【海外サイエンス・実況中継】創刊号:遺伝子からメタボリックシンドロームを考える~分子生物学(2007年1月20日)

Post date: Jan 09, 2012 5:0:16 PM

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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』

_/ January 2007 Vol 1 No 1

_/ 創刊号 カガクシャ・ネットワーク

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遺伝子からメタボリックシンドロームを考える~分子生物学

杉井 重紀

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皆さん、生物学(バイオロジー)と聞いて、思い浮かべることは何でしょうか?

・・・

カエルの解剖? 新しい病気の発見? 「人類」「ほ乳類」「脊椎動物」「昆虫類」

「植物」「微生物」等の生き物の分類? 親から子供への遺伝を勉強してる?

この世の生物の進化を研究しているのでは?

・・・このようなことを思い浮かべた方々、、確かにこれらも生物学の重要な

一面です。

でも、どちらかと言えば古いです。昔の生物学者たちが一生懸命に研究して

これらの分野はそれぞれ、「解剖学」「生理学」「分類学」「博物学」「遺伝学」

「進化論」なんぞと呼ばれています。完成とまでは言えませんが、だいぶ

確立されてきて、今では古典生物学と言われてしまっている分野です。でも、

中学や高校の生物の教科書に出てくるのは、これらの分野が中心ですね。

いやいや、何か分からないけどDNAや細胞の研究してるの? 病気の人の

遺伝子を調べて治療に結びつけているのでは? 犯罪現場で集めた証拠を

もとにDNA鑑定しているとか? バイオテクノロジーを使って新しい作物を

栽培できるようにしているんでしょうか? ビタミンが体に良いとか、脂肪は

良くないとか栄養素と健康の関係を研究してるのでしょ? 万能細胞と呼ば

れる細胞を使って脳の神経や心臓を再生してると聞いたことがあるけど...?

