【海外サイエンス・実況中継】体重の減少・減量に関する研究とその報道(後)

Post date: Jan 30, 2012 7:42:19 PM

執筆者: tyama (1:31 am)

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ July 2009, Vol. 48, No. 1, Part 2

_/ カガクシャ・ネット→ http://kagakusha.net/

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前回に引き続き、今村さんに「最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的

な可能性など」に関連するテーマを紹介してもらいます。前号の前編では、体

重を減らす必要があるのか、もしくは減らすと危険性を伴うのかという、一見

すると相反する内容の新聞記事・論文を例に挙げました。今回は、もう少し深

く読み込むことで見えてくる、その真意に迫ります。そして、結論としては、

報道されていることを鵜呑みにするのではなく、研究だけが一人歩きしないよ

う、また隠されている問題点を考え、そのために専門家の意見に耳を傾けるこ

とが重要とのことです。

さて、ここで理系の大学院留学進学を希望されている方にお知らせです!英語

圏、特にアメリカの大学院ですと、出願書類に Statement of Purpose (通称・

エッセイ)がほぼ必須で課されるでしょう。しかし、英語でこのようなエッセ

イを書いた経験がなかったり、そもそも何をどのように書けば良いのか、非常

にわかりづらい方も多いと思います。これまでにいくつかエッセイを書くため

の指南本が出版されていましたが、これまでにアルク社より出版されていた2

冊の本からそれぞれの重要事項を抽出し、新たに理系編・文系編としてまとめ

た、「留学入試エッセー」がつい先日アルク社より発刊されました。初めて英

語でエッセイを書く方には最適と言えるほど、質問分析・構成法が丁寧に解説

されており、また実例もふんだんに盛り込まれています。エッセイはかなり重

要な出願書類の一つであり、その作成にも相当の時間を要すると思います。直

前になって慌てないように、時間のある今から分析を始めることをお勧めしま

す。我々カガクシャ・ネットのメンバー数名が、エッセイサンプルの提供に協

力していますので、ぜひ書店などで手に取ってご覧下さい。

【アルク社へのリンク】

http://shop.alc.co.jp/spg/v/-/-/-/7009105

【アマゾンへのリンク】

http://tinyurl.com/na7kva

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最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な可能性など

体重の減少・減量に関する研究とその報道(後)

今村 文昭

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前回、次の2つの内容の記事、原著論文について報道の内容に焦点を当てて紹

介させていただきました。

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=136

(過去ログ閲覧には、無料のユーザー登録後必要です)

