【海外サイエンス・実況中継】 病気の予防に史上最大の貢献:ワクチンはどのようにして働くのか ~ 免疫学

Post date: Jan 09, 2012 5:20:5 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ June 2007 Vol 11 No 1

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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研究の最前線をお伝えする第11回目。今週はダートマス大学で博士課程

在籍中の布施さんが、免疫学についてのエッセイを書かれています。私たち

はつい、人間の体の中で「記憶」することができるのは脳だけだと思いがち

です。ふだん、われわれは意識することがないけども、「記憶」することで

私たちの体を守っている、「体の免疫」について明らかにしていきます。

ちなみに、布施さんは最近、学術論文を投稿され、バイオニュースサイト

BioTodayにも取り上げてもらいました。

http://www.biotoday.com/view.cfm?n=18646&ref=rss

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今日のエキスパートな質問(答えは下にあります)

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1.世界で初のワクチンの成功例とされているのは?

2.エイズウイルスやC型肝炎ウイルスなどの、慢性感染を起こすウイルス

に対して、有効なワクチンを作ることが、なぜ難しいのでしょうか?

3. 癌ワクチンの開発の際大きな障害となる問題とは?

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「記憶」することができるのは「脳」だけではない ~ 免疫学

布施 紳一郎

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◆ 免疫記憶とワクチンの開発

一度感染症を患った人間は、二度と同じ感染症に冒されることはありません。

つまり、人の体は体内に侵入した感染物を「記憶」し、再び感染することを

防ぐことができるということです。このような現象は「免疫記憶」と呼ばれ

ています。

免疫記憶という現象は何も、近代に新たに発見されたことではありません。

歴史をさかのぼると、この事実に人類が気づいていたという記述が多く残さ

れています。

紀元前5世紀、地中海に浮かぶ当時ギリシャ領のシチリア島において、カル

タゴとギリシャの間に第二次シチリア戦争が勃発しました。しかしペスト

(疫病)の流行により両軍とも大きな被害を受け、カルタゴ軍は撤退しま

した。8年後、カルタゴは再びシチリア占領を試みますが、ふたたびペスト

が流行。この流行によりカルタゴ軍は壊滅的な被害をうけました。しかし

ギリシャ軍はほとんど被害を受けず、争いはカルタゴ軍の敗北に終わりま

した。なぜカルタゴ軍だけが被害を受けたのでしょうか?

