【海外サイエンス・実況中継】工学系の大学院事情

Post date: Jan 30, 2012 7:26:38 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ July 2008, Vol. 36, No. 2

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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「留学本では教えてくれない海外大学院のホント」第6回を、先週に引き続き

青木さんに執筆してもらいました。理系分野は、サイエンスとエンジニアリン

グに大別されると思いますが、傍から見ると非常に似通っている両者ですが、

やはりそれぞれに特化した仕組みもあるでしょう。今回のエッセイでは、エン

ジニアである青木さんが、工学系の大学院事情を紹介してくれます。同じく工

学を専攻する私には、思わず頷く場面が多いのですが、もしかすると、サイエ

ンス分野の方々には、非常に目新しいかもしれませんね。

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留学本では教えてくれない海外大学院のホント~実際の体験から

工学系の大学院事情

青木 敏洋

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すでに何人もの方が同じテーマでエッセイを書いておられますので、2点だけ

私の方から書かせていただこうと思います。

●工学系大学院における TA/RA の事情

日本で工学系大学院への留学準備をしていたとき、あまり情報がなく苦労した

のを覚えています。本屋などで手に入る留学関連の本は、医学・生物科学系の

情報か、MBA などのビジネススクールへの留学情報が多かったように思います。

それによると、留学1年目は TA(ティーチングアシスタント)として働きな

がら授業を取り、ローテーションをしながら、2年目以降の研究指導を受ける

指導教官を探す、というのが一般的であるとのことでした。

しかし、実際にこちらの工学系大学院(アリゾナ州立大学の材料科学・工学科)

