【海外サイエンス・実況中継】留学への投資がその後の人生にみあうか~後編~

Post date: Jan 30, 2012 8:7:0 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ April 2010, Vol. 53, No. 11

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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前回に続き4月の編集を担当させていただく青木敏洋です。

前回のメールマガジンでもお知らせいたしましたが、

カガクシャ・ネット著/山本智徳監修の

「理系大学院留学-アメリカで目指す研究者への道」

が3月末に発売となりました。理系大学院留学実現のためのノウハウに加え

て最新の研究分野やインタビュー、統計データなど非常に充実した内容とな

っております。詳しくは以下のサイトをご参照願います。

http://kagakusha.net/alc/

前回に続いて今回も「留学の目的を明確にするチェックポイント」として

「留学への投資がその後の人生に見合うかどうか」について検証してみよう

と思います。これは留学を考える人が一度は抱く疑問ではないかと思います

し、人それぞれの人生の目標・キャリアパスによって変わってくるものだと

思います。

それではお楽しみください。

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大学院留学を実現するためのノウハウ

留学への投資がその後の人生にみあうか~後編~

青木敏洋

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日本で企業就職を目指す場合

もう10年以上前から、多くの企業(日本企業だけではなく、外資系企業も含

む)が、積極的に留学経験者、特に大学院修了者を雇用するようになってきま

した。ボストン、ロサンゼルス、ニューヨーク、東京などで、毎年大規模な就

職フェア(Job Fair)が(*1)催され、多くの企業、そして留学経

験者が参加します。企業就職の場合、日本の学生のような就職活動はできない

ものの、この就職フェアを利用することで、様々な就職の機会が得られます。

日本での一般的な就職活動に比べて、この就職フェアでは短期間で応募結果が

わかるため、就職についてはそれほど心配することはないでしょう。ただし、

アメリカの企業に比べると、いまだに日本企業は、博士号取得者・見込者の獲

得が積極的ではありません。そのような場合、大学院生・ポスドクに特化した

就職支援サービス(*2)などを活用することで、就職の窓口が広がるでしょ

う。

日本で研究職を目指す場合

一方、大学や研究機関への就職を目指す場合、日本の大学院に進学した場合に

比べて、「コネ」は弱くなってしまいます。日本では、大学や国立研究所のポ

ストにつくためには、誰が推薦してくれるかが大きな影響を及ぼします。日本

でのコネを重視するのなら、留学で日本を離れるのはマイナスになると言えま

す。ただし、海外での経験、つまり、英語のコミュニケーション力、海外での

コネ、そして海外で受けた研究者としてのトレーニングを評価してくれる研究

機関は、必ずあります。実際に、留学後に日本へ帰国して、日本の大学、研究

機関で活躍されている研究者も少なくありません。カガクシャ・ネットでも、

留学後、日本で教授職についている方も増えてきています。

また、海外にいるからと言って、日本の教授とネットワークを築けないわけで

はありません。海外の学会に参加される日本人研究者は、結構な数に上ります。

学会などを利用して、ネットワークを広げようとすれば、海外の大学院に在籍

している日本人はまだまだ少なく珍しいので、本人の努力次第で多くの教授と

交流を図ることが可能です。

アメリカで企業就職する場合、就職面

就職活動において最も重要なのは「ネットワーク」です。英語でいうネットワ

ークとは、日本でいうコネに近いものがありますが、日本でのようなマイナス

のイメージは全くなく、むしろ必要かつ優秀な人材をハズレなしに雇う手段と

して、非常に好まれています。アメリカでは知っている人を雇う、知っている

人の紹介を最優先する傾向があります。大学院時代に広げたネットワークを通

じて、様々な機会を得ることができます。そのため、元クラスメイト・ラボメ

イトの紹介で就職・転職することは、非常によくあることです。

アメリカで企業就職する場合、給与面

日本では、まだ企業が博士号取得者を積極的に雇用してはいないため、雇用し

たとしても、経済的な面での有利さは非常に少ないでしょう。初任給は、例え

ば、学士卒:20.5万円、修士卒:22.8万円、博士卒:25.8万円と、

博士の給料は多少高いと言う程度です。一方、アメリカでは、多くの企業が博

士号や修士号取得者を高給で雇い入れます。アメリカにおける全国平均給与は、

2006年のデータ(*3)によると、博士卒:115,377ドル、修士卒:

