4/12【海外サイエンス・実況中継】ストワーズ医学研究所 PhDプログラム紹介‏

Post date: Jan 30, 2012 8:19:2 PM

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PhDプログラム紹介

Stowers Institute for Medical Research

杉村 竜一

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今月もメルマガの編集をさせていただく、杉村です。

今週は、私の所属するストワーズ医学研究所とプログラムの紹介をさせていただきます。

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ストワーズ医学研究所(Stowers Institute for Medical Research)の紹介

研究所設立のコンセプト

私の所属するストワーズ医学研究所(Stowers Institute for Medical Research)は、Jim and Virginia Stowers夫妻というアメリカンセンチュリーの設立者によって、2000年に寄贈された研究所です。

彼らは自分達が癌に罹患した経験をもとに、Basic researchの重要性に気づきこの研究所を建てようと決心しました。大富豪の寄付によって作られた研究所は、日本ではまずないと思います。このように、科学者ではない一般市民が明確な形で科学に貢献するアメリカの風土は非常におもしろいです。

研究分野

癌の研究ばかりしているかというと、実は癌をメインでやっているラボはありません。むしろより基礎的な生物学の研究を重視しています。創立者のJim and Virginia StowersのBasic researchを大事にする思想がここに現れていると思います。

生物学の分野でいえば、「遺伝子転写、細胞分裂、発生」といった内容が主流です。モデル動物は、酵母やハエがメインです。マウスを使っているラボは少数です。

日本の大学でいえば、医学部よりも理学部生物科に近い感じです。ただし少数のラボではNeuroscienceや幹細胞といった医学よりの研究もされています。私のいるラボも幹細胞をしています。ちなみに、免疫学をしているラボはありません。これは、「免疫学は既存の大学や研究所でself-sufficientだ」という研究所の方針に基づいています。ただし、この数年の研究所の動向を見ていると、「もう設立から10年たち研究所の土台ができあがった。もう少し医学よりの研究をしていこうか」という空気を感じることができます。その例として、ラボのリクルートが非常に積極的に行われていますが、今年は発生、再生や幹細胞をしているラボが2つ来ます。

研究所の規模と設備

研究所全体のラボの数は24(今年+2)、ポスドクは100人、院生は40人と、あまり大きくはありません。ただし、設備はすごいです。分子生物学、マイクロアレイ、プロテオミクス、イメージング、サイトメトリー、細胞培養、ハエやマウスの飼育施設など、あらゆるFacilityが存在し、実験をスムーズに行えます。Facilityにはきちんと専属のスタッフが常駐しているので、日本の共同研究施設のように、機械が壊れたら数ヶ月間放置ということはありません。私もサイトメトリーを中心に、いくつものFacilityと毎日共同で実験しています。多くのポスドクが、この設備に魅かれてやってきます。

あと、建物がすごくきれいです。日本の大学の建物はコンクリートがむき出しで寒い外観が多いですが、この研究所は豪華ホテルを参考に飾られています。

研究者のストレス軽減を目的にしているそうです。アメリカでいくつかの大学を見学したときも、多くの建物がきれいに飾られているのが印象的でした。殺風景な建物が多い日本の研究施設は、この点を見習うと面白いかもしれません。日本では、建物がきれいな例として神戸の理研CDBがあるでしょうか。

PhDプログラムの紹介

先ほど書いたように、院生は全学年で40人です。大きくわけて、2つのプログラムがあります。ひとつは、近所のKansas University Medical CenterのPhDプログラムを通してストワーズ医学研究所に来るパターンです。

2年弱のコースワークとローテーションを終えて、thesisをするラボをストワーズ医学研究所に求めてやってきます。全学年で20人くらいでしょうか。もうひとつは、直接研究所に在籍するPhDプログラムです。研究所自身には学位を与える権限がまだないので、正式にはイギリスのOpen Universityという大学と提携して、欧州の学位審査機構から学位が与えられます。来年からは研究所自身が学位を授与できるようになります。私はこちらのプログラムに属しています。以下、このPhDプログラムをメインに書きます。

こちらの学生は全学年あわせて10人います。修士(あるいは私のように6年制の大学)を既に卒業していて、数年のラボ経験があり、さらにこの研究所のサマープログラムに参加した学生を基本的に採用しています。コースワークはなく、即戦力としてラボで働きます。イギリス式に、年限が4年と決まっているので、初日から学生は死に物狂いで働きます。

