11/20【海外サイエンス・実況中継】ISREC International PhD Program 紹介

Post date: Jan 30, 2012 8:30:53 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ June 2011, Vol. 53, No. 46

_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/

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こんにちは。前回に引き続き11月のメルマガを担当させていただきますミシガン

大学の宮田です。今回はスイスのISRECにてPhDを取得された今泉奈津子さんに、

所属されていたプログラムについて紹介していただきます。アドミッションから

スイスでの生活についてまでわかりやすく書かれていますので、北米以外への

留学を視野に入れている方にも参考になると思います。お楽しみ下さい。

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ISREC International PhD Program 紹介

今泉 奈津子

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みなさん初めまして、今泉と申します。スイスにあるISREC - ローザンヌ大学

で2008年にPhDを取得し、現在大腸がんのスクリーニングキットを開発する会社

でClinical study managerとして働いています。私は2004年から2008年までISREC

のPhDプログラムに参加していました。最後の年2008年からISRECはEPFL(ローザンヌ工科大学)

に場所を移動し、新しくカリフォルニア大学から血管新生等の分野で幅広く活躍する

Dr. Douglas Hanahanをダイレクターとして招き、PhDプログラムもEPFL管轄下に

なりました。これに伴い、PhDプログラムの内容も少し変更されたと思いますので、

最新情報につきましては下記のサイトを参考にして下さい。

http://phd.epfl.ch/edms/en

ここでは私の所属していたISREC International PhD Programについて、さらに

留学までの過程、海外生活等を実体験に基づいてまとめています。

<ISREC International PhD Program>

ISREC:

ISREC (Swiss Institute for Experimental Cancer Research) はスイス、

ローザンヌにある、癌研究を主体とし、基礎から臨床応用まで幅広くカバーする研究機関です。

当時ISRECの建物のすぐ隣にはローザンヌ大学のBiochemistry departmentとLudwig

Instituteのローザンヌ支部があり、3つの研究機関が集まって研究者同士の情報

交換等も頻繁に行われていました。

PhD Program Selection:

まずは書類選考から始まります。Motivation Letter、 推薦書、Application form、

大学の成績表をISRECの事務に送り、そこで選ばれた学生のみがローザンヌのISREC

での本試験に臨むことが出来ます。私の時は約30人の学生達が世界各国から選ばれて

いました。多いのはやはりヨーロッパ諸国の人々で、日本人のPhD studentは私以外

ここ何十年と来ていないそうです。本試験は3日間に渡って行われます。1日目は、

教授陣のそれぞれのラボの研究内容のプレゼンテーションです。ここでは自分が

行きたいと思っているラボのボスがどんなプレゼンをするのかと、とても興味深

いところでした。2日目は、学生達により一人一人修士の研究内容のプレゼンテー

ションが英語で行われます。約15人の教授陣が、発表する学生のプレゼンを聞き

その後質疑応答になります。2日目の夕方にはプレゼンテーションの結果により

第一次選考があり、教授陣によって次のプロセスに進める学生達が発表されます。

3日目は直接興味のある教授との個人面談になります。1日かけていろいろなラボ

を回って、最終的に自分の第1、第2、第3希望のラボを指定し、同時に教授陣も

第1、第2、第3希望の学生を指定します。そこで上手く学生と教授の希望が合うと、

晴れてPhD selectionに合格となります。もし希望が合わなかった場合でも、

個人的に教授側からオファーが来る場合もあります。

このように3日目の最終日に試験の合否が決定するわけです。またこの試験でトップ

の成績をとった生徒にはローザンヌ大学から奨学金が贈られます。

3日間、試験を受ける学生達は当然の如くみな緊張していましたが、その緊張を

和らげるように、初日から夕方教授陣との懇親会があったり、在籍PhD students

によるローザンヌ観光やBBQなどが計画されていて、その温かい心遣いにほっと

したのを今でも覚えています。

単位とCourses :

ISREC PhD Programでは、大学の定めた採点基準により3ポイントを取得すること

が学位取得の最低条件になります。ローザンヌ大学の授業を受けてポイントを取る

事も可能ですが、多くの学生は、BIL courseというPhD programの学生に向けて作

られたコースを取っていました。BIL courseは各semester毎にテーマが決められ、

例えばImmunity, Cancer Biology, Development等のコースがありました。各テー

マに沿って、スイス国内に限らず国外からも毎週1名ずつその分野で活躍する研究者

が招待され、英語で授業が行われます。授業の行われる前の週に、招待された

研究者からいくつかの論文が配布され、授業に参加している生徒は一度はこれらの

論文を授業中に発表する事になります。論文発表を通して、この研究の意義は何か、

さらにその分野の最新トピックは何か等を、担当研究者と共に皆で議論、そして

学習するのが目的です。これらの授業が3ヶ月続き、改めて1つのBIL courseの

単位を取得する事となります。

October Module:

