5/25【海外サイエンス・実況中継】アメリカ、イギリスを経由し、フランスで研究者になるまでの道のり(前編)

Post date: May 25, 2013 4:17:17 AM

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/ _/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』 _/ May 2013, Vol. 59, No. 2 _/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/ _/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ -- From editors -- 今週のメールマガジンでは、フランスで研究者として活躍されている杉尾明子さん から、Ph.D.取得後、現在のポジションに到達するまでの経緯をご紹介いただきます。 研究と子育て(家庭)のバランスという難題へのチャレンジも読みどころです。 杉尾さんには、次回のメルマガにてアメリカ・イギリスの研究環境とフランスの 研究環境の違いについてもご紹介いただく予定です。それでは「アメリカ、 イギリスを経由し、フランスで研究者になるまでの道のり」前編の始まりです! ------------------ 【1.Ph.D. 取得後の進路】 私がアメリカ、カンザス州立大学の博士課程にいたころは、毎日の実験や 論文の執筆に追われていたのと研究テーマが非常に面白かったため、卒業を一年 後に控えても、将来の研究課題に関してはあまりはっきりした考えがありません でした。唯一、はっきりとしていたことは、この先ずっと植物病理学の分野の研 究をしていきたい、だからこそポスドクでは少し違う研究をしてみたいというこ とでした。また、博士課程では病原菌の方を主に研究したのですが、今度は植物 側の研究の仕方をモデル植物を使って学びたいと思いました。さらに、アメリカ の文化は楽しくもありましたが、完全にはなじめずに(ちょうど同時テロ攻撃後、 ブッシュ政権のまっただなかでした)、アメリカに比べるとずっと落ち着いて見え たヨーロッパに行くことに憧れました。

   そのころ、ちょうどイギリスのJohn Innes Centre(JIC)とThe Sainsbury Laboratory(TSL)から次々と新しい発見が発表されていて、JICまたはTSLでポス ドクをすることに興味を持ちました。この二つの研究所は名前も違うし、研究費 の出所も違うのですが、同じ敷地内にあり、共同研究も盛んに行われています。 そこで、私は面白そうな研究をしているJIC/TSLのプロジェクトリーダー(PL)数 人にメールを出し、最終的にきちんとした返事をくれたPLとともにMarie Curie Incoming International Fellowshipに応募しました。そして、運よくこの奨学金 を獲得し、JICで2年間のポスドクを始めることができました。

   この最初のポスドクでは、植物のストレス応答機構を研究したのですが、 2つ目のポスドクでは、その後独立することも視野に入れて、植物と病原菌の両方を 研究したいと思いました。最初のポスドクの契約終了が迫り、次の行き先を考え 始めたところで、JICに新しく採用されたPLが昆虫に媒介される植物病原菌の研究を 始めました。植物と病原菌の相互関係はかなり広範囲にわたって研究されているの ですが、植物と虫の相互関係の研究はまだまだ発展の余地が有ると感じていたので、 私はこの新しい研究室にポスドクとして応募し、採用されました。 【2.現在のポジションを得た経緯】 さて、2度目のポスドクとなるとそろそろ独立を考えて自分の研究テーマを 発展させるべきところですが、ポスドクとしての仕事がとても忙しく、それだけで 手一杯でした。いい研究成果がまとまり始めたとき、いろいろあってどうしても 独立したくなり、若い研究者の独立を支えるフェローシップや大学の教授や講師 の職に応募しましたが、散々の結果でした。問題はいろいろとありましたが、一番 大きかったのは、私が提案した研究テーマだと思います。私のポスドクの研究から 出た副産物的な研究結果を元に、私のボスととは異なる研究プログラムを作り上げ る努力をしたのですが、それが結果的には十分な魅力を持っていなかったためだと 思います。

    そんな就職活動の合間に出産して、産休中も研究の提案書を書き、復帰後は 睡眠不足で働いて、本当に自分はPLになって、次の5年間をテニュアを獲得するために さらに働きたいのだろうか、と疑問に思い始めました。ポスドクの間は自分の面倒を みて、プロジェクトさえ前進していればいいわけですが、博士課程の学生をもったり、 ポスドクを雇うようになると責任も大きくなるので、これ以上の責任を持って子育て と両立してやっていけるのかどうか、やりたいのかどうか疑問に思いました。そんな こんなで、PLとしての仕事は見つからないし、仕事はともかく子育てで後悔するよう なことはしたくなかったので、少しのんびり仕事をする決心をし、その合間に適当に 就職活動をすることにしました。

    そんなときに、フランスのINRA(Institut National de Recherche Agronomique 国立農業研究所)で毎年恒例の大規模な研究者の公募があったので応募してみました。 この場合、ほとんどのポジションはCR2(chargé de recherche de 2ème classe)と いう研究者の入門レベルで、研究内容もすでに決められています。私の応募したポジ ションの研究内容はアブラムシの遺伝子制御機構等々に関するもので、この研究自体に あまり興味はなかったのですが、この経済危機下に終身雇用されるのはなかなか魅力 的であるし、いったん採用されたら自分の興味のある植物と虫の相互関係の研究を始め ればよい、と思って応募してみました。研究以外では、夫がフランス人であるため、 フランスという国自体にはどちらかというと好感を持っていたということを書き添えて おきます。

