8/7【海外サイエンス・実況中継】医学部出身者の理系大学院留学(後)

Post date: Jan 30, 2012 8:22:38 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ August 2011, Vol. 53, No. 41

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_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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前編の杉村さんに続きまして、後編の土屋さんです。

お楽しみください。(中尾)

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医学部出身者の理系大学院留学(後編)

Uniformed Services University of

the Health Sciences

土屋基裕

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the Health Sciencesの紹介>

米軍の医大です。NIHの向かいにあります。野生のシカがいます。

全米何位だの有名な卒業生だの、そういうネタは皆無、

小さな無名なプログラムです。自虐ネタはいくつかありまして、

大学名の日本語訳もなく、狭義の?日本人は大学全体でたぶん

私しかいません。アメリカでも認知度は低く、敷地内の病院に

入院していた人でも大学の存在を知らないし、NIHから来る研究者

のセミナーでは「道の向かいにこんなスバラシイ大学があるなんて

知らなかったわ。」というフレーズが高確率で入ります。向かいなのに。

さて、PhDプログラムとしては分子細胞生物学、神経科学、

微生物学、精神医学が大きなところです。学生数はどれも各学年

6人前後です。小規模なので大学院担当副医学部長は院生全員

の顔と名前を覚えています。ルールは他大学院とほとんど同じだと

思いますが、違いとしては、学部課程がないのでTAをすることが全く

ないことです (MD, PhD, MPH, および看護学大学院のみ)。

そのせいか、コースワークが多めです。2年目まできっちりあり、つらいです。

それから、困ったときの学生相談室とかサポートセンターみたいな部署

もありません。学生手当ては年間24000ドル程度で平均的かと思い

ますが、これに税金は課されません。国防総省の大学ですが、外国人

の院生・ポスドク・教官も多いです。基礎研究よりも戦場や野戦病院

で役立つ臨床医・専門看護師養成に重点をおいています。感染症

や外傷や放射線生物学や精神医学といった軍に必要な実用的な

分野には人員・予算も重点的に配分されています。私はこれらとは全く

関係ない生化学科のラボに決めました。生化学科に所属する院生は

3人しかいないので少しさびしいですね。それと私のプログラムにだけ

MD/PhDの学生がいないので、それもさびしいです。

特定の疾患と結びつかないからでしょうか。

<学生のバックグラウンド>

外国人は理学部卒で生物学の修士号を持つのがほとんどです。

さらにバイオ企業や研究所でテクニシャンや助手を数年やるのも珍しくない

です。私のように日本の医学部をとりあえず卒業したというだけでは無力

であり、他学部2年生に及びません。単に知識や技術というだけでなく、

研究者社会でのコミュニケーションや無意識に共有される価値観・ささい

な常識など、前提となる条件はいくつもあります。現実の入学選考および

入学後も、基礎研究のバックグラウンドがないといろいろな場面で絶望的

劣等感におそわれたり、しなくていい苦労をします。これらは医学部学士

入学者は違うかもしれません。私の医学部は基礎配属がなく、ラボに足を

踏み入れたことがないまま卒業しました。成績も下の中くらい、英語もダメ。

13校中11校リジェクトでした。杉村さんのように学生のときに意識的に

基礎研究に関わらないと、取り返しがつきません。何もしないで卒業して

しまった方はアメリカの修士課程はひとつの選択肢かもしれません。

私は修士からやればよかったと何度も思いました。しかし、多くの国の医学部

卒業生がアメリカやイギリスの学術系大学院に学び基礎研究にコミット

しています。私のプログラムでもフィリピンの医学部を中退してきた院生が

います。これがおれのやりたいことだと100%確信しているから、と言って邁進

しています。私は将来は研究者ではなく病理医として働きたいと考えて

いますが、基礎医学の論理や哲学・PhDとしての自立性が今後の病理医

に求められると思っています。

私は基礎医学の研究者を目指しているわけではありません。

医学部に入る前から、ずっと病理医になりたいと思ってきました。

病理医になるひとは少ないですし、在学中の医学教育上の政策や改革

などでも病理医の存在が鑑みられたことはほとんどなかったと思います

(基礎研究者ほどではないにせよ)。そのせいで、病理医って何なんだ?

