【海外サイエンス・実況中継】 米理系大学院のカリキュラム

Post date: Jan 30, 2012 7:49:2 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ January 2010, Vol. 53, No. 5

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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今回は、前回(1/10)予告させていただいていた、

米理系大学院のカリキュラムについてお送りいたします。

日本のものとはかなり違うので、はじめて

ご覧になる方にとっては、もしかしたら、

衝撃的、刺激的かもしれません。

なおこの文章は、アルク社より、来たる3月25日発刊予定の

「理系大学院留学 -世界の科学技術を牽引するアメリカへ-(仮)」

に掲載の予定の原稿です。本書は、大学院留学を目指す方には、

その背中を押してあげられるように。また日米の違いに

興味のある方には、その実情などを知っていただければ

という思いで執筆させていただきました。

いずれの場合も、少しでもご参考になれば幸いです。

またご意見などございましたら、

カガクシャ・ネットホームページ経由でも、

Eメールでもご連絡をお待ちしております。

今後配信して欲しい内容や、その他の要望など大歓迎です。

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EMAIL:toashi [AT] rx.umaryland.edu

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ここが違う! 日米理系大学院 徹底比較

米理系大学院のカリキュラム

小葦 泰治

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それでは、まず日本の理系大学院のカリキュラムを

簡単に紹介した上で、米国の理系大学院のカリキュラムを

日本のものと比較しながら、見ていきましょう。

日本の修士過程(2年)のカリキュラム

私は米大学院 Ph.D.プログラムへ進学する前、

約半年間ですが、日本の大学院にも在籍していたので、

ここでは自身の経験をもとに、京都大学大学院生命科学研究科

のものを紹介させていただきます。

1年目火曜日は1日中授業、その他は、それぞれ所属研究室にて研究。

2年目は博士課程へ進学する方は研究に、就職を目指す方は、

前半は就職活動、後半は研究に時間を費やすという感じになっていました。

日本の博士過程(3年)のカリキュラム

これに関しては、先輩や日本で博士課程に進学した友人や

後輩からの情報となりますが、ひたすら卒業するまで

研究に時間を費やすという感じのようです。

個人的には今でも、京都大学の教授陣、研究設備、自由な雰囲気、

どれも世界的に考えても非常にレベルが高く、すごく気に入っていますし、

さらに大学院カリキュラムも年々充実し、進化し続けている印象

を受けています。結局のところ、自分にあったカリキュラムや

財政援助などで、日本にするか、アメリカにするか選んだ方が

いいというところでしょうか。

それでは次に、アメリカの Ph.D.課程のカリキュラムを、

1年目、2年目、3年目、4年目以降と4つに分けて見ていきます。

なお、以下に説明するカリキュラムは、主に生命科学の

プログラムのもので、工学系プログラムなどとは

多少異なる場合もあります。ですが、これらは理系全体で

ほぼ標準的なプログラムとなっています。

全体像を掴んでいただくために、

まず全体がわかるフローチャートをご覧ください。

1年目:

授業: 必須科目(Core Course)、研究倫理、生物統計学(医学生物学系)、

セミナー、ジャーナルクラブ

研究: 研究室のローテーション、1年目終了時に所属研究室を決定する(医学生物学系)

入学後いきなり博士論文のための研究をスタート(工学系)

2年目:

授業: 選択科目、セミナー、ジャーナルクラブ

研究: 博士論文のための研究を本格化

Ph.D. Candidateへの昇進試験 Qualifying Exam

3年目:

研究: 研究中心の生活

Thesis Proposal: 博士論文作成のための初期データが出揃った時点で、

Ph.D.取得までの展望をまとめ、口頭試験を受ける。

これを乗り切れればもう一踏ん張り!

4年目以降:

研究: 卒業を意識した研究中心の生活

卒業の目処がついた時点で、就職活動開始

Thesis Defence: Ph.D.授与のための審査。

これに合格すれば、祝Ph.D.取得。

Dr.~と呼んでもらえます。

それではもう少し具体的に見ていきましょう。

● 1年目

これから Ph.D.プログラムで研究をしていくにあたり、

必須科目(Core Course *1)で、その基礎となるものを

幅広く学びます。また、研究をする上で必要な、倫理的素養を

学ぶ授業もあります。講義形式の授業に加え、セミナー、

ジャーナルクラブ(*2)などへの参加も求められます。

医学生物系においては、博士研究を行う研究室を

選ぶため、一般的に、3つの研究室をそれぞれ約3ケ月ずつ、

ローテーションして周ります(ラボローテーション lab rotation )

と呼ばれます。

ただし、数学や物理、工学系のプログラムでは、入学前に

あらかじめ研究室を決めて入学する場合が多いため、

ローテーションを行なわないプログラムが多いです。)。

また、日本の大学院においてあまり見られない、

生物統計学のコースを必須とする、医学生物学系の

Ph.D. プログラムも多く見られます。

サンプルカリキュラム (医学生物系)

