【研究者向け】第5回:科学英語に関して: 統計学者からのアドバイス by 今村文昭

Post date: Jan 30, 2012 7:17:39 PM

統計学は社会科学においても、自然科学のおいても、重役のような存在

で、欠かすことができません。実際に、有力なJournalの中には、

Reviewerに統計学者を置いているものもあります。そうしたJournalにおい

て、統計学を軽んじてはネガティブな印象を与えることがありえます。このコ

ラムでは、多くの研究に欠かせないその統計学から、論文の執筆と関連する

事柄をに2点紹介させていただきたいと思います。

『統計学用語の誤用について』

まず、次の3つのウェブページをご覧ください。

それぞれDNAという単語を用いています。

http://www.hondatrading-jp.com/business/living.shtml

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20071203/288530/

http://www.layers.co.jp/company/message_03.shtml

おそらく誰もが、DNAが生命科学における専門用語と認識できるかと思います。

しかし、これらの記述では、DNAという単語は、その「デオキシリボ核酸」とい

う意味を脱して、抽象的な意味をもつ単語として用いられています。その是非

はこうした記事では、科学的妥当性など関係の無いと考え無視しましょう。

しかしながら、科学論文において専門用語の抽象的な使用があった際には、

紛らわしいものとなるので避けるべきです。

こうした専門用語の誤用が統計学者の述べる事柄の1つです。significance,

variable, robust, gross, likelihood, level, factor, sample, random,

parameter... 一見すると普通の単語として使えそうなものですが、これらは統

計学の理論とその応用やそれに基づいた解釈において重要な役割を果たしま

す。

たとえば、Significanceという単語は、結果の有意性の有無を示する単語

ですが、そういった科学的な有意性という意味ではなく、著者の任意の解釈とし

てこの単語を用いることは問題となるのです。さらに、統計学的に有意なのか、

統計学的でなくとも実際問題として有意義なのか、明確にすべきでしょう。また、

その統計学的な有意性の有無に囚われて、significanceという言葉の頻繁に

使用したりするのも避けるべきで、科学英語で用いる英単語としては、非常に

侮れない単語なのです。

parameterという単語は様々な分野で非統計学的に使われているようでDr.

Goodmanは次の論文でその事実を紹介しています。(paradigmという単語に

ついても、揶揄する調子で紹介しています。)

N.W.Goodman,

Paradigm, parameter, paralysis of mind

Brit Med J(BMJ), 1993;307:1627-9

parameterという単語について、この論文で挙げられている曖昧な使用例は、

・変数(variable)としての意味

・指標(measure, index)としての意味

・測定対象の種類(types)としての意味

論文を参考に簡単な例を挙げるとparameters of the phenomenum、to

analyze the economic parameters などと書いてみると、それらしく読め

ます。しかし、実態としては何かわからないということです。この例ですと、

measurable characteristics of the phenomenum、to analyze the

economic variablesと書いた方が良いと言えるのです。parameterというの

は、データの分布・形状・確率を示す量的な因子を意味します。meanや

standard deviationといった単語の出てくる科学論文において、parameter

という単語の誤用は紛らわしいというわけです。

皆さんは、Method SectionにGross Analysisという標記があったら何を思

い浮かべますか?経済学と解剖学においてあり得る話ですが、全く意味が違い

ますね。そんな形で、各分野において見慣れた単語にも専門性が潜んでいるも

のなのです。統計学は量的な研究には何らかの形で貢献しているので、統計学

用語が筆者の意図しない意味で使用され、誤解を生むことがあり得るのです。

論文を書く際にはもちろん、目を通す段階から、気をつけていたいものですね。

統計学者の述べる2点目は、統計学の方法と科学論文との関係についてです。

統計学の教育について論じている次の論文を参考にしました。

G. Samsa, E. Z. Oddone,

Integrating Scientific Writing Into a Statistics Curriculum:

A Course in Statistically Based Scientific Writing

Ame Stat, 1994;48:117-119

近年、生命科学の分野では、統計手法が適確に用いられていないことが問題と

なっています。たとえば、Nature Medicineという有力なJournalでは、

ある期間に公に出た論文の、約30%のP値(結果の有意性を示す一つの指標)

が誤りであったと報告されています。そうした過ちについて指摘されてい

るように年々、統計手法に関するReviewの目は厳しくなっています。正しい統計

を用いるのはもちろんのこと、Method Sectionにおいて、仮説に対して適確な統

計方法を採用していることを示さなくてはなりません。その執筆の際の鍵について、

Dr. Samsaは述べています。

Dr. Samsaは、ある統計手法を用いる際に、何を統計学的に試験しているのか、

さらにその統計方法の条件(前提)を明示することを勧めています。さらにMethod

Sectionを越えて、もともとの仮説を試験するにその統計方法が適当であることを

明示し、統計解析結果の解釈では、仮説と解析方法と結果との関係を示すこと

を勧めています。

Dr. Samsaの挙げる具体例を噛み砕いて紹介したいと思います。2群の平均値

の比較検定において、t-testとwilcoxon testの両方が使われることがよくあります。

その使用をMethod Sectionに述べる際には、どんなときにt-test、あるいは

Wilcoxon testを使うのか、どのグループを比較対象群にしているのか明確にし、

さらにその検定に基づいた結果を解釈する際には、検定によってどの仮説がどう

明らかになったのか論ぜよということです。

一般的に科学論文では、Method Sectionにおいて、なぜその方法を採用し

たのか論じることが求められています。Dr. Samsaの勧めていることの1つはまさに

それと同意なのですが、さらに

1)元々の仮説を試験するのにその検定が適当か

2)研究のデザインと検定との相性は妥当か、

3)検定の結果がその仮説の試験と証明とが適確に関係しているか

を明確にするように求めています。つまりは、統計方法をイントロダクションから結果

とその解釈まで、『リンク』させることを勧めているのです。

皆さんの目にする研究論文において、統計方法だけ詳細に欠け孤立しているよ

うな論文はありませんか?そういった論文ではなく、統計を含めて筋が通っているも

のを執筆することが統計学者より推奨されているのです。Dr. Samsaはその統計

手法を盛り込んだ、導入から結論までの『リンク』を強調しています。お時間がある

方はぜひその『リンク』を念頭に論文に目を通してみてください。

今回で科学英語に関するコラムは終りです。科学英語というと、非英語圏から留

学した者としての問題があるように感じますが、それだけではありません。英語力が

あれば書けるものでもなく、さらに、英語力以外の構成のところで質を向上させるこ

とができるものなのです。科学論文自体が研究対象となり、いろいろな視点から眺

めることができるということで、私のコラムが皆さんの科学的な興味をくすぐり、科学

英語の執筆が楽しいものと感じていただけたら幸いです。