それはギリシャ軍が前回と同じ部隊で臨んだのに対し、カルタゴ軍は前回と

は違った部隊を率いて侵略を行ったからです。ギリシャ軍の大多数は一度目

のペストを経験しており、感染を「記憶」していたのです。当時の状況に

ついて、歴史家ツキジウス(Thucydides)は著書「戦記」において、「同じ

人間は二度と冒されなかった」と述べています。

1846年、フェロー諸島において65年ぶりに天然痘が大流行し、人口の大

多数が被害をうけました。この流行を観察したデンマーク人医師、ルート

ヴィッヒ・パナム(Ludwig Panum)は次のようなことに気が付きました。

高齢者のうち、65年前に感染を経験しなかった人間のほとんどは天然痘を

わずらいました。これに対し、65年前天然痘の被害を受けた者は一人も

感染していなかったのです。彼らの体は、65年たっても一度目の感染を

「記憶」していたのです。

このように、人々は多くの感染症と向き合いながら、「免疫記憶」という

現象を経験的に知っていました。この現象をウイルスや細菌感染を予防する

ために応用したのが、「ワクチン」です。

中国においては紀元前から、天然痘の生存者の皮膚に残ったかさぶたを砕い

て粉にし、未感染者の鼻に注入する、という風習が一部地域において行われ

ていました。17世紀のイギリスやアメリカにおいても、患者の水泡の膿を

飲んだりする行為がおこなわれましたが、死亡率が高かったり、天然痘や他

の感染症が逆に伝染されたりと、決して有効な予防法ではありませんでした。

ここでエドワード・ジェンナー(Edward Jenner)という人物が登場し

ます。イギリス人医師であったジェンナーは、牛搾りを行う女性は、牛痘

(牛の天然痘で、人では軽い症状を起こす)には一度かかるものの、天然痘

にかからないことに気がつきました。そこで彼は、牛痘にかかったことの

ある女性から取った膿を、8歳の少年に注入しました。6週間後、天然痘を

接種したところ、少年は天然痘にかかりませんでした。1796年。これが

初のワクチン成功例とされています。

ワクチンの開発と普及により、以前の社会にとって大きな脅威であった多く

の感染症は、予防が可能となりました。はしか、おたふく風邪、風疹(ふう

しん)、ポリオ、黄熱病、B型肝炎などによる感染・死亡例は激減し、1980

年には天然痘の撲滅が世界保健機構(WHO)により発表されました。ワクチン

の開発は医学史において最も偉大な業績の一つと言っても過言ではないで

しょう。

◆ 慢性感染症に対するワクチン

これで人類は感染症を克服したのでしょうか?ワクチンの開発により、我々

は感染症に悩まされることはもうなくなったのでしょうか?

残念ながら、ジェンナーの実験から210年が経った今でも、感染症は我々の

社会にとって脅威であり続けています。ニュースでは毎日のように鳥インフ

ルエンザに関する報道が流れています。SARSが世界中に流行したのも記憶

に新しいことと思います。このように驚異的な速さで進化するウイルスや、

人類がこれまで出会ったことのない感染症は、われわれの社会に大きな影響

を与えつづけています。

そしてさほど新しくなくても、ワクチンの開発が難しい感染症も存在します。

その多くは慢性的に感染を起こす、「慢性感染症」です。つまり、一度感染

すると、その人の体内に長い期間(ほとんどの場合一生)潜みつづける感染

症のことを言います。

2002年の統計によると、全世界において最も死者数が多かった感染症は、

280万人の死者を出したエイズウイルス(HIV)でした。次いで結核の160

万人、マラリアの130万人と続きます。日本やアメリカでは人口の約2%が

C型肝炎ウイルス(HCV)に感染しており、肝炎や肝臓ガンの原因として

問題になっています。いずれも慢性感染をおこす感染症で、有効なワクチン

が未だに開発されていません。また、結核にはBCGワクチンが存在しますが、

決して効率の良いワクチンではないと言われています。なぜ有効なワクチン

を作ることが出来ないのでしょうか?

これには多くの問題が存在します。エイズウイルスやC型肝炎ウイルスは、

RNAというとても変異しやすい分子が、遺伝情報を担っています。よって

これらウイルスの進化はとても早く、たとえワクチンによる「記憶」が存在

しても、それをすり抜けることができます。これに加え、慢性感染症を起こ

すウイルスや細菌のほとんどは、人の免疫による攻撃から逃げたり、隠れ

たりする手段を持っています。そして一度感染すると、その人の免疫を弱め

たり、隠れたりしながら、長い間潜みつづけます。

もう一つの大きな問題点は、ワクチンがどのように働いて人の体を守るのか、

ということを、我々があまり理解していないことです。ジェンナーの実験

から210年経ったことを思うと、これはとても驚かされることです。しかし

免疫学と分子生物学の発展により、最近、免疫記憶の正体が「記憶細胞」

であることが明らかになりました。

一度目の感染やワクチンにより、その感染源だけを認識できる、固有の免疫

細胞ができます。それが「記憶細胞」へと分化し、その後の感染に備えて、

長いあいだ体内に維持されつづけます。この「記憶細胞」がどのように作ら

れ、分化し、維持されて、その過程でどのような遺伝子が関与しているのか

について、理解が進みつつあります。しかし、我々がわかっている「免疫

記憶」は、おもに天然痘やインフルエンザなどの、短い期間に感染をおこし、

短期に体外に除かれる感染源に対するものに限られています。

天然痘のように短期間で体内から駆除される感染物と、エイズウイルスの

ように長期にわたって体内に潜みつづける感染物では、似たような「記憶」

は形成されるのでしょうか?

