4 節.配布する.

2. 参考文献

2.0. 数学の補足

    • 永谷裕昭. 経済数学. 有斐閣, 1998, pp. 1-3, pp. 23-37 (第1章1節, 経済学と数学; 第2章1節, 集合, 関数, 直積; 第2章2節, 合成関数と逆関数). 茨木の一部と重なる.配付する.

2.1. 実際的な資源配分問題の公理的分析で,この二科目の関心にひじょうに近いもの

2.1.1. 他大学の類似科目

2.1.2. カバーする範囲の広いもの

    • 武藤滋夫. ゲーム理論入門. 日本経済新聞社, 2001. V章. あらかじめ目を通しておくといい.

    • 岡田章. ゲーム理論. 有斐閣, 1996. 8 章.

    • Herve Moulin. Fair Division and Collective Welfare. MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 2003.

    • Herve Moulin. Axioms of Cooperative Decision Making. Cambridge University Press, Cambridge, 1988.

    • Herve Moulin. Cooperative Microeconomics: A Game-Theoretic Introduction. Princeton University Press, Princeton, 1995.

    • William Thomson. The theory of fair allocation (forthcoming from Princeton UP?).

    • William Thomson. Fair allocation rules. Chapter 27, Handbook of Social Choice and Welfare, volume 2, Elsevier, 2008?

2.1.3. 特に焦点を絞ったもの:

    • 戸田学. 「恋愛・就職・結婚」をゲーム理論で解く. (中山幹夫, 武藤滋夫, 船木由喜彦(編). ゲーム理論で解く, 6章). 有斐閣, 2000. マッチングに関する入門的解説.戦略的側面からもアプローチ.

    • Alvin E. Roth and Marilda Sotomayor. Two-Sided Matching. Chapter 16, Handbook of Game Theory with Economic Applications, Volume 1, Elsevier, 1992.

    • William Thomson. On the axiomatic method and its recent applications to game theory and resource allocation. Social Choice and Welfare, Vol. 18, pp. 327-386, 2001. 公理的方法自体へのガイド.この分野の研究を目指す読者に,公理的方法の有効性と研究の指針を提示. もし読むなら,この授業であつかうモデルやゲーム理論の知識を得た後にした方がいい.

2.2. 資源配分以外の公理的分析

公理的方法は資源配分問題以外にも,投票理論やゲーム理論に応用されている.三原の Web ページにある「合理選択政治理論(実証政治理論)の手引き」にあげた文献案内を参照のこと.

2.3. マーケット・デザイン

マッチング理論やメカニズム・デザインなど,公理的方法と非協力ゲーム理論的方法を応用して,コンピューター・ネットワークによる「市場」(配分ルール) を設計し分析するのが分野がマーケット・デザインである.経済理論の応用のなかでも,もっとも実際的な分野だろう.ここではマーケットデザインをあつかうコースのサイトを (経済学者によるものと,コンピュータ・サイエンティストによるものをふくめ) いくつか挙げる:

全国規模の配分ルールの例としては,日本臓器移植ネットワークの各種ポイント制や日本医師臨床研修マッチングプログラム のGale-Shapleyアルゴリズムがある.

授業計画

各トピックの該当章 (たとえば Y1 は Young の Chapter 1 を表す) や講義回数は以下の通り. この他に Moulin (2003) などから例を追加することがある.

    • Overview (Y1; 0 回 [参考]): 配分問題とは何か.配分問題を解決するためにどういう基準を採用すればよいか.個人間比較を要しない無羨望 (no envy) 概念とその限界,優先原理,配分基準の整合性 (consistency),比例原理ではうまくいかない非分割財配分の例など.

    • 集合,写像,関係,命題 (茨木 1.1, 1.2, 1.3, 1.5 節; 0 回 [参考]): 最小限の抽象数学.

    • Fair Bargains (Y7, 3 回): 企業間の合弁事業でコストや利益をどう分け合うか.一般人の意見を完全に無視して決めてしまうのは問題が大きい臓器移植のようなケースとはちがって,関係者の直接交渉で決めてもさしつかえない状況.公平な交渉とはどのようなものか.