私はフランス語はほとんど話せなかったし、フランスは日本以上にコネ社会と 聞いていたので、だめでもともとという気持ちで応募して、あまり期待もかけていま せんでした。ところが、応募したことをすっかり忘れたころに、パリのINRA本部で 行われる面接に呼ばれたため、私は受け入れ先となる研究チームのあるRennesの研究 所を訪れ、このポジションに与えられた研究内容についてディレクターと話し合いに 行きました。正直なところ、その日まであまりこのポジションには興味を持っていな かったのですが、いろいろとおしゃべりをしている間に、この研究チームを率いる もう一人のディレクターがpopulation biologyの研究者で、アブラムシが植物に適応 していく仕組みや、共生菌がアブラムシの生態におよぼす影響を研究してることを知 り、この研究ユニットに強く惹かれるようになりました。また、研究チームの歴史が 長く、設備やアブラムシなどの実験材料が非常に充実していることを知りました。 テクニシャンの数も多く、アブラムシのことを知りつくしたようなベテランがそろっ ているため、新しく植物とアブラムシの研究プロジェクトを立ち上げるには最高の研 究所であると感じました。私はこのときポスドクとしてアブラムシを時々使うことは あったのですが、アブラムシについての知識は大して持っていなかったので、この チームに蓄えられた知識は、新しい研究を立ち上げる上で非常に魅力的でした。

さて、INRA本部での面接は英語で行い、とてもうまく行ったのですが、その チームで博士課程を修了した別の候補者に負けました。この大規模な研究者採用キャ ンペーンの後にINRAは毎年数人、CR1(chargé de recherche de 1ere classe)という 経歴の長い(基本的には博士課程終了後4年以上)研究者を募集します。この場合は 自分の興味のある分野の研究計画書を書いて応募することができたので、アブラムシ の植物適応について研究しているディレクターとともに計画書をまとめて応募しまし た。このディレクターが、彼自身の研究から得られたデータや資料を提供してくれた ので、研究の提案書はとてもスムースにまとまりました。ディレクターが専門とする population biologyや ecologyといった分野は、生態系の有り様を記述することが主 になる学問で、私が専門とするmolecular plant pathologyは、もう一歩踏み入って 生物や生物同士の相互関係を分子のレベルで解明する学問なので、二人の専門分野が ちょうどよくつながり、すっきりとした研究計画になりました。さらには、このディ レクターが面接の準備の際にたくさんの助言をしてくれたので、パリの本部での面接も 何とか無事にこなすことができ(この面接はCR2の面接よりもずっと厳しいものでした) INRAの研究者として採用されました。最初に応募したポジションよりは研究者の格が 上ですし、自分がやりたかった研究テーマだったので、回り道をしたようですがいい 結果となりました。 そんな苦難の就職活動と引越しも済ませ、昨年2012年の5月から、INRAの研 究者となりました。日々フランス語と格闘しているのですが、過去10年の研究生活 の中で最もリラックスしつつ、充実した日々を送っています。最初のアパート探しは INRAが手配してくれた会社が手伝ってくれましたが、私の呑気生活を支えているのは、 生活に必要な全ての書類手続きを一手に引き受けている夫であることを、書き添えて おきます。フランス語のできない日本人一家が、フランスの片田舎にやってきたら、 毎日相当な苦労をすることになるでしょう。

------------------------- 杉尾さんには、「アメリカ、イギリスを経由し、フランスで研究者になるまでの道のり」 後編として、アメリカ・イギリスの研究環境とフランスの研究環境の違いについて次回の メルマガでご紹介いただく予定です。次回は再来週の6/9に配信予定です。 どうぞお楽しみに! ------------------------ 【執筆者プロフィール】 杉尾明子 略歴 2012 INRA Research Scientist Institut de Génétique, Environnement et Protection des Plantes, INRA Rennes, France 2008-2012 Post-Doctoral Training Fellow (Maternity leave Nov. 2009-April 2010) Department of Disease and Stress Biology, John Innes Centre, UK 2006-2007 Marie Curie Incoming International Fellow Department of Disease and Stress Biology, John Innes Centre, UK 2005 Ph.D. in Plant Pathology Department of Plant Pathology, Kansas State University, USA 杉尾さんの過去の執筆が、カガクシャ・ネットワークメールマガジン バックナンバーより ご覧になれます。 http://www.kagakusha.net/system/app/pages/search?scope=search-site&q=杉尾明子 ━━━━━━━━━━━━━━━━━ カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/ (上記サイトで無料ユーザー登録後、バックナンバー閲覧可) 発行責任者: 石井 洋平 編集責任者: 日置 壮一郎 メールマガジンの登録と解除: http://www.mag2.com/m/0000220966.html ご連絡はこのメルマガに「返信」または以下のページから: http://kagakusha.net/Mailform/mail.html 友人・お知り合いへの転送は自由ですが、無断転載は禁じます。 転載ご希望の際は必ずご連絡ください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━