に入学してみると、TA のポジションは3つのみで、同期入学の他の10人は、

すでに指導教官が決まっている RA(リサーチアシスタント)でした。彼らは

入学前から教授とコンタクトを取り、RA のポジションをオファーされていた

のです。そして、私のいた大学の工学系学科では、ローテーションは存在しま

せんでした。他大学の院生たちにも聞きましたが、ローテーションをやってい

る工学系学科は少数派(今のところ聞いたことがない)であるという印象を受

けました。

一般的に、工学系学科の授業は他学科の学生があまり受けないため、TA の数

そのものが少ないようです(もちろん学科にもよると思います)。一方、Phy-

sics, Chemistry, Biology などの学科では、PHY 101, CHM 101, BIO 101(編

集者注:アメリカの大学では、学科名と授業レベルを表す数字から成る、クラ

スコードのようなものがあります)などのように、全学科の学生が必須で取ら

ないといけないクラスを多数受け持っており、TA のポジションが(私の大学

の場合)各学科で15以上ありました。つまり、Physics, Chemistry, Biolo-

gy などの学科では、新しい大学院生15人を TA として迎え入れることがで

きるわけです。

私の研究室にいた数人の院生は、指導教官が Physics の教授だったこともあ

り、1年目は Physics の TA のポジションを得ることができましたが、それ

でも1年目から、TA の傍ら、指導教官のもとで研究を始めていました。

もちろん、優秀な出願者には柔軟に対応し、指導教官が決まっていない場合で

も、他学科から TA のポジションをもらってきて出願者にオファーしていると、

何人かの教授からうかがいましたが。

ところでもう一つ、TA/RA に関して驚いたことは、実際に渡米して大学に来て

みると、RA を募集している教授が何人もいたことです。院生を募集していた

のは、新入生の合否・財政援助を決めた後に研究費がついた先生方、または直

接会ってインタビューができない院生には RA をオファーしない、という先生

方たちでした。財政援助なしで合格になっていた院生の何人かは、レジュメを

持参して教授と面接をし、無事に RA のポジションを得ていました。留学本で

は、財政援助を入学時にもらえない場合は1年間待たないといけない、あるい

は1学期待たなければならない、という情報があったので、これには非常に驚

きました。

●RA のインターンシップ

インターンシップというのは、ビジネススクールでは必須のようですが、アカ

デミック系大学院の Ph.D. プログラムでは、あまり一般的ではないかもしれ

ません。しかし、応用色の強い工学部では、Ph.D. 取得後に企業就職する人が

多く、経験を積むために授業のない夏を利用して、数ヶ月間研究を休み、イン

ターンシップをする大学院生も少なからずいます。インターンシップをしてプ

ラスになることは、インターンシップが職務経験として認められること、そし

て優秀な仕事をしたインターンに、奨学金を提供する会社もある点です。半導

体会社で夏の間インターンをしたクラスメートがいたのですが、彼はインター

ン先の会社から、卒業後にその会社に就職することを条件に、年間5万ドル

(1ドル105円換算で、525万円)の奨学金を、卒業までの2年間もらう

ことに成功しました。

ただ、インターンシップにも、アカデミックな観点から少々デメリットもあり

ます。すでに指導教官が決まり、RA をしている場合は、一度 RA を辞めなけ

ればならないこともあります。地元でインターンをする場合は、指導教官と事

前に話し合い、RA を週20時間、インターンを20時間という時間配分をす

ることで、RA をしながらインターンシップをすることも可能ですが、他の都

市に行かなければならない場合や Full-time で働かないといけない場合など

は、一度 RA を辞めることは避けられないでしょう。

この間、しばらく自分の研究のための実験ができなくなってしまいます。教授

にしてみれば、働き手を失うことになるので、インターンシップを院生にして

欲しくないと思う教授も多いようです。もちろんインターンシップをするな、

とは直接は口には出さないかもしれませんが、帰ってきたときにラボに席があ

るかどうか分からないぞ、と脅す先生もいるかもしれません。

したがって、インターンシップをする場合は、教授とインターンシップ後のラ

ボの席・財政援助がどうなるかについて、しっかりと話をしていく必要があり

ます。もし戻ってきた直後に RA の保障がない場合は、学科に前もって相談し、

TA のポジションを得ることもできるようです。

私のいたラボの院生の数名は、一度 RA を辞め、夏の間3ヶ月間インターンと

して働きました。戻ってきたばかりの秋の学期は TA をし、その次の学期から

RA に復帰しました。もちろん、どれくらい早く RA に復帰できるかどうかは

指導教官の財政状況によるかと思いますが。院生によっては、毎年夏になると

インターンをする人もいるようです。インターンをした院生たちは、非常に良

い仕事を見つけて就職して行きました。

今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=96

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自己紹介

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青木敏洋

2000年熊本大学大学院博士前期課程(修士課程)修了後、アリゾナ州立大学大学

院学際材料科学プログラム留学、2003年 Ph.D. 取得。アリゾナ州立大学 John

M. Cowley Center High Resolution Electron Microscopy でのポスドク研究

員を経て、2004年9月より日系ナノテク・電子顕微鏡メーカーのアメリカ法人

にて Applications Specialist として勤務。ボストン郊外に在住。

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編集後記

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来週から10日ほどの予定で学会のためにニューメキシコ州アルバカーキに行っ

てきます。大学院生・大学研究者として出席するのとは異なり、会社の製品を

展示するExhibitorとしてゆきます。学会が始まる5日前から現地に入り、走査・

透過電子顕微鏡に加えFIB(集束イオンビーム)などの装置を同僚達と一緒に立

ち上げます。時間が限られているため、装置が立ち上がるまで夜遅くまで作業

をしたり、必要ならば徹夜で作業をすることもあります。大学院生としてこの

学会に出席した時には、各会社のエンジニアたちが舞台裏でこれほど頑張って

いるとは夢にも思いませんでした。(青木)

工学系でも、サイエンスよりの分野(例えば Biomedical Engineering)です

と、ラボローテーションが必須のところもあるようです。ですが、その他の伝

統的な工学系学科では、入学時に指導教官が決まっていることが多いでしょう。

また、青木さんが紹介して下さったように、工学系だと RA の需要が非常に多

いと思いますが、私が出願したある州立大学では、1年目は全員 TA で RA は

なし、という少し変わった規則のところもありました。それに対して、私の所

属する学科では、RA が基本で、TA では生活費は十分に賄えないシステムです。

(山本)

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