82,022ドル、学士卒:67,776ドルと、最終学歴によって給与に大

きな差が出ています。そのため、Ph.D. 取得に費やした経済的・時間的な投資

は、卒業後に十分回収できるので、多くの人たちが 仕事をしながらでも、修士

号や博士号を取ろうとします。これを、教育のアップグレード(Upgrading

Education)と言います。

また、Ph.D. 取得者は、若いうちからチャレンジングで重要なポストを任され

ます。入社後すぐにマネージャークラスのポストについたり、Ph.D.取得者がの

ちのち重役や CEO(最高経営責任者)になることはよくあることです。

これは、ただ単に博士号を持っているからではなく、大学院で受けた様々なトレ

ーニング、科学・技術の知識に加えて、洞察力、コミュニケーション力、新しい

物を作り出そうとする意欲、そして論理的に物事を考える力などが、企業でも大

いに役立つからでしょう。企業側もそれがよく分かっているので、博士号取得者

に重要なポジションを任せます。そして Ph.D. 取得者たちは現場で更なるトレー

ニングを受けると共に、自分の持っている技術を磨き、より重要なポジションへ

と昇進してゆきます。

アメリカ・海外で研究職を目指す場合

アメリカおよび海外で研究職を目指す場合、まず確実に英語のコミュニケーショ

ン力が要求されます。そのため、アメリカのPh.D. 課程で5~6年間、みっちり

トレーニングを受けた留学経験者は、英語圏以外で教育を受けた出願者に比べて

優位となるでしょう。もちろん、英語ができるだけで研究職を得られるわけでは

ありませんが、アメリカでは新しい大学教官の選考する際には、候補者が多くの

教授や学生の前でプレゼンテーションを行い、質疑応答をすることになります。

したがって、自分の考え、研究計画を的確に英語で伝えられる技術があることは、

選考の際に優位となるだけでなく、職を得たあとも、研究費の申請、論文執筆、

授業の受け持ちなどをする際に、必ず必要となるものです。

給与の面ではどうでしょうか。例えば、日本人留学生の多い生命科学系の教授職

の給与を見てみましょう。データによると、駆け出しのアシスタント・プロフェ

ッサー(Assistant Professor)の給与は、60,000ド

ル(中間値)程度ですが、教授(Full-Professor)の給与は

150,000ドル(中間値)となっており、成果次第では、大学教授でも20

万ドル以上の給与を得ているようです。つまりアメリカでは教授・研究職でも本

人次第でアメリカンドリームも可能と言えます。

最後に

前回、今回とこれまで大学院留学が人生に見合うか、というテーマでメリット・

デメリットを考えてみました。結局のところは留学への投資がその後の人生に見

合うかどうかは、本人の目標・キャリアパス次第ではないかと思います。

私にとっては留学のメリットはとても大きく、今の自分のキャリアにとって非常

にプラスになっていると感じます。特に、私にとってプラスだったのは、財政

援助に加えて英語によるコミュニケーション力の獲得が挙げられます。

このグローバル社会において企業、教育機関、国立研究所など、どこで働くにし

ても、非常に重要な技術となりました。研究成果を学会や論文で発表する場合は

もちろんのこと、他国の研究者、技術者、ビジネスマンとディスカッションをし

たり、交渉をしたり、取引をしたりと、様々な場面で必要とされる力です。言語

面でのデメリットを挙げるとすれば、特に英語で新しく習った事柄は、日本語で

の専門用語がわからないことですが、これは自らの努力で克服可能なことだと思

います。

繰り返しになりますが、留学がその後の人生に見合うか、という問いは簡単に

答えられるものではありませんが、この記事を通じて読者の皆さんが、留学そ

してその後のキャリアについて考える機会になればと思います。

*1:http://www.careerforum.net/

*2:例えば、 株式会社アカリク http://www.acaricsupport.jp/

*3:http://its.nmhu.edu/IntranetUploads/000845-AverageEarn-492008100025.pdf

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自己紹介

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青木 敏洋

熊本大学工学部卒業(1998年)、熊本大学大学院博士前期課程修了(2000年)。

米国アリゾナ州立大学材料科学・工学学際プログラム博士課程終了(2003年)。

ジョン・M・カウリー高分解能電子顕微鏡センターでの博士研究員を経て、

現在はJEOL USA, Inc.に勤務。これまでに米国の様々な大学、国立研究機関、

ハイテク企業に世界最新鋭の電子顕微鏡を納入・顧客の研究サポートなどの

プロジェクトに参画。2009年秋より米国リーハイ大学材料科学・工学科の客員

研究員を兼務。

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編集後記

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早いもので4月で渡米して10年になりました。この記事を編集しながら、こ

の10年を振り返り、留学への投資は留学後の自分の人生にプラスになったか

どうか考える機会がありました。結論から言うと、私のキャリアにとって留学

は本当に大きなプラスになっています。現在、テキサス大学サンアントニオ校

を訪問し、お客さんと共に世界最新鋭の電子顕微鏡を用いてナノマテリアルの

解析をしていますが、この研究室にはメキシコ、スペイン、インド、中国出身

の研究者・大学院生が所属しており、非常に国際的な環境であり、時として様

々な言語が飛び交うももの、研究や実験結果について討論をする時は当然なが

ら皆、英語をしゃべります。日常会話のみならず、サイエンスや技術的なこと

をかなり深いところまで話したり、討論するコミュニケーションの道具として

の英語力は私が留学で得られたとても貴重な技術の一つであり、今の私のキャ

リアを大きく支えてくれています。

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