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【秋学期】

必須科目1(生化学・分子生物学)

1時間/日×週5回(授業回数:22回)

(教科書: 「ストライヤー生化学」 1112ページ、

ベンジャミン・ルーイン著「遺伝子」 933ページ)

Responsible Conduct of Research(研究における倫理)週1回

セミナー 週1回

ジャーナルクラブ 週1回

ラボロテーション

【春学期】

必須科目2(細胞生物学・発生生物学)

1時間/日×週5回 (授業回数:22回)

(教科書: アルバーツ著「細胞の分子生物学」 1681ページ、

ローディシュ著「分子細胞生物学」 918ページ)

必須科目3(生物物理学) 1時間/日×週3回(授業回数:17回)

(教科書: Kensal E van Holde 著「基礎物理性化学」 752ページ、

Meyer B. Jackson 著「分子細胞生物物理学」 Molecular and Cellular Biophysics 512ページ)

セミナー 週1回

ジャーナルクラブ 週1回

ラボロテーション

(必須科目3は、必須科目と選択科目の間のような位置付けになります)

【夏学期】

生物統計学 1時間/日×週3回

(教科書:ロスナー著 Fundamentals of Biostatistics 816ページ)

1年目の最後に博士研究を行なう研究室を決める。

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それでは、もっと詳しく見ていきましょう。

科目ごとに違いがあるにせよ、形態、教材の分量は

以下のような内容となります。

まず、授業時間数のみを見てみると、1時間/日×週5回と、

さほど大変ではないように見えます。しかし、

実際に経験した学生が口を揃えて言うことなのですが、

授業の内容は非常にハードです。学期末には成績が出ますが、

平均成績が B(日本のシステムでいう「良」)未満の学生は、

退学となるケースがほとんどです。

そのため、学生は必死に勉強します。

数字上ではわずかな時間数ですが、授業の予習や復習、

そして宿題の量は膨大です。授業で扱う教材の量も膨大なため、

猛スピードで進められます。

秋学期では、「ストライヤー生化学」と「遺伝子」を

2つ合わせて2000ページほどなので、1回の授業あたり

100ページ分です。春学期では、分厚い「細胞の分子生物学」と

「分子細胞生物学」が2つ合わせて2500ページほどです。

もちろん内容的にも一部重複が見られますが、それらが

春学期の20回ぐらいで網羅されます。教科書には、

参考文献として原著論文が挙げられており、

その文献を読むことも宿題として課せられ、さらに理解を

深めるための宿題も出ます。

そのため、一般的な大学院生であれば、授業以外に

1日3時間ぐらいは予習・復習などに費やしているでしょう。

また、当然のことながら、教材も授業もすべて英語なので、

特に留学生にとっては、最初は非常に辛く感じる

かもしれません。その一方、専門用語を英語で学べるため、

研究費の申請書や論文を書くとき、また国際学会での

発表などには、非常に強力な武器となるでしょう。

各大学院やプログラムにもよりますが、授業の担当分野

を専門とされている教授が、2~3コマずつ授業を担当します。

そのため、授業で触れた応用として、現在最先端の研究で

使われている事柄まで網羅されています。基礎から応用まで

とても要領よく学ぶことができ、講義形式でも非常に

楽しめるものばかりです。

次に試験についてです。例えば、このような必須科目が

課されるカリキュラムでは、各学期3回(試験時間2時間半)

となり、形式は、短い記述式(20%)と、1ページ丸ごと

使用する本格的な記述式(80%)などとなります。

担当教授によって、試験に教科書・ノートの持ち込みが

可能な場合 (open book exam)もありますが、その場合、

単なる知識を問うものではなくなるため、

難易度は非常に高くなります。

また、take home exam といって、問題集のようなものが

手渡され、1日~1週間以内に仕上げる試験は、

日本ではあまり見られない形式でしょう。

プログラムの大きさによりますが、受講人数はあまり多くなく、

少ない場合は10人程度の場合もあり、多くても20人強でしょう。

また、ジャーナルクラブがある場合は、必須科目に連動して、

関連した論文を毎週1報ずつ扱います。例えば、

必須科目の受講者が5名ずつぐらいに分かれ、

そこに上位学生が TA(Teaching Assistant)として参加し、

そこに教授も加わり、1グループあたり7名といった

少人数制をとります。また、学生は順番に論文を

プレゼンテーションして、他の参加者の前で

用意したスライドを使って説明し、参加者全員で

論文について議論します。

● 2年目

実際に研究を進めていくにあたり、必須科目に加えて、

必要な素養を選択科目から学びます。授業の選択に関しては、

所属している研究室の指導教授や、アドバイザリーコミッティー

(Advisory Committee)の教授と話し合ったうえで、

各自に最適な講義を2科目ほど選びます。

選択科目に関しても、プログラムのウェブサイトなどで

見つけられるので、大学院・プログラム選びの際には、

ぜひ参考にしてみて下さい。

2年目のコースワークは、より実践的なものになります。

例えば、コンピューター実習や、コンピューターを用いて

実際に計算を行う宿題も出るでしょう。2年目も、

復習や宿題をする時間を含めると、一般的に1日3時間程度は

勉強に費やすようです。

サンプルカリキュラム (医学生物系)