PhD Programに参加して最初の10月にOctober Moduleというものがあります。これは

3週間かけて、自分のラボ以外の3つのラボをローテーションするというものです。

このローテーションは大抵3人1組となって組まれ、毎週そのグループも変わります。

他のラボで普段自分が使用しているのとは違う技術を経験したり、また他のラボの

学生達との交流を深めるという目的があります。

Sandwich Seminar:

ISREC PhD Program に所属している学生は、1年に1度Biochemistry departmentと

合同で自分の研究内容を発表する機会があります。毎週1回、お昼の時間帯に行わ

れていた為、Sandwich Seminarと呼ばれています(実際にサンドウィッチも配布さ

れます)。ここには他の研究室の学生や教授も参加するので、様々な意見が交換され、

さらに他のラボの学生達が実際どんな研究をしているのかを知る事の出来る良い場

でした。また大人数の前での発表に慣れるという目的もあったように思います。

行事 :

ISRECでは年に一度、Biochemistry department, Ludwig Instituteも合わせてBIL

feteと呼ばれる大きな行事が催されました。毎年一つのラボがオーガナイザーと

して選ばれ、一日かけてレクレーション、そしてディナーをみんなで一緒に楽しみます。

これまでにラフティング、水上スキー、ペイントボールなどのレクレーションを

体験しました。BIL feteはこれらの研究所で働く人々だけでなくその家族も招待可能

でしたので、毎年本当に大規模なお祭りでした。普段、研究所外ではあまり関わり

のない人達ともたくさん交流出来たのがとても良い思い出です。

Half thesis:

PhDを始めて1年後に中間試験(Half thesis)が行われます。ここまでの研究成果、

今後の展望を、中間論文としてまとめます。その後、Thesis Committee Membersの

前で約45分の発表をし、質疑応答となります。このHalf thesisには時間制限がない

ので、私を含め多くの生徒が2時間から3時間もの質疑応答に耐えることとなりました。

試験という名前はついていますが、同時に自分の研究テーマを教授陣と話し合い

ながら、もう一度見直すという意味も含まれています。実際に1年経った後に、

まったく研究成果が出ないこともあるわけで、ここで自分の研究の意義、研究計画、

今後のリスク等しっかり話し合えたのはとても良かったと個人的にも思います。

Thesis defense:

博士号取得の最終関門となるThesis defenseはPrivate thesisとPublic thesis

の2つで構成されています。言語は、スイスの公用語である、ドイツ語、フランス語、

イタリア語に加えて、英語の使用が認められてました。ただし、博士論文は

英語で提出することとの規定があります。

まずは、博士論文を仕上げて、Thesis Committee Membersに提出します。

このThesis committeeはInternal expert, External expert, Mentor, President

of the thesis, Laboratory headの最低5名で構成されます。

Private thesisは学生一人とThesis Committee Membersだけで行われ、事前に

提出した博士論文に基づき、約45分のプレゼンテーションをします。その後

質疑応答が行われ、博士論文についても細かくチェックが入ります。Thesis

defenseはこのPrivate thesisが最大の山場で、ここでの質疑応答が一番厳しい

ものとなります。この試験に合格すると、その後Public thesisの準備に取り掛

かります。Public thesisは名前の通り一般の人々にも公開されているので、

家族や友人、またラボの仲間など誰でも招待することが出来ます。ここでの

発表は基本的に、一般の人にも分かるように自分の研究内容を発表しなくては

ならないので、今まで経験してきたどのプレゼンテーションとも違った形となります。

もちろん質疑応答も全員の目の前で行われますが、今までの経験上、質問は

易しめのものが多かったように思います。教授陣も家族の前での試験ですから、

気を遣ってくれているのかもしれません(笑)