ということをずっと考えさせられてきたのですが、臨床より基礎医学の探求姿勢

が求められているはずだと思うに至り、アメリカの大学院に出願しました。

大学院に行こうと決めたのが6年の秋ぐらいだったので、その時にはもう初期研修

をやることは決まっていました。将来は小児病理学を専門にできればと思って

います。

<臨床研修(医学部の人へ)>

臨床研修をどうするか。私は某病院で研修していて2年目に中断しました。

日米関わらず学術系大学院に行こうというならば臨床医になろうとは思って

いないことが前提であり、したがって臨床研修は必要ありません。

臨床医になりたい人が行く大学院は学術系大学院ではないです。

私は6年の夏から秋くらいまで北米の学術系大学院に行くことを確信できず

におり、そのときには既にマッチングが成立していたので研修はやるしかない

状況でした。マッチしたのは実はランクオーダーリスト最下位の病院でしたが

病院に全く不満はありませんでした。

ちなみにランキング上位に病理部あるいは病理教育が充実した病院を書きましたが、

成績下の中では望むべくもないところばかりです。大学病院は最初から受ける

気はありませんでした。しかしこれらの病院に行っていたら研修中の北米大学院

への出願準備は精神的・体力的(+地理的)に私にはまず無理です。

というわけで、臨床研修を受けたのも途中で大学院に行けたのも100%外因

によるものです。病院に不満がなく、多少貯金ができたのはよかったですが、

研修の内容自体は毒にも薬にもなりません。入学選考でもたぶん評価

されないでしょう。

どちらにしろ最悪なのは、周囲の空気に流されてなんとなく…というものです。

「臨床経験が基礎研究に役立つ」という主張も聞きますが、基礎研究に

役立つほどの臨床経験というのは5年だか10年だか知らないけれど、

非現実的に長くかかりそうな気がしたので、そういう主張はスルーしていました。

臨床研修について悩んだり基礎への確信が揺らいだ時には、

下記の九州大学生体防御医学研究所のラボが勇気付けてくれます。

<参考になったwebsite>

http://www.petersons.com/

各校の合格率がわかります。数値の根拠はよくわかりません。

http://d.hatena.ne.jp/kaz_ataka/

Yale大学神経科学PhDのひとのブログ。おすすめです。

http://www.gradcafe.com

志願者による合格状況がリアルタイムで投稿されます。有名校に偏りがちですが。

http://www.bioreg.kyushu-u.ac.jp/saibou/message.html

九州大学のあるラボのページ。基礎への確信が揺らいだときに見るといいです。

(編集後記)

実は研修病院の受験と同時期に、

インターンも応募したのですが、あえなく不採用でした

(waiting listにも入らず)。しかしその胴元の医大の大学院に

合格することになりました。臨床医学教育と基礎医学教育がいかに異なる

価値観を持つのか、端的に表すエピソードかなあと勝手に思っています。

ちなみにPSや推薦状はほとんど一緒です。バックグラウンドも将来の目標も

一つしかないので。

医師の方は日本の各種奨学金のほか、日米医学医療交流財団の

フェローシップに応募できます。これはポスドク留学あるいは臨床留学用を

主目的としていますが、私が問い合わせたところ学術系大学院留学でも

可能と言われました。それで私も面接を受けましたが、落ちました。

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編集者自己紹介

中尾 俊介

慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業(2007)。

その後UC RiversideのPhDプログラムにて、大気環境の研究

をしています。

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編集後記

いよいよPhDラストイヤーとなりました。長いようなあっという間だったような4年間

でした。昨年末、結婚しまして(未だに遠距離ですが…)、公私共に充実した

一年としたいです。(中尾)

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