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【秋学期】

選択科目1(統計熱力学) 1時間/日×週3回(授業回数:17回)

(教科書:Ralph Baierlein 著 Thermal Physics 442ページ)

選択科目2(理論分子生物物理学) 1時間/日 週3回(授業回数:17回)

(教科書:Andrew Leach 著 Molecular Modeling: Principles and Applications 768ページ、

Tamar Schlick 著 Molecular Modeling and Simulation 656ページ)

セミナー 週1回

ジャーナルクラブ 週1回

【春学期】

講義を受講する学生もいます。プログラムによっては、

TA として、大学院下級生や学部生の授業のサポートを

することが義務づけられています。

個人差がありますが、2年目の終わり頃(2年目春学期中~

3年目秋学期中)には、Qualifying Exam などと呼ばれる、

Ph.D. Candidate への昇格を決めるための関門試験を受けます。

試験内容は、博士論文用の研究とは違うテーマを選び、

アメリカ国立衛生研究所(NIH: National Institute of Health)

の形式に則った研究計画書を審査員へ提出し、その後、

審査員からのフィードバックをもとに口頭試験の準備をします。

この試験に合格すれば、ようやく博士研究を本格的に

進められることになります。

● 3年目

3年目になると授業はほぼ終了し、一部を除いて、

ほぼ研究中心のカリキュラムとなります。

3年目の終わり頃に、ある程度博士論文用の研究の

概要が固まり、少しずつ結果が出てくると、今度は

自らの博士論文のテーマをもとに、再び NIH 形式の

研究計画書を書き、審査員による口頭試験を受けます

(Thesis Proposalと言う)。これに合格すると、

あとはひたすら博士論文作成のための研究に

邁進することになります。

● 4年目以降

4年目以降は、ほぼ研究のみの生活となるでしょう。

研究結果が出揃ったら、博士論文を書いて、まず審査員

(プログラムによっては、大学外からの審査員が必須な

場合もあります)に提出します。1時間ほどの公開形式で

口頭発表を行ったあと、今度は審査員のみの前で、

再び1時間ほど論文の内容に対して、口頭試問を受けます

(Thesis Defenseと言う)。その結果、博士として十分と

認められれば合格し、晴れて Ph.D. 取得となります。

この達成感は、経験した人しかわからないでしょう。

人生で3本の指に入るぐらいの喜びの瞬間かもしれません。

また、博士論文執筆やディフェンスの準備と平行して、

卒業後の就職先を探します。

*1:何が必須科目であるかは、多くの場合、

プログラムのウェブサイトに明記されています。

また近年では、授業ごとにウェブサイトが設置され、

講義内容や教材などがダウンロードできるように

なっている講義も増えています。

*2:最近発表された興味深い論文を選び、

学生や教授の前で、文献紹介をします。その文献の特徴や、

発表された手法の長所・短所を解説するため、

準備にはそれなりの時間が必要です。

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自己紹介

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小葦泰治

関西大学工学部生物工学科卒。京都大学大学院生命科学研究科中退後、

Mount Sinai School of Medicine of New York Universityへ進学し、Ph.D.取得(2008年)。

現在、メリーランド大学薬学部、Computer-Aided Drug Designセンター博士研究員。

現在世界第3位のスーパーコンピュータ Kraken

(1秒間に831兆7000億回の計算が可能)などを用いて、

創薬ならびに、実験では解析の難しい、タンパク質の

原子レベルでの構造と機能の関わりを調べ、数多くの病気に

関連した生理学的な現象のより一層の理解につながるよう、

研究に取り組んでいます。

また、こちらでは2011年に世界最速を目指すのスパコン

Blue Watersプロジェクトも進行中です。(学外協力)

あと科学技術政策、イノベーション(新たな社会的価値の創出)、

外交、国際協力分野にも興味があります。

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編集後記

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いかがでしたでしょうか。約5年もの年月を費やす、

Ph.D.プログラムの概要の説明なので、多少ボリュームが

多くなっています。でも大体これで主要な部分は

網羅できていると思います。

大学院留学を目指す段階で、まずは留学すると、

どういうカリキュラムで、どのようなことを学べるのか

ということを知っておいた方がいいでしょう。

その上で、よしこれなら自分に合いそうだとか、

がんばってみようと思えば、ぜひチャレンジすることを

強くお薦めいたします。

私たちカガクシャネットワークは、これからも日本の未来を

背負う若い人たちを、メルマガ、書籍、メーリングリスト、

公開セミナーなどを通じて、力強くサポートさせていただきます。

(小葦)

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編集責任者: 小葦 泰治

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