〈文化〉「Hibiki(響き)」で世界を結ぶ

Q森 正之 2017.12.13

2017年11月29日付聖教新聞より転載

東京・サントリーホール館長 堤剛(つつみ・つよし)さん

理想の音楽空間を創造

開館31年、クラシック界をリード

カラヤン氏の助言

――大規模改修後のリニューアルオープンから約3カ月。11月もボストン交響楽団やベルリン・フィルなどの名演が続いています。

今回の改修は「伝統の継承」「ダイバーシティデザイン」「設備のさらなる充実」をテーマにしました。

例えば、クッションと併せて客席の布地を張り替えましたが、素材も色も柄も開館当初から変えていません。一方で、段差のない通路の新設やスロープの増設を行い、客席と舞台の照明にLEDを導入しました。

お客さまの「以前より良くなったのでは」という声を聞いて、ほっとしていますし、演奏した指揮者やオーケストラの方も、ホールの響きを素晴らしいと言ってくださいます。

――ホールの計画段階から、世界的な指揮者カラヤン氏による、さまざまなアドバイスがあったそうですね。

ホールの形状を国内で初めて、客席がステージを囲むヴィンヤード(ワインヤード=ブドウ畑)型としたのもカラヤン先生の助言からです。どの客席もステージに向いており、演奏者の立場でいうと、お客さまに見守られながら一緒に音楽を作っているように感じます。パイプオルガンの設置も先生が力説されたことでした。

本来は身近な存在

――サントリーホールは日本の音楽シーンを大きく変え、ファンの裾野を広げた存在の一つだと思います。創設に当たり、どのような考え方が基本にあったのでしょうか。

世界で屈指の響きを追求することはもちろんですが、コンサートホールは音楽を聴く場であるとともに、人が集まる社交の場、交流の場――創設者の佐治敬三は、当初からこのように考えていました。

例えば、休憩時間を長めに設け、その時間に飲み物を手に歓談を楽しめるよう、日本で初めてホールにドリンクコーナーを設置したことや、コートや荷物を預けられるクロークを充実させたのも、こうした思いからです。今では同じスタイルが国内の主要なホールで採用されています。

これらは音楽そのものには直接的に関係ないかもしれませんが、広い意味で文化に役立っている気がします。裾野を広げるという意味では、幅広い活動を続けておられる民主音楽協会(民音)とも、相通じるものがあるのではないでしょうか。

――それでもなお、クラシック音楽は敷居が高い、と言われることがあります。芸術や文化というと、何か特別で、かしこまった存在というのか……。

私の経験を通して感じることですが、欧米の方は文化を、もともと「そこにあるもの」で「自分もその一部」と捉えているように思います。音楽も、もっと身近なのです。

例えば、私どものホールはウィーン楽友協会、ニューヨークのカーネギーホールとパートナーシップ契約を結んでいますが、どちらも、その土地の人々がホールに対する高い誇りを持っています。

この町にはこういうホールがあって、こんな人が演奏してきた、と自分の歴史のように語りますし、タクシーに乗ると運転手さんが「この間、こういう音楽会に行きましたよ」と話してくれることも珍しくありません。

人の和を築く願い

――音楽が身近で、地域の文化施設にも深い愛着を持っているわけですね。

私どもも、地元である港区や東京都をはじめ全国の皆さまに、これまで以上に愛着と誇りを持っていただき、音楽を身近に感じていただける存在でありたいと思っています。

開館30周年の昨年から「Hibiki(=美しい響き) to the World」をモットーに掲げています。いつか「おもてなし」のように「Hibiki」を世界共通の言葉に、と言うスタッフもいますが(笑い)、物理的な意味でも世界屈指の響きを極めていくことはもちろん、音楽を通して世界の人と響き合う。音楽の基本はコミュニケーションですので、人の和が広がるように、という願いを込めました。

幅広く学び、世界の方と響き合う。究極的には、それが世界の平和につながると思うのです。

プロフィル

つつみ・つよし 1942年、東京都生まれ。齋藤秀雄氏、ヤーノシュ・シュタルケル氏に師事。日本音楽コンクール、カザルス国際コンクールで第1位となり各国の著名オーケストラとも共演。ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールなどの審査も。米インディアナ大学教授、桐朋学園大学学長を歴任。2007年から現職。サントリー芸術財団代表理事、霧島国際音楽祭音楽監督。文化功労者。日本芸術院会員。

SUNTORY HALL

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  • 芸術・文化の充実には、その活動を支える基盤、例えばコンサートホールのような施設、インフラの存在が不可欠だろう。開館31年の今年、7カ月間にわたる改修を終えた東京初のコンサート専用ホール「サントリーホール」(東京・港区)の館長で、日本を代表するチェリストでもある堤剛さんに聞いた。
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