・・・いいところまで来ました。今まさに活発に研究されているテーマです。

そして、これらの研究を支えているのがまさに「分子生物学」なんです。

分子生物学は「分子という単位で生物を研究する」という定義なんですが、

今では「分子」イコール「DNA(正式にはデオキシリボ核酸)」という感じに

なっています。DNAはまさしく我々をつかさどっている「遺伝子」の正体と

言ってさしつかえないでしょう。

単純にいうと、このDNA「遺伝子」が指令を出して、情報の伝達役「メッセン

ジャーRNA」に遺伝情報を伝え、そしてその情報をもとに「タンパク質」が

生産されます。それぞれのタンパク質は20種類のアミノ酸がつなぎ合わさっ

た形をしていて、さまざまな生命の役割を担っている現場のプレイヤーです。

DNAはA(アデニン),T(チミン),C(シトシン),G(グアニン)という4種類の

塩基と呼ばれるものが、らせん状になっている本体(デオキシリボースとリン酸

からなる)に繋がっています。DNAはこれらの4種類の配列が、一見すると

無造作に次々と連なっています。さらにこのDNA配列が2つつながっていて、

二重らせんの構造をとっているのです。

こちらにある写真を参考にしてみてください。

皆さんは、ATCGATCGTTAACGCG...といった暗号みたいな配列を見たこと

があるかもしれませんし、いずれ近い未来に見る機会があることでしょう。

もしかしたら、iPodで自分の遺伝子配列を持ち歩いたり、遺伝子をグーグる

(Google)ったりする時代が来るかも??そのときはこの構造を思い浮かべて

ください。

人間はこのDNA塩基の数が、30億対(実際には遺伝子はそれぞれの親から

一つずつ受け継いでいるので2倍の60億対)あるんです。何か、私たちを形

づくっている設計図がたった4つの暗号配列から成り立っていると思うと、

不思議な気分ですね。

1980年代には、特定のDNAを好きなだけ増幅することを可能にする「PCR

法」が発明されました。この方法によって、例えば、ある特定の病気を患った

患者さんの遺伝子にどこかおかしいところがないか、調べることがより簡単

になります。また、生物学自体でなく応用として、犯罪捜査に使われる

「DNA鑑定」は、現場に残された毛髪・血・体液などにある、わずかなDNAを

たくさん増幅することによって、容疑者のものと照合することが可能になります。

このように、分子生物学はありとあらゆる生命の現象を解明するのに、とても

有用です。人の病気の多くが、特定の遺伝子がうまく働かなかったり、逆に

働きすぎたりすることで起こることが分かっています。

でも人の遺伝子を調べることは、倫理的にも、物理的にも、とても大変なこと

です。生きた人の遺伝子をリアルタイムで調べる技術はまだ存在しません。

簡単に採取することが可能な血液や毛髪などは調べやすいのですが、たとえば

肝臓や脳などの、内臓組織の遺伝子は手術でもしないかぎり取り出せません。

病気で手術が必要な人の臓器ならまだしも、疾患遺伝子と比べるために

必要不可欠な、健康な人の臓器を研究目的では取り出すわけにはいかない

ですよね。

そこで、ヒトの遺伝子と疾患の関係を研究するのに最も用いられるのが、マウス

です。なぜなら、ヒトとマウスでは99%の遺伝子が同じとされているからです。

マウスでは、遺伝子を操作することによって、特定の臓器(たとえば、肝臓のみ、

筋肉のみ、脳のみ、脂肪組織のみ)で、希望の遺伝子を取り除いたり、加えたり

することが技術的に可能となっています。

私が属する研究室のメンバーと私はこの技術を使って、「PPARガンマ」という

遺伝子の働きや身体に与える影響をしらべています。この遺伝子は、糖尿病を

はじめ、動脈硬化やガン、高血圧など、さまざまな生活習慣病に深く関わって

いると考えられています。これらの症候群は、流行語大賞にもノミネートされた、

いわゆる「メタボリックシンドローム」ですね。

PPARガンマ遺伝子が作り出すタンパク質は、体内ホルモンであるインスリンを

感知して、脂肪やグルコース(糖)の代謝を促す司令官です。糖尿病の患者に

使われる薬の一つに、チアゾリジン系薬剤(日本では武田の「アクトス」)という

のがあり、この薬のターゲットがPPARガンマなのです。

糖尿病患者の多くは体内の器官でインスリンを感知できなくなっているのです

が(インスリン抵抗性とよばれます)、この薬によってPPARガンマの働きが強化

されて、インスリン感受性がよくなり、結果として脂肪やグルコース代謝の機能も

良くなると考えられています。PPARガンマタンパク質は脂肪組織(多くの人が

最も悩んでいるあの脂肪です)で最も多く生産されているのですが、筋肉や肝臓

でも重要な役割をしているという説もあり、チアゾリジン薬がどこに作用している

のかはまだはっきりしていないのです。

それを突き止めるためにまず、脂肪・筋肉・肝臓のそれぞれで、PPARガンマを

削除したマウスと、過剰に生産させたマウスに、脂肪とグルコースをたっぷりと

含んだ食べ物を与え続けて、人間のようにインスリン抵抗性を起こしやすくし

ます。その条件で、マウスの健康状態や、各臓器の遺伝子の働き具合を調べ

ます。さらに、チアゾリジン薬を与えて、どのマウスが一番くすりの効き具合が

良いか悪いかを研究します。

PPARガンマを削除したマウスに関しては、すでにほぼ研究済みか進行中の

状態ですが、過剰に働かせたマウスでの研究は、まだまだこれからです。

1、2年中には答えを出すべく、がんばっています。

今あるものよりさらに効率的で、より副作用の少ない薬を見つけ出すのに、

これらのマウスモデルは欠かせません。そして将来的には、その手法を応用

して、さらに他の生活習慣病に関わる遺伝子を見つけていって、そのメカニズム

を解明したいと考えています。

私の研究を単に「マウスをいじめている」と思っている友人たちもいますが、

私たちの健康に貢献しているという尊敬の心をもって、日々マウスと

接しています。ソーク研究所では動物を人道的に扱うために、とても

厳しい規則が徹底されています。

最後に、分子生物学はこれからの生物学や医学の中でも、ホットな分野であり

続けることでしょう。また、今では分子生物学単独ではなく、「細胞生物学」

「生化学」そして最近新たに出てきた「バイオインフォマティクス」など、他の

分野の手法を取り入れることも当たり前となっていて、さらに発展していきそう

です。私も小さいながらも分子生物学の発展に貢献していけるよう、日々努力

していきます。

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自己紹介

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杉井 重紀

1996年京都大学農芸化学科卒業。卒業後、UCバークレーで聴講生(浪人

生活?)を経て、ダートマス大学分子細胞生物学プログラム博士課程に在籍。

2003年に博士号取得後、カリフォルニア州ラホヤにあるソーク研究所に

ポスドク研究員として勤務中。

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編集後記

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このメールマガジンに登録いただき、ありがとうございます。

この創刊号は読者登録開始前から配信されたことになっていますが、皆さんの

メールボックスに届けるべく、再度お届けします。次号は来週の土曜日(アメリカ

時間)の予定です。

利根川進、小柴昌俊、大前研一・・・これらの著名人に共通するバックグラウンド

は、皆さんご存知でしょうか?

それは・・・アメリカの理系分野で大学院(博士課程)を修了していることです。

「カガクシャ・ネットワーク」は、理系の大学院留学を目指す人と留学中・卒業

した人たちのためのネットワークです。もともとは2000年にメーリングリスト

として発足しました。はじめは7人くらいで始まったのが、どんどん増えていき

現在では、院留学生(または卒業生)の数だけでも優に50人を超えるように

なりました。

しかし、我々の存在は日本では、なかなか知られていません。そこで、私たちの

ことをもっと知ってもらえるように、メールマガジンを発行するにいたりました。

ロボット工学、栄養学、物理学、航空宇宙工学、土壌学、機械工学、生化学、

ナノテクノロジー、システム生物学、植物学、環境科学、神経科学、獣医学、

コンピュータ科学、数学、化学工学etc.・・・様々な分野で研究中の留学生たち

が集まっています。

まずは、我々が従事している研究分野の紹介を、できるだけ分かりやすく、

興味深く、伝えていく努力をしていきます。合わせて27人の方に執筆してもらい

ました。サイエンスを少しでも身近に感じてもらえるように、最先端の研究を

紹介していきます。理系ですでに研究されている方々にも、専攻分野外の幅広い

知識を持っていってほしいと願っています。

第一弾は、ネットワーク発起人でメルマガ発行人でもある、わたくし杉井重紀が、

分子生物学について紹介させてもらいました。同じ専攻分野で研究・勉強されて

いる方々には物足りなかったかもしれませんが、分野外の研究者・学生・その他

の方々には、難しい表現があったかもしれません。まだまだ至らない点もたくさん

あるとは思いますが、今後とも叱咤激励の方をよろしくお願いいたします。

なぜアメリカの大学院で研究生活を目指すのか・・・このメルマガでも臨時特別号

として、皆さんに詳しく伝えていきたいと思います。次回は、私がなぜ海外留学

することを選んだのか、お送りする予定です。

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発行者: 杉井重紀

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