【海外サイエンス・実況中継】 植物の防衛システムを理解し、微生物の攻撃から守る~ 植物病理学

Post date: Jan 09, 2012 5:14:4 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ April 2007 Vol 8 No 1

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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研究の最前線をお伝えするのも8回目となりました。今回はカンザス州立大

で博士号を取られた杉尾明子さんが、植物が病気になるのを防ぐシステムに

ついての紹介をしてくれます。人間や動物でのバクテリアやウイルスに対す

る免疫とは異なった、独特の防衛システムが植物にはあるようで、興味深い

です。

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今日のエキスパートな質問(答えは下にあります)

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1.分子生物学の手法を用いることによって、植物と微生物の戦いをどの

ように研究できるのでしょうか?

2.病原性のキサントモナス菌は、どのような形で稲を攻撃するのでしょう

か?

3. 杉尾さんのグループの研究により、そのバクテリアがどのようにして、

稲の細胞を侵すことができるのが分かったのでしょうか?

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植物の防衛システムを理解し、微生物の攻撃から守る~ 植物病理学

杉尾 明子

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植物も病気になります。カビ、ウイルス、バクテリアなどの微生物が植物に

侵入し、豊富な栄養源を吸収しながらその数を増やし、植物の成長を妨げた

り、最終的に植物を殺してしまうこともあります。植物の病気は農業に打撃

を与え、さらには社会的にも大きな影響を及ぼします。1845年から

1849年にかけて、アイルランドではカビによるジャガイモの病気が流行

り、大飢饉となりました。この飢饉と貧困から逃れるため、多くのアイル

ランド人がアメリカへ移住したという例は、植物の病気が社会に与えうる

影響の大きさを示しています。

もちろん、植物も黙って微生物に侵入されるのを許しているわけではあり

ません。多くの植物が、微生物に有害な化学物質を作りだし、身を守って

います。植物には、動物にあるような体中を駆け巡る免疫システムが無い

ため、ひとつひとつの細胞が微生物の侵入を一瞬に感知して、植物全体の

防衛力を高めたり、攻撃を受けた細胞たちが侵入者を巻き添えに自殺をする

ような、特別なシステムを持っています。一方、植物の防衛力の進化に対応

して病原菌も進化し、新しい方法で植物を攻撃します。こうして、植物と

病原菌は常に戦い続けているのです。

人類はこれまで農作物を栽培し、その経験を通じてたくさんの実をつける

品種や、病気に強い品種を長い時間をかけて選択してきました。しかし、

病原菌もそれに対抗して進化を続けるため、私たちは今でも「病気に負け

ない品種探し」を続けています。

植物病理学というのは、植物と微生物の攻防を学ぶ学問です。大きな視野を

もって、植物(農作物)の分布や病原菌の性質、天候、地形などを研究すれ

ば、病気の起こりやすい地域の予想を出し、農作業へのアドバイスをする

ことができます。病気の流行をいち早く見つけて大流行となる前に食い止め

たり、外国から輸入されてくる植物を検査してそれに伴う病原菌を検出し、

病原菌を入国させないようにする手段を開発するのも、植物病理学者の関わ

る重要な仕事です。

また、近年盛んに研究がなされている分子生物学の手法を取り入れることで、

植物と微生物の戦いを、遺伝子やたんぱく質といった分子レベルで解明する

ことができます。戦いの様子を詳しく観察することで、今まで人類が長い

時間をかけて行ってきた「病気に負けない品種探し」を短時間で効率よく

行うことができます。同時に、それまで知られていなかった植物特有の

仕組みを発見することもまれではありません。さらに、微生物の強力な兵器

を平和的に改造して、遺伝子組み替え植物を作るためや、植物の仕組みを

さらに詳しく研究するための道具として使うこともあります。

私は博士課程において、稲に病気を起こすバクテリア・キサントモナスと

稲との攻防を、分子レベルで理解することに取り組みました。この病原性の

バクテリアは、注射器型のたんぱく質発射装置を備えていて、20?30

種類のたんぱく質を稲の細胞に直接送り込みます。これらのたんぱく質が

稲に病気をおこす原因になるのですが、その仕組みは明らかにされていま

せん。

おもしろいことに、バクテリアから送られてくる病原性のたんぱく質は、

植物が自身の遺伝子をコントロールするために持っているたんぱく質に、

とてもよく似ていました(遺伝子というのはいろいろなたんぱく質の設計図

であり、数多くのたんぱく質をバランスよく、環境の変化に合わせて作り

出すことによって、植物はその生命を保っています)。

そこで、私たちはマイクロアレイという実験装置を使って、バクテリアに

攻撃されている稲の各遺伝子の活動状況を研究しました。その結果、バクテ

リアから送られてくるたんぱく質が、稲自身が持つ遺伝子活動を制御する

たんぱく質のふりをして、それぞれがターゲットとする稲の遺伝子を活発に

させていることがわかりました。このことから、バクテリアのたんぱく質が、

稲の遺伝子発現制御システムをハイジャックし、バクテリアに都合のいい

ように稲の遺伝子の活動を変化させていることが推測されました。

なぜ、バクテリアがそれらの遺伝子をターゲットにしているのか、その結果、

バクテリアにとってどのように有利なコンディションが作り出されるのかは

まだわかっていませんが、バクテリアが植物のバランスの取れた遺伝子活動

を妨害しているのは明らかです。バクテリアが攻撃するターゲットがわかっ

てきたことで、その攻撃を回避する方法を開発したり、攻撃されやすい

ターゲットを持たない稲を短期間に探しだすことが可能になってきました。

私たちは、このように植物と微生物の攻防を詳しく研究することによって、

これまで人類がゆっくりと行ってきた稲の品種改良をスピードアップさせる

ことを、大きな目標としてきました。地球の人口は刻一刻と増え続けていま

すが、それでもみんなで十分な食事を摂り続けるため、私たちの研究が

役立つことを期待しています。

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自己紹介

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杉尾 明子

東京工業大学生命理工学研究科修士課程卒、産業用酵素のメーカーで研究員

として働いた後、2001年に渡米。2005年カンザス州立大学植物病理学部で

Ph.D.取得。2006年からマリーキュリーフェローシップを得てイギリス・

ジョンイネスセンターでポスドク中。最近、次のポスドク先を探し始めた

ところ。

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今日のポイント(エキスパートな質問の答えです)

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1. 分子生物学の手法によって、遺伝子やたんぱく質といった分子レベル

で、 植物と微生物の戦いを解明することができる。

2.キサントモナスは、注射器型のたんぱく質発射装置を備えていて、

20?30種類のたんぱく質を、稲の細胞に直接送り込む。

3.バクテリア由来のたんぱく質が、稲本来のたんぱく質に似ているために、

それがターゲットとする稲の遺伝子活動を活発にさせて、稲の遺伝子活動を

乱す。

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編集後記

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アメリカにいたときは、アメリカの悪い面に目が行き(国際関係、社会保障、

教育、環境破壊、中絶を禁止する動き、食べ物の質等々)この国には長く

住みたくないと思ったのですが、イギリスで1年半研究生活を送って、

アメリカ人のオープンで気さくなところがとても懐かしく思い出されるよう

になりました。特に、教授たちの家で行われるBBQパーティーが懐かしい

です。カンザスにいたときは、学部のほとんどの教授の自宅を知っていた

けれど、今は私のボスの家しか知りません。

(杉尾)

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