6/09 【海外サイエンス・実況中継】アメリカ、イギリスを経由し、フランスで研究者になるまでの道のり(後編)
Post date: Jun 09, 2013 5:49:9 AM
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ June 2013, Vol. 60, No. 1
_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/
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■ メルマガ前号の編集に関するお詫び ■
前回配信いたしましたメールマガジン、「アメリカ、イギリスを経由し、
フランスで研究者になるまでの道のり・前編」にて編集に問題があり、
読者の方の環境によってはレイアウトが崩れたり、一部の文字が表示され
なかったりする問題があることが執筆者の方からのご指摘でわかりました。
バックナンバーには、修正した記事を掲載しております。今回のメルマガの
前編ですので、どうぞあわせてご覧ください。
ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。
-- From editors --
今週のメールマガジンでは、フランスで研究者としてご活躍されている
杉尾明子さんから、アメリカ・イギリスの研究環境とフランスの研究環境の
違いについてご紹介いただきます。杉尾さんには前回のメルマガにて、Ph.D.
取得後、現在のポジションに到達するまでの経緯をご紹介いただきました。
それでは「アメリカ、イギリスを経由し、フランスで研究者になるまでの
道のり」後編の始まりです!
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【3.フランスとイギリスやアメリカの研究環境の違い】
[研究チームの構成]
フランスの研究者は一般的にのんびりしていると思われていますが、平均し
てしまえば実際のところそのとおりだと思います。ポスドク以外、ほとんどの
研究者が終身雇用されているため、レベルの高い雑誌での論文の発表等で
目に見える成功を収めようとしている人が少ないのが現状です。とはいえ、
やる気があればいくらでも働くことはできるわけで、日々バリバリと研究
成果を出している研究者も少なくありません。また、イギリスやアメリカの
ように、一人のPL/PIが研究室の運営全てを行うのではなく、複数の研究者、
技術者、テクニシャンが集まったチームで研究活動を進めていくので、一人
当たりの仕事の量が比較的少なくなります。私が所属するチームは、INRA
Rennes, Universite de Rennes, Agrocampus Ouest という3つの高等教育機
関に所属する研究者から構成されているので、非常に大きいものなのですが、
日々顔を合わせるチームメンバーとしては、研究者6人(population biology,
evolutionary biology, genomics, epidemiology, molecular entomology,
plant pathologyと専門が違います)、技術者4人、テクニシャン7人、ポス
ドク2人、博士課程の学生が一人、修士課程の学生が6人くらいいて、皆アブラ
ムシに関わる研究をしています。
私は研究者の一人で、population biologyの研究者でもあるディレクターと
頻繁に情報交換をし、テクニシャンの一人と日々の実験を進め、必要となれ
ば、ほかのテクニシャンにも仕事を依頼します。最近、修士課程の学生も
受け入れました。この先、ポスドクや博士課程の学生を持てるかどうかは、
最近応募した研究費が当たるかどうかにかかっています。私は、私自身の
研究プログラムを遂行しているわけですが、チーム内の研究者にはよく相談
したり、共同プロジェクトを進めたり、データ解析を手伝ってもらったり
しています。
[頼もしいテクニシャン]
このような研究グループの構成もさることながら、テクニシャンの存在が
INRAの研究環境を多くのイギリスやアメリカの研究環境と異なるものにして
いると思います。イギリスやアメリカでは、終身雇用されているテクニシャン
またはアシスタントと呼ばれる人が一人いればいい方で、そのような研究室の
面倒を見る人がいない研究室もかなりありました。そのため、大事なサンプル
などがよく行方不明になったり、その研究室に不可欠なテクニックが新しい
ポスドクや学生に伝えられず、一から学びなおしになってしまったりします。
その点INRAでは、もともと肉体労働の多い農業研究所であるため、研究者に
対するテクニシャンの数が比較的多く、サンプルの管理が体系的に行われて
います。例えば、私たちの研究チームでは常に100種類を超える世界中から
集められたアブラムシを管理しています。アブラムシは細菌のように冷凍
保存ができないので、常に植物とともに育成しなければならず、大変な手間が
かかります。単純な手作業を手際よくこなしてくれるテクニシャンなしには、
このような大規模なサンプルの管理はできません。また、テクニシャンの多く
は経験豊富で、数々のテクニックを習得しているため、学生、ポスドク、それ
に私のように新しく働き始めた研究者にとっては、実にたくさんのことを教え
てくれるなくてはならない存在です。さらに、時間のかかる手作業がある日に
は、複数のテクニシャンに手助けしてもらうことができるので、大規模な実験
計画を立てることも可能です。
[研究費]
フランスの研究助成金は少ないといわれていますが、INRA等の国立の研究所に
いる場合は、すでに終身雇用されているテクニシャンやエンジニアたちの給与
を払う必要がないし、研究施設の使用料や消費税をはらう必要もないので、今
のところ特に問題とは感じません。また、獲得した研究資金の一部はチームに
搾取されるのですが、この仕組みによって、研究資金が取れない年でもチーム
の資金で研究を続けられるようになっています。そのため、研究者の心に少し