ここでの試験に合格すると、晴れて博士号を直接みんなの前で授与されます。

そこからは、全ての招待客を招いてのパーティータイムになります。4年間、

笑いあり、涙あり、苦労して培ってきた成果ですから、博士号を受け取った

あとのパーティーはかなり盛大に行われます。私の時も、もう一人のMD-PhDと

一緒に約100人のゲストを呼んで、Public thesisパーティーを開きました。

<スイス、ローザンヌ生活>

日本の博士課程は、高い学費を払って、まだ学生なのでお給料もなく、金銭的

に厳しいイメージがあります。一方、こちらスイスのISREC PhD Programは、

学費の免除こそありませんでしたが、学費は年間たったの160スイスフラン、

それに加えて年間約35’000-45’000スイスフランのお給料が支給されました。

スイスは物価が高いことで有名ですが、外食を控え、自炊を心掛ければ、十分

すぎるほどのお給料でした。また物価が高いというのも物によりけりで、例え

ば住宅環境に関しては、同じ家賃を払って、東京のアパートの2倍の広さのアパ

ートに住んでいました。その他に驚いたのは、年間休暇が5週間与えられる事です

(カントン(州)によって違いがあります)。5週間を好きな様に使ってよいので

夏休みに3週間バカンスに行って来る、などという事も可能です。またスイスは

フランス、ドイツ、イタリア、オーストリアに囲まれており、位置的にもヨーロ

ッパの中心です。その為、どこの国に旅行に行くにも便利で、この点は本当に

ヨーロッパ、さらにスイスに来て良かったなと思う点の一つです。

スイスという国の面白いところは、やはり公用語が4ヶ国語あるということでしょう。

その為、それぞれの言語圏で違った特色が現れてきます。ドイツ語圏の人達は時間に

厳しく、ルールを守る。フランス語圏の人達は、時間にはちょっとルーズで、異文化

に対してオープン。といった感じに、かなり大雑把な説明ですが、実際にこちらに

住んでみると肌で感じられるようになってきます。また街並みもドイツ語圏とフランス

語圏では、印象が変わってきます。

スイスと言えば山。のイメージですが、まさにその通りで、夏には近くの山で

ハイキング、冬には壮大なフランスアルプスの景色が目の前に広がるスキー場

でスキーを楽しみます。また夏はスイスの所々で音楽フェスティバルが開催され、

有名なモントルージャズフェスティバルもローザンヌからすぐ近くの街で開か

れます。スイスは東京の様にショッピング天国ではありませんが、自然に囲まれ、

野外でのイベントには事欠かないでしょう。

私の現在住んでいるローザンヌは中世の街並み残る、とても可愛らしい街です。

目の前に広がるレマン湖とフランスのアルプス、そんな景色に囲まれながら日曜日

の午後をカフェで過ごしていると、本当に穏やかな気持ちになります。東京

から来た私には小さな街に感じますが、実はスイスでは5番目に大きな街です。

また国際オリンピック委員会の本拠地であることや、ローザンヌ国際バレエ

コンクールが開催される事でも有名です。

少し言語について触れておきましょう。ローザンヌはフランス語圏です。

PhD Programは記事内にも書いたように、基本的に英語で進められます。研究

所内では英語しか出来なくても、全く問題はありません。さらにPhD後にスイス

に住み続けるというのでなければ、フランス語は話せなくても生活することが

出来ます。ただし、日常生活において、不動産屋、電気ガス、税金のお知らせ等は、

当然ですが全てフランス語で手紙が届きます。また街中ではあまり英語が通じ

ないことがあるので、少しだけ注意が必要です。

さらに、PhD Program selectionでは英語の能力はさほど問われません。TOEFL

やTOEICなどの点数は必要ありません。試験を受けるときに英語が堪能でなく

とも、教授陣はPhDの間に必ず上達すると信じてくれています。そして実際

その通りなので、どうか英語が苦手だからと恐れずに、英語が苦手な人こそ

ぜひヨーロッパでPhDに挑戦してもらいたいと思います。アメリカだけでなく

ヨーロッパにもたくさん良いPhD Programがありますので、幅広い視野で留学

先を探す事をお勧めします。

最後に、海外留学では、様々なバックグラウンドをもった人々と交流し、自分

の今まで持っていた価値観を改めて客観的に見直すことが出来る機会でもある

と思います。若いうちにこういった経験をするというのは、その後の人生に

大きな影響を与えるものだと思います。研究を進める事ももちろん大前提で

大切ですが、同時に、ぜひいろいろな文化と触れ合い、たくさんの人々と語り

合い、より多くの事を吸収してください。最初はは厳しいことも多いですが、

それを乗り越えればその先に得られるものは計り知れません。どうぞ楽しい

留学生活を!

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編集者自己紹介

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宮田 能成

2003年 東京大学農学部卒

2004-2006年 Univ. of South Florida, Dept. of Chemistry, Research Scholar

2007年 東京大学大学院 農学生命科学研究科 修士課程修了

2007-現在 University of Michigan, Chemical Biology Doctoral Program

2011年5-8月 University of Michigan, Office of Technology Transfer, Business

Development Consultant Intern

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編集後記

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以前、吉田浩子さんが執筆して下さったデンマーク工科大の記事でも紹介されて

いましたが、ヨーロッパのPhDプログラムはアメリカとはだいぶシステムが異なる

ようですね。ライフサイエンスの場合、アメリカでは修士号の有無にかかわらず

卒業までに大体平均で5年はかかりますから、4年で卒業というのは修士号を取得

してから留学する人にとっては魅力なのではないでしょうか。(宮田)

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発行責任者: 山本 智徳

編集責任者: 宮田 能成

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