プログラムができて5年しか経っていないので、最近卒業生が2人出たところです。成果としては、これまでにNature1本、Molecular Cell2本、Journal of Biological Chemistry2本がプログラムの学生から出ています。学生の出身は、中国、ドイツ、イギリス、ロシアそして日本です。半年に一度committee meetingがあり、プロジェクトの進行度や知識を確認されます。

もしここで知識不足が露呈すると、お隣のKansas University Medical Centerのコースワークに入ることになります。入学から1年後に関門試験があります。これは2日に分かれていて、初日は自分のプロジェクトで30分ほどのプレゼンに基づいて1時間ほど質疑応答が続きます。2日目はgeneralな生物学の内容の口頭試問で、数時間知識を試されます。落第率は20%です。

落ちた場合は、追試を受けることができたり、ラボを移ってはじめからやり直しとなったります。先ほど紹介したcommittee meetingではプロジェクトの進捗を試されていて、ここで残念ながら退学になったケースもあります。私は今のところ順調にクリアしています。ただ、幹細胞をしているラボは研究所でもマイナーなので、私のデータは多くのcommitteeの教授には見慣れないもの(マウスの造血幹細胞移植モデルなど)であるため、実験系の説明に毎回苦心します。

他に、ヨーロッパの大学院からの交換留学生が10人くらいいます。

学生生活

学生のトレーニングとしては、committee meetingやラボでの実践(実戦?)だけでなく、毎週2回の研究所全体セミナー、分野ごとのセミナーやワークショップがあります。年に一回は研究所全体セミナーで発表することが義務づけられています。

また、Kansas University Medical Centerでの関連分野のコースワークを自主的に選んで参加することもできます。

学生の自主的な活動として、毎週1回勉強会をしています。Departmentという区切りがないので、いろいろな分野の学生が集まります。遺伝子転写、発生、細胞分裂、幹細胞、神経と専門はさまざまです。

毎月トピックを決めて、論文を読んだりセミナーをしたりします。2年前に私とあと2人の学生が、コースワークがないことから知識不足に陥らないようにという理由で始めました。しばらく3人だけの時期が続きましたが、今ではコースワークのあるKansas University Medical Centerの学生からも好評で、毎回10人くらいの参加者が来ます。詳細を書かせていただきます。

日時:毎週水曜の晩7時半─9時

人数:10名ほど

内容:月ごとにトピックを決めます(たとえば、4月:神経生物学、5月:幹細胞生物学など)。

第1週:各トピックのイントロダクション。オンラインのビデオセミナーを観たりします。http://ibioseminars.org/ やhttp://hstalks.com/ が便利です。最近は見尽くしたので、論文のレビューなども参考にします。

第2週:トピックに関するテキストの章をひとつ輪読会します。GilbertのDevelopmental Biologyを使っています。章を簡潔にまとめたうえで、関連する論文を読んで議論することが多いです。

第3週:トピックに関連する論文をプレゼンして議論します。

第4週:ラウンドテーブル。有志3人で自分のデータを発表します(トピック関係なし)。

第5週(あれば):みんなで外食しにいきます。なぜか勉強会以外のメンバーも集まってくるので、出席率200%です。

町の紹介

ストワーズ医学研究所はミズーリ州のカンザスシティにあります。ちょうどアメリカのど真ん中です。ただっ広い大草原で、オズの魔法使いの舞台です。竜巻が毎年発生しますが、町を直撃することはまずありません。夏はカラッとしていてすごしやすいです。

その代わり、冬は寒く、たまにマイナス20Cまで冷え込みます。めちゃくちゃ田舎というわけではなく、中規模の都市です。実は私は車を持っていないので、あまり遊びにいっていません。それでも退屈せずに毎日ラボで働いてます。

なのであまりカンザスシティの娯楽について書けることがないのですが、夏はキャンプやBBQが楽しめます。少しドライブしたところに国立公園がいくつかあるので、そこに遊びにいく友人も多いです。

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自己紹介

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杉村 竜一

大阪大学医学部医学科卒(2008)。以降、米国カンザスシティのストワーズ医学研究所にてPhDプログラムに所属。造血幹細胞の研究に従事する。

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編集後記

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カンザスもしだいに暖かくなり、すごしやすくなってきました。

来年夏に予定の卒業に向け、日夜実験にいそしんでいます。ここで宣伝ですが、

6月のISSCR(国際幹細胞学会)@トロントで口頭発表をさせていただきます。"Stem Cell Asymmetry"の

セクションです。もし同分野の方がおられましたら、見に来ていただけるとうれしいなーと思っています。

(杉村)