この章の最初の文章を読むと、中央道を東から西に走っているときの記憶が鮮やかに目に浮かぶ「さっきまで遠かった南アルプスが今やすぐ車窓の外に迫ってくる。甲斐駒ヶ岳の金字塔が、怪異な岩峰摩利支天を片翼にして私たちの目を驚かすのもその時である」。私が中央道を走り抜けるときは甲斐駒だけでなく、白鳳三峰の3,000mの稜線、茅ヶ岳と金ヶ岳、そして八ヶ岳連峰に目が釘付けになってしまう。
次に深田は「日本アルプスで一番代表的なピラミッド」として甲斐駒を挙げている。「端正な三角錐」という視点に合致する山はどれだろう。いくらでもありそうだが、甲斐駒と比べるとなると、八ヶ岳連峰の赤岳、日本アルプスの剱岳、槍ヶ岳、笠ヶ岳、宝剣岳、北岳くらいなのだろう。私としては苦労して雪渓を3度登った剱岳の頂上を忘れることはできない。個人的には剱岳としたい。だが、「端正な三角錐」という視点を基準にするならば、甲斐駒とするのが妥当なのだろうと思う。
次に深田が語る甲斐駒の「一面に真っ白な砂礫」というのは、私は二度の登頂のときに実感した。こういう真っ白い砂や花崗岩には時々山で出会うが、甲斐駒ほど広い範囲に、山頂全体に広がっているのはここだけかもしれない。
次に1ページ半を費やして深田が語る甲斐駒の黒戸尾根の記述は、私が最初に北沢峠から甲斐駒に登った後もずっと頭にこびりついた。「表参道ともいうべきコース」「日本アルプスで一番辛い登りはこの甲斐駒ヶ岳の表参道かもしれない」「上へ行くにつれて傾斜ははげしくなり、険しくなり、梯子や鉄の鎖や針金などが次々と現われる」。
そして最近になってようやく、黒戸尾根をテント1泊で甲斐駒まで登ることができた。夜明のときのモルゲンロートに真赤に染まった甲斐駒、青空の下に真っ白に輝く甲斐駒を見た。そして大勢の登山者で賑わう甲斐駒の頂上に、真っ白な砂礫を踏んで到達した。
KKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKK
この章の最初の文章を読むと、中央道を東から西に走っているときの記憶が鮮やかに目に浮かぶ「さっきまで遠かった南アルプスが今やすぐ車窓の外に迫ってくる。甲斐駒ヶ岳の金字塔が、怪異な岩峰摩利支天を片翼にして私たちの目を驚かすのもその時である」。私が中央道を走り抜けるときは甲斐駒だけでなく、白鳳三峰の3,000mの稜線、茅ヶ岳と金ヶ岳、そして八ヶ岳連峰に目が釘付けになってしまう。
次に深田は「日本アルプスで一番代表的なピラミッド」として甲斐駒を挙げている。「端正な三角錐」という視点に合致する山はどれだろう。北海道だと南北方向から見た郡別岳、大雪山系の愛別岳とオプタテシケ、日高の戸蔦別岳と楽古岳、東北では神室連峰の火打岳、南北方向から見た大朝日岳、那須連峰の旭岳、新潟の明星山、長野では志賀高原の笠ヶ岳、八ヶ岳連峰の赤岳、北アルプスの剱岳、烏帽子岳、槍ヶ岳、笠ヶ岳、中央アルプスの宝剣岳、南アルプスの南北方向から見た北岳・・・・いくらでもありそうだが、甲斐駒と比べるとなると、八ヶ岳連峰の赤岳、日本アルプスの剱岳、槍ヶ岳、笠ヶ岳、宝剣岳、北岳くらいなのだろう。私としては苦労して雪渓を3度登った剱岳の頂上を忘れることはできない。個人的には剱岳としたい。だが、「端正な三角錐」という視点を基準にするならば、甲斐駒とするのが妥当なのだろうと思う。
次に深田が語る甲斐駒の「一面に真っ白な砂礫」というのは、私は二度の登頂のときに実感した。こういう真っ白い砂や花崗岩には時々山で出会うが、甲斐駒ほど広い範囲に、山頂全体に広がっているのはここだけかもしれない。
次に1ページ半を費やして深田が語る甲斐駒の黒戸尾根の記述は、私が最初に北沢峠から甲斐駒に登った後もずっと頭にこびりついた。「表参道ともいうべきコース」「日本アルプスで一番辛い登りはこの甲斐駒ヶ岳の表参道かもしれない」「上へ行くにつれて傾斜ははげしくなり、険しくなり、梯子や鉄の鎖や針金などが次々と現われる」。そして最近になってようやく、黒戸尾根をテント1泊で甲斐駒まで登ることができた。夜明のときのモルゲンロートに真赤に染まった甲斐駒、青空の下に真っ白に輝く甲斐駒を見た。そして大勢の登山者で賑わう甲斐駒の頂上に、真っ白な砂礫を踏んで到達した。
p328 点綴(てんてい):1.一つ一つをつづり合わせて結び付けること。2.あれこれを取り合わせること。