Q森 正之 2017.12.27
2017.12.27聖教新聞文化欄より転載
“書く”という挑戦 作家・伊集院静さんの近著『琥珀の夢 小説 鳥井信治郎』(上・下、集英社刊)が好評だ。2016年から1年余にわたり日本経済新聞に連載された小説を単行本化したもの。著者の伊集院さんに聞いた。 〈明治時代の大阪。船場の商家に生まれ、13歳で奉公に出た若者が、20歳の時に独立して始めた小さな商店を日本有数の企業に成長させるまでの物語。サントリーの創業者・鳥井信治郎氏が小説の主人公である〉
正岡子規と夏目漱石のことを書いた『ノボさん』もそうでしたが、実在の人物を書く時は、事実と創作、いわゆるノンフィクションとフィクションのはざまの部分があります。その折り合いを、どう考えるか。差が大き過ぎると事実をゆがめかねません。
例えば、主人公が神戸港から客船に乗って横浜や小樽へ旅をする場面があるでしょう。客船の中で西洋の人々と出会い、ウイスキーと出合う。ここは私の創作です。
創作なのですが、信治郎氏のそばで番頭、今の秘書役を長く務めた方のご家族から聞いた話が基になっています。多忙を極めていた信治郎氏が、自分や親戚の子どもたちを客船に乗せて旅をさせるよう、その方に命じていたというのです。
信治郎氏は次のように語ったといいます。
西洋のテーブルマナーを身に付けさせること。
朝から身だしなみを整えて部屋を出させること。
国内各地の町を通して日本という国土を見せること。
それから、もう一つ。必ず富士山を見せること。それも、山の高さでなく、裾野の広さを。
これは信治郎氏自身が船旅をした経験がなければ分からないし、言えないことではないか。そう思い、小説に入れたのです。主人公は男性ですが、女性の存在も大切に思って書きました。