2つの論文に関する報道は、一方では体重を減らす必要性を論じ、一方では体

重が減ることでの危険性を論じ、お互いに矛盾しているような内容となり、包

括的な解釈に不安を抱かせるものです。

◇メタボ改善のために必要な減量目標

http://eiquida.notlong.com

【筑波大学の広報】

http://www.tsukuba-sci.com/index.php?mode=kijiid&id=1503

【原著論文(筑波大学の研究)】

http://dx.doi.org/10.1016/j.ypmed.2009.01.013

◇20歳過ぎたら体重減にも注意 死亡リスク、中高年で高まる

http://gaitam.notlong.com

【原著論文(がんセンターの研究)】

http://jech.bmj.com/cgi/content/short/63/6/447

はたして、がんセンターの研究は、筑波大学の研究と矛盾しているのでしょう

か?ポイントを絞ると、矛盾は感じられません。要点は次のようになります。

・筑波大学の研究の目的は、減量によるメタボリックシンドロームの基準に用

いられる指標の改善。

・したがって、がんセンターの研究では、メタボリックシンドロームに由来し

そうな病気、生活習慣病(特に心不全などの循環器系疾患)による死亡率が上

昇しているか見るのが妥当。

・筑波大学の研究はもともと肥満体系の女性をターゲットにしているように、

20歳からの体重減少で、標準体重まで体重が減った女性、肥満のままでも体

重が減った女性のグループにのみ注目するのが妥当。

がんセンターの研究の論文には、肥満の程度、疾患の大まかな種類に分けて検

討しており、もともと肥満であった女性が体重を減らしても、循環器系疾患の

率が上がっているわけではないことがわかります。この研究では、体重の減少

による高い死亡率との関係を検討しているのですが、特に強い関係を示してい

るのは、癌や循環器系疾患といったもの以外の死因です。この生活習慣病以外

の死因について、がんセンターの研究では、死因の詳細なデータがないため明

らかにできません。

つまりは、体重の減少と死亡率が関係するといっても、必ずしも日本における

メジャーな病気が死因となっているわけではありません。そしてその死因の詳

細もこの研究からはわかりません。また、可能な限りグループ分けしたりと、

多くの解析が行われているのですが、報道されてる内容はそのほんの一部です。

痩せようと思って痩せる人と、痩せようと思ってもないのに痩せる人との区別

が、この研究からはできません。しかし、報道の内容からは、現在の生活習慣

病関連のブームに相反していることの興味をそそる印象を与え得る内容となっ

ています。何が確実で、何がわかっていないのか、この研究から何が言えない

のか、詳細が記されるべきかと思います。

筑波大学の研究についても、人数が300人強と少なすぎないのか、メタボリッ

クシンドロームの条件を満たしていない人にとってはどうなのか、男性につい

ても同様のことが言えるのか、など疑問が浮かんできますが、そうした疑問に

ついて、報道から科学的証拠(エビデンス)に基づく回答を得ることはできま

せん。実際には、論文、および研究からもわからないことが多くあり、論文の

著者は、研究の問題点として提言しています。しかし、そうした問題点がある

ことすら、報道ではわからない状況です。

ということで、研究の論文にはいくつかの問題点があり、メタボリックシンド

ロームなどの公衆の関心の点から考えた詳細な記述もありません。また、こう

した研究に関する報道の1つの特徴として、研究に対して何の比較対象もなさ

れないことが挙げられます。研究が一人歩きしている状況です。今回例に挙げ

た2つの研究は、たった2週間のあいだに報告されたものなのですが、後者の

報道は、前者の報道に対して特に何の配慮もありません。また前者の報道につ

いても、5~10%という既存の推奨される体重の減量を覆すほどのものなの

でしょうか?報道でも研究でもそれは解決されていません。私見からしますと、

解析の段階で不十分です。それは報道側の情報の選択にも問題がありますし、

研究の結果を伝える側にも問題のあることといえます。

一般の方は、誰でも研究の抄録(abstract)を無料で読むことができます。研

究の抄録には、研究の大まかな内容が書かれています。報道される内容とは、

その範疇に限られてしまうことがほとんどです。しかし、残念なことに、抄録

にはアピールポイントと呼べるような、研究の良い意義しか書かれていないこ

とがほとんどです。どれだけ、その研究にどんな問題点があり、どこまで話を

飛躍させてよいのか、書かれていることはほとんどありません。

それに対して、がんセンターは、上で紹介したように、ウェブサイトに研究の

内容を紹介しています。それは先駆的で良いことと思います。また筑波大学の

研究者も、筑波大学の広報を通じて、情報を発信したそうです。しかし、その

ように研究の内容が紹介されても、記事にされるのはほんの一部で、従来の研

究内容とともに比較されるものではありません。また研究の問題点についても、

明確ではありません。

従って報道に関して言えること、すなわち読む際に念頭においておく方がよい

ことは、「研究が一人歩きしている状態である」ということ、また「問題点が

無視されている」ということがいえます。報道の情報に興味を持つ機会が多い

方は、ぜひ専門家の知識に頼る機会を同時に得て頂きたいと思います。

最後として、おまけですが、新聞記事を読んで、それがウェブを通じて、ブロ

グなどに波及していることがわかります。特に、数百人~数万人のデータを扱

う研究は、生活と疾患・死亡率を結ぶ研究が可能で、インパクトがあり、すぐ

に報道されてしまい、なおさらそうした波及の傾向があります。しかしながら、

そういった研究論文を、正しい方法論的知識をもって読み取ることは専門知識

が要求され、容易なことではありません。それに関連して、過去の研究と総合

して考える、問題点があるものとして研究報告を理解するといった基本的なプ

ロセスを経ていない情報が溢れています。私個人としては、どういう研究が行

われたか・・という情報のみを汲み取り、報道やブログの筆者の解釈などは意

にも介さないようになってしまいました。

次回の寄稿では、ここ最近の疫学的な研究と、米国・英国における報道の様子

を紹介したいと思います。

今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=137

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自己紹介

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今村文昭

上智大学理工学部化学科卒・コロンビア大学医学部栄養学科修士課程卒

タフツ大学 Friedman School of Nutrition Science and Policy 博士課程卒

ハーバード大学公衆衛生大学院疫学リサーチフェロー

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編集後記

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近年、研究者が報道とどう向き合えばよいのかということが研究のフィールド

でもよく話題となっていまるように思います。研究者は、一般社会のパズルを

1ピースずつ埋めていくことに献身しており、公衆の興味・関心を全部丸ごと

包括するような研究は、誰一人としてやっていないでしょう。1つの研究とそ

れに対する1つの報道の内容を眺めてみると、まずその辺の理解が必要なのか

なと思いました。(今村)

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発行責任者: 杉井 重紀

編集責任者: 山本 智徳

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