    • Fair Process (Y8, 4 回; 小暮 Web 教材, 0 回 [自習]): 分割できる財(お金や土地)やできない財(食卓用銀製品や建物)そして均質の財(お金や食卓用銀製品)や非均質の財(土地や建物)をふくむ異なる種類の財産があって,要求者たちがそれらにたいしていろいろな分け前を主張するとき,それらをどのように分ければいいか.それぞれの要求者は一定の割合を受けとる権利を持っているが,財が分割不能であったり非均質であるため,その割合に応じた配分というものがはっきりしない状況.公平かつ効率的な配分はどのようなプロセスで達成できるか.

    • Equity, Envy, and Efficiency (Y9, 4 回): 前章と同じ状況.ただし財は分割可能で均質とする.もしそれぞれの要求者の持つ権利の割合に応じた初期配分が可能である場合,だれの状態もその初期配分より悪くなることがないような,公平かつ効率的配分はどうなるか.

    • Conclusion (Y10, 0 回 [参考]): 「資源配分の公平」の意味するところは,具体的な状況ごとに異なる.それぞれの具体的配分問題におうじた適切な解決法を見いだすための指針として,7つの質問からなるリストを提示する.

    • 男女のマッチングと家の割り当て: 貨幣のないケースのコア (船木第7章, 特に 7.1 から 7.4 節, 1 回): 男女カップルの 安定な組み合わせをみつけるアルゴリズムを提示.日本医師臨床研修マッチングプログラムの Gale-Shapleyアルゴリズム と基本的に同じものである.

    • 演習問題の解説 (2 回)

講義開始前のお知らせ

2008年4月10日メール

GSM (マネジメント研) 学生のみなさん,

「組織的犯罪を告発したが故に逆に犯罪者に仕立て上げられる.」GSM のケース教材にも出てきそうなそんな悪夢から抜けきれないまま,私の新年度は始まりました.落ち込んだ気分で長崎の鼻を目指すと,いやに天気がよかったり,途中,屋島の東岸で潮干狩りをする人々に見とれたりして予定が変わってしまう,そんな季節です.みなさまお元気でしょうか.

このメールは,みなさんの意思決定を支援するに (不十分だろうが)必要な情報を提供するつもりで,GSM 唯一の経済学者 (より正確には唯一の経済学 PhD) である三原麗珠が配信しています.(貴重な授業時間をこの種の説明に費やしたくないという事情もある.) ここで案内する科目は後期開講です.合理的意思決定ができるみなさんは,修了までのすべての履修計画を念頭におきつつ,今学期の登録をするはずです.その決定の参考にしてください.

質問があればいつでもメールをください.はじめての方からのメールはスパムに分類されることが多いため,たまに見過ごすことがあります.しつこく送ってくれれば気づきます.そのほか Skype を通した相談にも対応できます.

■三原麗珠の担当科目「配分ルールと厚生」について

私が担当する分析基礎科目「経済分析」よりもすすめたい科目.今年度開講 (来年度休講予定)のこの科目と来年度開講予定の「資源配分の公平」をマスターすれば,組織内外のルールづくりにたいして建設的・批判的な視点を持てるようになるだろう.抽象的思考力も格段に高まるはず.来年度休講ということからも,ぜひ取って欲しい.詳しくは以下の講義ページ参照:

http://www5.atwiki.jp/reiju/pages/19.html [移動]

アクセス制限ページへのアクセス法は以下の通り (勝手に変えないように):

ユーザ名: ??

パスワード: ??

    • テキストの Young 1994 は後期に生協で販売する.部数が足りなくなったときは各自でどうにかしてほしい.

    • 文献は上記講義ページから入手できる.

    • 「講義ノートが英語」と聞いてビビっていた(←意味分かるかな)ひともいたようだが,かなりの単語に日本語訳をつけているので心配ない.じっさい,英語が(数学も)さして得意とも思えない学部夜間主の学生も問題なくフォローできていた.

    • ミクロ経済学の知識は不要.もし必要だったら,自分が担当する「経済分析」をこの科目よりあとに配置するわけはない.

    • 初回授業には 後述の 講義ノート young94ch7.pdf を印刷して持参して欲しい.時間と場所は未定.

    • 視聴覚教材を試用したいひとはメールで連絡を.

■三原麗珠の担当科目「経済分析」について

[省略]

■おまけ

香川大学大学院地域マネジメント研究科ガイド

http://www5.atwiki.jp/reiju/pages/32.html [失効; こちらに保管]

特に,「大切なこと」は大切なこと.

三原麗珠