【海外サイエンス・実況中継】新低加速電子顕微鏡により明らかになる超~ナノの世界

Post date: Jan 30, 2012 7:45:17 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ November 2009, Vol. 52, No. 1

_/ カガクシャ・ネット→ http://kagakusha.net/

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今回は、アリゾナ州立大で材料科学において Ph.D. を取得され、その後、ポ

スドクを経て米国企業にて活躍されている、Aさんに執筆してもらいました。

Aさんのこれまでのエッセイは、当ウェブサイトの過去ログからご覧下さい。

(閲覧には、無料のユーザー登録が必要です。)

■ミクロな世界で活躍している新技術 ~ナノテクノロジー

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=29

■大学院留学:給料がもらえる院生とフレキシブルな就職口

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●Ph.D. 取得後のキャリアを成功させるには:企業編(前)

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●Ph.D. 取得後のキャリアを成功させるには:企業編(後)

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▲工学系の大学院事情

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★アメリカ企業就職サバイバルのためのアドバイス(前)

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今回の論文紹介は、いま最もホットな研究トピックの一つである、カーボンナ

ノチューブ・カーボン系ナノ材料に関連する、電子顕微鏡の開発に関してです。

まず最初に、この論文が発表される背景となっている、電子顕微鏡の性能と限

界に対する歴史を簡単に紹介し、その後に、今回紹介されている論文を執筆さ

れた、末永博士グループの業績をまとめています。どうぞお楽しみ下さい!

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最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な可能性など

新低加速電子顕微鏡により明らかになる超~ナノの世界

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ナノテクノロジー・ナノサイエンスとは、物質を作っている分子・原子レベル

の大きさの領域で起こる、特異な現象をうまく利用することで、飛躍的な技術

革新を起こそうとする、学際的な技術・研究領域です。この分野において、新

しく作製したナノサイズの材料や構造の特性を調べるのに、これまで非常に重

要な役割を果たしてきたツールの一つが、電子顕微鏡です。

「顕微鏡」という言葉を聞くと、多くの人は試料の拡大像を得る道具だ、と思

われるかもしれません。しかし、電子顕微鏡、特に透過型電子顕微鏡では、電

子の波としての性質から生じる回折という現象(電子回折法)を使って数ナノ

メートル(ナノメートルは、ミリメートルの1,000,000分の1)の微小領域の原

子配列の情報を得ることができます。さらには、顕微鏡内で加速された電子が

試料中の電子をはじき出すことに起こる電子のエネルギー変化、及びX線の発

生を利用し、試料の中に含まれる元素と、その含有量を特定できる(電子エネ

ルギー損失分光法およびエネルギー分散型X線分光法)だけではなく、その元

素が、試料中にどのように分布しているかを、イメージとして視覚化すること

も可能です。また、理論計算と実験を組み合わせると、試料の電子状態を調べ

ることもでき、ナノテクノロジー・ナノサイエンスのみならず、様々な研究分

野で利用されてきました。

電子顕微鏡の活躍の例を一つ挙げると、飯島澄夫博士は、この透過電子顕微鏡

技術を駆使して、新しいナノサイズの炭素材料の構造を明らかにし、カーボン

ナノチューブと命名されました[1]。

今回は、このカーボンナノチューブおよびカーボン系の材料研究分野がテーマ

です。世界的に活躍しておられる、末永博士の研究グループが、最近発表され

た論文についてご紹介させていただきます。末永グループは、この論文で、カー

ボン系ナノマテリアルを、原子レベルで解析するために必要な超高性能・高分

解能電子顕微鏡を見事に開発し、それを用いて行った画期的な研究について報

告されています。

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論文タイトル: Visualizing and identifying single atoms using

electron energy-loss spectroscopy with low accelerating voltage

著者: Kazu Suenaga, Yuta Sato, Zheng Liu, Hiromichi Kataura,

Toshiya Okazaki, Koji Kimoto, Hidetaka Sawada, Takeo Sasaki,

Kazuya Omoto, Takeshi Tomita, Toshikatsu Kaneyama and Yukihito Kondo

文献: Nature Chemistry Online, 5 JULY Volume 1, Issue 5, p. 415-418

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まず、この論文の背景となる部分を、少し説明したいと思います。

