P大島昌二:ザルツカンマーグートからドロミテへ 2018.9.27

イタリアのドロミテ山塊に見られる「エンロサディラ」(enrosadira)という山肌が独特の輝きを見せる現象のドキュメンタリーを見た。マグネシウムを含んだ「ドロミア」という変成岩が太陽光を受けて輝く。

かつてローマからの帰途、隣席に座ったイタリア人からドロミテの山塊を俯瞰しながら同じような話を聞いたのが心に残っていた。彼は岩石に雲母が含まれていると言ったように私は誤って記憶していた。この青年は福井へ眼鏡の枠(つる)を仕入れに初めて日本へ行く途上だった。

NHKのドキュメンタリーでは、それはドロミテの特定の山地で7~9月にかけてまれに起る現象ということでカメラがそれを追うのであった。しかし、なお調べてみると地元イタリアのブログには「ドロミテのほとんどの山頂で朝夕見られ、色彩がピンクから赤、次いで紫へと徐々に変化する現象を言う」と出ている。

ドロミテについて私が知っていたことはこのほかには、1956年に猪谷千春が回転で銀メダルを取ったコルティナ・ダンペッツオの冬季オリンピックぐらいだった。

ザルツカンマ―グートからドロミテへ

「アルプスの絶景へ チロルドロミテザルツカンマーグート12日間」という長々しいタイトルの付いた旅行に行ってきました。7月27日から8月6日まで、ヨーロッパ往復に要する機中2日を除けば実質10日間の旅でした。オーストリアとイタリアにまたがる広い地域で日本ではそれぞれ冬のスキーのメッカとして知られますが夏は登山・ハイキングの天地です。羽田発の飛行機でミュンヘンまで直行したほかはすべて同じバス、同じオーストリア人の運転手でした。運転手の一日の労働時間に制限があるとのことで朝は9時に出発、夕方は5時ごろにはホテルに入るという日程は乗客にとっても有難いものでした。

かつてミシュランなどの旅行案内書を見ると必ず「パノラマのマーク」(鳥瞰展望所)があるのに気づかされたものでしたが今回の旅程もパノラマに次ぐパノラマで、旅行社の作ったパンフレットにある「厳選展望台」だけでも7か所あり、高所を走るドロミテ街道にある1か所を除けば、いずれもケーブルカー、リフト、登山電車などを乗り継いで到達するもので、このほかにも山岳道路の途次に休憩した展望所などがありました。

建物なら全体像、景色なら鳥瞰図で見て初めて素晴らしさがわかります。その意味でも古くから観光が発達したヨーロッパの景勝地は鉄道やゴンドラで高所に登って展望を楽しむようにできていることがよくわかります。あまり知らずに行ったのですがザルツカンマーグートはドロミテに劣らない景勝の地でした。

せっかくの機会ということで、軽度のハイキングも二つ三つ組み込まれていました。すべて高度2,000m前後とあって景観には事欠きません。ハイキングは、景色はご自由に、ガイドは高山植物の案内というスタイルでした。次から次へと現れる奇岩怪石の山々に追われていてはせっかくの貴重な花々も目にとめるのが精一杯で名前はパンフレットを買って探し出すという手法を取らざるを得ませんでした。

「アルプスの絶景へ」という標題にあるように、訪れた三地域はいずれもアルプス山脈(支脈という定義の仕方もあります)の中にあります。ドロミテは南チロルにも分類されます。チロルのザンクト・アントンはアルペン・スキー発祥の地、またアールベルグ・スキーの名で一世を風靡しました。ザンクト・アントンの日本人ガイドはロック・クライミングの聖地ともいえるチロルの山々が日本であまり知られていないのは残念だといいます。私はドロミテのトレ・チーメ(後出)で岸壁にとりついている2人のクライマーを目にしました。

