この「岩のコブだらけの筋骨隆々といった・・・・ゴツゴツした荒々しい男性的な力強さを備えた」山について、深田は名前の由来にずいぶん紙面を割いている。江戸時代には「餓鬼ヶ岳」、後立山連峰という呼称が生まれてから、五竜岳と鹿島槍が「後立山」を争い、後者になった。そして結局、三枝威之介氏が五竜岳を使い始め、確定したという、本人の五竜にとっては迷惑そうな話だが、深田は「この軽佻なところの少しもないガッチリした山に五竜という重厚な名は全くうってつけだ」と全面賛成。私としても、「後立山(ごりゅうさん)」よりも「五竜岳」の方がこの黒い岩峰の巨人には似合っていると思う。
私は五竜岳に一度しか登っていないが、それは心に残る旅だった:「遠見尾根の左カーブのところを登ると初めて五竜岳が見える。雲が取れてきて、黒と白のコントラストが美しい。白い尾根の上に立つ黒い岩峰の巨人。その手前に低く遠見尾根が続いている」「そして五竜の頂上から北壁に滑り込む。頂上直下は柔らかかったが、その下の斜面はアイスバーン状態。ショートターンを楽しめる状況ではなく、滑りやすいところを選び、固い雪面に両スキーを踏ん張っての滑りとなる。下を見ると五竜山荘に観客4名。最後に稜線に戻り、ショートターンを2、3回決めてのフィニッシュとなる。どうも、どうも。」
GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG
この「岩のコブだらけの筋骨隆々といった・・・・ゴツゴツした荒々しい男性的な力強さを備えた」山について、深田は名前の由来にずいぶん紙面を割いている。江戸時代には「餓鬼ヶ岳」、後立山連峰という呼称が生まれてから、五竜岳と鹿島槍が「後立山」を争い、後者になった。そして結局、三枝威之介氏が五竜岳を使い始め、確定したという、本人の五竜にとっては迷惑そうな話だが、深田は「この軽佻なところの少しもないガッチリした山に五竜という重厚な名は全くうってつけだ」と全面賛成。私としても、「後立山(ごりゅうさん)」よりも「五竜岳」の方がこの黒い岩峰の巨人には似合っていると思う。
私は五竜岳に一度しか登っていないが、それは心に残る旅だった:「遠見尾根の左カーブのところを登ると初めて五竜岳が見える。雲が取れてきて、黒と白のコントラストが美しい。白い尾根の上に立つ黒い岩峰の巨人。その手前に低く遠見尾根が続いている」「そして五竜の頂上から北壁に滑り込む。頂上直下は柔らかかったが、その下の斜面はアイスバーン状態。ショートターンを楽しめる状況ではなく、滑りやすいところを選び、固い雪面に両スキーを踏ん張っての滑りとなる。下を見ると五竜山荘に観客4名。最後に稜線に戻り、ショートターンを2、3回決めてのフィニッシュとなる。どうも、どうも。」