電子顕微鏡の分解能(どれくらい細かいものが見えるか)は、電子線のエネル

ギーの大きさとレンズの性能の両方で決まります。顕微鏡のレンズには、「収

差」と呼ばれる、ピンボケを引き起こす欠陥があり、既にレンズ技術の限界の

性能まで来ていました。そこで、分解能を上げるために、電子線のエネルギー

を上げる装置開発が行われ、一時期は100万ボルト以上の加速電圧を有する装

置も開発されました。

しかし、100万ボルト級の顕微鏡では、分解能は格段に良くなったものの、電

子エネルギーがあまりに大きいため(強い放射線を試料に当てている場合に相

当する)、試料がダメージを受けてしまうという問題が生じました。その一方、

電子線のエネルギーを上げる研究開発と平行して、ピンボケの原因を起こす「

収差」を補正する装置の開発が長年続けられてきましたが、ついに2000年前後

に、収差補正装置のついた顕微鏡の試作・商用化が行われ、分解能の飛躍的な

向上が達成可能となりました。

現在では、収差補正装置のついた10万~30万ボルト級の顕微鏡が、世界中の大

学・研究機関に設置されています(収差補正装置の付いてない顕微鏡も含める

と、10万~40万ボルトが世界の顕微鏡の主流です)。最新の30万ボルト級の装

置では、0.05ナノメートルの分解能を達成し、ナノサイエンス・材料科学の研

究に革新的な飛躍をもたらしました。

ところで、このようにナノマテリアルサイエンスにおいて、非常に重要な役割

を果たしている、この収差補正装置付きの電子顕微鏡ですが、現在のままの装

置では、ナノテクノロジー・サイエンスの主役ともいえる、カーボンナノチュー

ブの研究には向かないことが示されています。というのも、これまでの研究に

より、電子線のエネルギーが8万ボルトを越えると、観察中の試料が壊れてし

まい、正しい特性を調べることが難しいことが分かってきたのです。

カーボンナノチューブをはじめとしたナノマテリアルの正確な特性を、原子一

つ一つの高い分解能で調べるには、新しい低電子エネルギーの電子顕微鏡(専

門的には、低加速高分解能電子顕微鏡)の開発が必要とされました。そこで、

末永博士は、科学技術振興機構(JST)のCRESTからのサポートを得て、プロジェ

クトを立ち上げられました。

http://www.busshitu.jst.go.jp/kadai/year03/team03.html

末永チームの研究により、電子のエネルギーを8万ボルトより低い6万ボルトま

で下げることで、元素のマッピング(2次元的元素の分布をイメージ化する技

術)をする際に、試料のダメージを著しく軽減できることが明らかになりまし

た。ただし、6万ボルトまでエネルギーを下げると、これまで2000年前後に発

明された収差補正装置では、原子一つ一つを見る性能が著しく下がることも分

かりました。そこで、新たな概念をベースとし、より高性能な低加速用収差補

正装置(DELTA CORRECTOR)を見事に開発しました。この収差補正装置を使う

と、6万ボルト以下でも原子分解能を容易に得られるだけでなく、元素マッピ

ングを行うことも可能になります。

装置開発の詳細は、オンラインで発表された論文の補足資料に詳しく書いてあ

りますので、興味のある方はそちらをご参考ください。

この論文の中では、カーボンナノチューブの中に封入された、フラーレン分子

内に存在するカルシウム原子(原子番号20番)、ランタン原子(原子番号57

番)、セリウム原子(原子番号58番)、エルビウム原子(原子番号68番)を見

事に観察し、さらには電子エネルギー損失分光法を応用して、それぞれの原子

の種類を特定しています。特に、原子番号が一つしか違わないランタンとセシ

ウムを、原子一個という超高倍率で識別するのは非常に困難ですが、それを世

界に先駆けて達成されました。

より詳しい研究報告については、末永氏のホームページをご覧ください。

http://staff.aist.go.jp/suenaga-kazu/

数年前に発表されたプレスリリースもご参考ください。なお、装置の性能はこ

の当時よりも格段に上がっています。

http://tinyurl.com/yjda2r4

この装置開発と実験の結果から、これまで容易ではなかったカーボン系のナノ

マテリアル、あるいは軽い元素からなる有機・生物分子などを、原子レベルで

観察し、さらには元素の種類の識別、分布状態も試料にダメージを与えずに調

べられることが示されました。例えば、生物試料の中に存在する、カリウムや

カルシウム原子の位置を特定することもできるようになるため、ナノテクノロ

ジー・ナノマテリアルの更なる研究の発展のみならず、バイオテクノロジーや、

これまであまり電子顕微鏡が応用されていなかった有機系材料、あるいは有機

分子の観察・解析などナノテクノロジーの実用化において重要な研究が、この

装置により可能となります。

末永博士率いるチームはさらに次なる発展を考えておられ、今後のこのプロジェ

クトの行方に世界も注目しています!

●参考文献

[1] Sumio Iijima, Nature Vol. 354, 7, 56-58(1991)

2009年9月の時点で論文引用件数8754回

今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。

http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=145

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編集後記

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つい先日、ボストン美術館に“The Secrets of Tomb 10A”紀元前2000年のエ

ジプト展を家族で見に行きました。古代エジプトのミイラやお墓に関するミス

テリアスな神秘に触れることができ、とても楽しめました。またその展示で子

供達が展示物のスケッチをしたり、熱心に説明文を読んでいるのを見て嬉しく

なりました。子供の頃から、学ぶことを楽しむことは素晴らしいことだと思い

ます。(筆者)

これまで、いくつかの分野における、「最近発表された論文の簡単な紹介とそ

の将来的な可能性など」をお送りしてきましたが、次号からしばらくの間、第

3弾メルマガのもう一方のテーマである、「大学院留学を実現させるためのノ

ウハウ集」を配信予定です。ちょうど、2010年秋入学を目指す方々にとっては、

まさにこれからが出願の正念場だと思います。最初から順番に沿って配信して

いると、核心部分に到達するころには、出願シーズンが終わってしまうことも

懸念されるため、早めに取り扱って欲しい内容があれば、staff_AT_kagakusha.

net(_AT_を@に変換してください)まで、ご要望をどしどしとお送り下さい。

もしくは、メーリングリスト(http://groups.yahoo.co.jp/group/Kagakusha/)

に質問事項を投げかければ、多くの方々の意見が聞けると思います。(山本)

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発行責任者: 杉井 重紀

編集責任者: 山本 智徳

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