宿泊した都市はミュンヘン、ハルシュタット、アイゲン・イム・エンスタール(快適なリソート・ホテルがあり、ザルツカンマーグート観光のベースにした)、コルティナ・ダンペッツオ、ボルツアーノ、インスブルックの順で、標題にある三地域の順序の逆になります。

実際に歩いてきた自分でも地名や山名をしっかりと把握できないでいるのですからそのレポートを読まされる人にはなおのこと混乱が避けられないでしょう。添付した地図が多少とも参考になれば幸いです。

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【ドロミテ・エリア拡大図】

地域は広大で山は無数にあるので私が見聞したのは例えばドロミテといってもその一部分にすぎません。パソコンで該当項目を検索するとたくさんの写真入りの観光案内があるのでぜひ併せてご参照下さい。ただ私にはどれもしっくり来ません。ルートも違えば関心も違うばかりでなく、広大な地域に観光に値する名所の数が多すぎるせいだと思います。この地図は表題の三つの地域をカバーしたものですがこれらの地域に加えて、そこに表示のある「グロースグロックナー山岳道路」と「ドロミテ街道(インセットが詳しい)」にも注意すれば少し理解が助かるかもしれません。

以下に写真をご紹介しますが整理の一つの方法として最初に目ぼしい山の写真だけを集めてみました。数多い山々の風景は著名なものに厳選せざるを得ません。加えてドイツ語の山名は長くて覚えにくい。出発前からかすかに脳裏にあったグロースグロックナー(オーストリアの最高峰)とツークシュピッツェ(ドイツの最高峰)に、ドロミテの最高峰マルモラーダ、それにザルツカンマーグートの景勝を扼するダッハシュタイン連峰からそれぞれ数枚を選びました。いずれも一見したところ同じような石灰岩の岩山でセザンヌのサン・ヴィクトワールの山容を思わせます。

写真説明

1.(9303)ミュンヘンからバスで入ったザルツカンマーグートで最初に待ち構えていたのは山ならぬ湖だった。登山鉄道でシャーフベルク展望台(1783m)から広大な湖(ヴォルフガング湖、モント湖など)の展望を楽しんだ。

2.(ダッハッシュタイン)ザルツカンマーグートを代表するダッハッシュタインの山頂。

3.翌日改めてダッハシュタイン展望所(2700m)へ。谷を見下ろしたところ、足許にダッハシュタイン氷河があった。

4.クリッペンシュタイン展望台からファイヴ・フィンガーズ展望台へ向かう道筋のパノラマ。広大で異様な石灰岩の連なりは圧倒的だった。しばらく息を止めて見ていたら群れに置いて行かれてしまった。

5. (0931)グロ-スグロックナー山岳道路から写した岩峰。これが道筋に繰り返し現れる石灰岩の岩峰の典型的な姿。

6.(9471)グロースグロックナー山岳道路の途上。オーストリア最高峰のグロースグロックナー(3,798m)はまだこの山群の彼方。

7.グロースグロックナーの山頂がついに姿を現した。

8.ロープウエイで到達するドロミテで必見とされる景観。ボルドイ峠とコスタルンガ峠の間の景色。(4.のダッハシュタインで見た景色と似ている。)この2つの峠の間からドロミテ山群の最高峰マルモラーダ山が見えた。

9.(9592)ドロミテの最高峰。谷を隔てたマルモラーダ山(3,343m)。

10. (マルモラーダ ボルドイ峠より)同上の怪異な山頂をクローズアップ。

⒒ ツークスピッツェは中腹にトンネルがありオーストリア領に通じている。このドイツの最高峰はガルミッシュ・パルテンキルヒェンにあり、1936年の冬季オリンピックの会場であった。私は1970年代の半ばにオーストリア領からスキーを担いでここに出てスキーをしたことがあった。そのトンネルのドイツ側の位置をロープウエイの係員に確かめたところこの小屋のあたりだということである。

12.ツークスピッツェ(2,962m)はオーストリアとドイツの国境にあり、金の十字架の立つ山頂はドイツ領。

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