人に慢性感染を起こす、カポジ肉腫ウイルス、エプスタイン・バーウイルス、

というヘルペスウイルスの一種があります。私の研究では、これらのウイ

ルスと同種に属するウイルスで、マウスに感染するマウス・ガンマヘルペス

ウイルス(MHV-68)というモデルを用いています。我々、および他グループ

の研究により分かってきたのは、「慢性感染ウイルスに対する記憶」は

「正常な記憶」と異なるということです。どのように異なるのか、また慢性

感染ウイルスに対する「記憶細胞」の形成、維持に、どのような分子が関

わっているのか。これらの質問を、私が博士研究において答えたいと思って

います。

◆ ガン細胞に対する「記憶」

免疫が関わっているのは、実はウイルスや細菌だけではありません。近年、

人の免疫システムが、ガン細胞を探知し駆除する能力を持っていることが明

らかになってきました。しかも、ウイルス駆除に大きな役割を果たす免疫

細胞が関わっているのです。これらの細胞にガン細胞を駆除するように命令

し、ガンの治療を目指す「免疫治療」は大きな注目を浴びています。

ただ、ここで一つ大きな問題が存在します。「外来」である感染物と異なり、

ガン細胞は「自分」の細胞です。人の免疫が形成される際、自分の細胞を

攻撃しないように免疫細胞に「教育」が行われます。さもなければ、自分の

細胞を破壊してしまうからです。このような現象を「免疫寛容」と呼び、

この現象が成立しないと、人は「自己免疫病」をわずらってしまいます。

興味深いことに、ガンに対する免疫治療が成功する患者は、自己免疫病を

わずらうことが多くあります。ガン細胞とともに、それとほぼ同じである

自分の細胞も破壊してしまうからです。ガン細胞だけを攻撃して、自分の

正常な細胞は攻撃しないよう、人の免疫システムに命令することが出来る

でしょうか?

また、手術や化学療法、免疫療法でガンの治療に成功しても、多くの患者で

はガンは再発します。ここで「免疫記憶」が登場します。ガンを手術で取り

除いた患者に「ガンワクチン」を与えることによりガンを「記憶」させ、

再発を予防させることが出来るでしょうか?これが博士研究で探求したい、

もう一つの大きな問いです。とても難しい問題で、博士課程の間でこれらの

質問に答えることは到底不可能にみえますが、夢を見るのも研究の楽しみだ

と思って、日々研究にはげんでいます。

<参考文献>

Rafi Ahmed and David Gray. 1996. Immunological memory and protective

immunity: Understanding their relation. Science 272:54-60.

Michael B. A. Oldstone. 1998. Viruses, Plagues, and History.

Oxford University Press.

(和訳:マイケル・オールドストーン(著)、二宮陸雄(訳)「ウイルスの

脅威-人類の長い戦い」岩波書店)

http://www.909shot.com/History/Newsletters/spsmallpox.htm

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自己紹介

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布施 紳一郎

2001年慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業。2003年東京大学大学院医学系

研究科医科学修士課程修了。2003年よりダートマス大学大学院微生物学・

免疫学プログラムに在籍、現在に至る。2005年よりアルバート・ライアン・

フェロー。

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今日のポイント(エキスパートな質問の答えです)

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1. 1796年のエドワード・ジェンナーによる免疫実験。牛痘にかかった

ことのある女性から取った膿を用いて8歳の少年を免疫し、この少年が天然

痘にかからないことを確認した。ただし古代中国でも似たような試みが行わ

れていた。

2. 慢性感染を起こすウイルスや細菌の多くは、変異をしやすいRNAを

遺伝情報として持っていたり、免疫からすり抜ける機能を持っている為。

3. 癌細胞は自分の細胞であり、免疫細胞が癌細胞と自分の正常な細胞を

識別できない。

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編集後記

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早いものでダートマスでの大学院生活も4年目が終わりを迎えようとしてい

ます。来年の冬か春に博士論文のディフェンスを予定している為、最近は

投稿原稿を書きながら自分の結果が本当にどのような意味を持つのかを考え

たり、博論のまとめ方を考えたり、今後の進路について考える時間が増えま

した。この4年弱はあまりに忙しくて立ち止まってこのようなことを考える

時間があまり無かったせいか、何だかこのような時間がとても貴重に思え

ます。

(布施)

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