ゆとりが生まれるように思えます。ただ、この仕組みに甘えて、研究資金の
獲得にたいした努力をしない人が出てきますし、チームというよりは個人と
して成功したい人には不向きな仕組みです。
[フランス語は必須]
さて、フランスの(というよりは私の属するチームの)よい点をいくつか挙げ
てみましたが、悪い点というと、まず第一にフランス語が不可欠であることと、
そのことによる国際性のなさです。これは南フランスやパリ近郊に行くとずい
ぶん違うようですが、私の所属するRennesのLe Rheuという村にある研究所には
外国人はあまりいませんし、外国人がいても大多数はフランス語の話せる人
たちです。私のようにフランス語も話せずに終身雇用の職を得た外国人はまれ
だといわれています。そのため、ミーティングやセミナーのほとんどはフラン
ス語です。年配のテクニシャンの人や事務の人の中に英語を理解する人は少な
いので、フランス語ができないとどうにもなりません。重要なお知らせも、
全てフランス語で書かれたメールか郵便で届きます。遺伝子組み換え植物を
使う際には国に許可を求めなければならないのですが、これがフランス語で
書かれていなければならないというので、困りました。結局、チームの研究者
の一人に翻訳をしてもらいました。ラボミーティングもフランス語ですが、
英語で何度も質問し続けるとみんな答えるのが面倒になって英語に切り替わる
ことに気がつき、以来、内容に興味のあるときはミーティングのはじめに集中
して英語で質問しています。
さて、私のフランス語の方は週2回個人のレッスンをチームのお金で受けさせて
もらい、読み書きはだいぶ上達したように思っています。会話の方はまだまだ
ですが、辛抱強いテクニシャンを相手に、毎日練習させてもらっています。
私も今では、少し自分の面倒を見られるようになりましたが、それでもチーム
の人には日々助けてもらっています。幸い、グラントの申請書は英語で書くも
のがほとんどです(フランス国外の研究者に評価してもらうためのようです)。
フランス語の習得に努力をしていると、英語力の方が落ちてくるのが気がかり
です。
[終身雇用]
もうひとつ、フランス特有の問題を挙げるとすると、多くの学生やポスドクが、
将来、研究者としてフランスの公的機関で終身雇用されることを望んでおり、
いい研究をすることよりも終身雇用されることが人生の大きな目標になってし
まっています。そのため、学生やポスドクにあまり野望が感じられず、がっか
りさせられることがあります。終身雇用は扶養家族を持つと非常に魅力的な
制度ですが、あまり若いうちからそれを目標とするのは夢がなくて寂しく思い
ます。
[最後に]
というわけで、それなりに大変な部分はあるものの、私は親切で温かい職場の
人たちに助けられて、日々研究を楽しませてもらっています。このようないい
人間関係を支えるのは、終身雇用されていることによる生活の安定感と、
年42.5日の有給休暇(それにたくさんの祝祭日)による低ストレス生活による
かもしれません。それに、過去10年のアメリカとイギリスにおける食生活とは
比べようもないような、種類が豊富でおいしい食事ができることは、すばらし
いことだと思っています。
近年、日本の大学や研究機関の仕組みが変わりつつあり、任期のある職が増え
競争も激しくなっているようですが、研究者の不安定な生活や競争の行き過ぎ
は研究の質向上や生産性には逆効果なのではないかと危惧するばかりです。
30代後半になっても任期のある職しか見つからず、2年後に自分がどこにいるか
わからない、などという状態ではなんとも心もとないし、子供を持つことだっ
て躊躇してしまいます。日本の政府や大学には、ぜひ研究者の労働条件を改善
してほしいところです。労働条件の改善は少子化改善にもつながることでしょ
う。
もちろん、アメリカでもヨーロッパでも研究者として独立するためには、任期
のあるポスドクを何回かし、激しい競争を勝ち抜かなければなりません。就職
活動中は、同じ境遇にあった友人と、「こんな思いを子供にさせたくない、子
供たちが研究者にはならないようにしなくては」などという話を冗談半分、本
気も半分でしていました。とはいえ、研究に限らず、どのような職にあっても、
多かれ少なかれ競争があり、時にはうまくいかないこともあるでしょう。がっ
かりすることがあっても、自分を客観的に見つめたり視野を広げることを忘れ
ずに、本当に自分が好きな仕事を目指すことができれば、やがて道は開かれる
と考えています。
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【執筆者プロフィール】 杉尾明子
略歴
2012 INRA Research Scientist
Institut de Genetique, Environnement et Protection des Plantes,
INRA Rennes, France
2008-2012 Post-Doctoral Training Fellow
(Maternity leave Nov. 2009-April 2010)
Department of Disease and Stress Biology, John Innes Centre, UK
2006-2007 Marie Curie Incoming International Fellow
Department of Disease and Stress Biology, John Innes Centre, UK
2005 Ph.D. in Plant Pathology
Department of Plant Pathology, Kansas State University, USA
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カガクシャ・ネットWebページのメールマガジンバックナンバーにて
この記事の前編の
【1.Ph.D. 取得後の進路】
【2.現在のポジションを得た経緯】
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